独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

無理な勉強 リバウンド

痩せようと無理なダイエットをしたはいいが、逆に太ってしまうことをリバウンドと申します。

おそらく皆様方の多くが経験したことがあるのではないかと忖度致します。

痩せようとして、反対に太るのですから、本末転倒な話でございます。しかしまあ、わからないことはありません。

人間の根源的な欲である食欲に対して、我慢に我慢を重ねたところで、食欲自体がなくなるわけがありません。

我慢してなくなるのなら、おそらくそれは、遺伝子の設計ミスでありましょう。

食欲をなくすには、食べるしかないわけで、ですから、何を食べるかが問題なのでございます。そして、なにがおいしいか、味覚を変える問題であるかと存じます。

ダイエットとは、お腹がへってファストフードやお菓子、菓子パンを食べるか、それとも、ふかしたサツマイモを食べておいしいと思うのかの違いであるように存じます。

さてさて、お勉強についても、リバウンドはございます。

独学では、よほどの事情がない限りは、無理に無理を重ねてお勉強をすることを推奨いたしません。

というのも、無理なダイエットのように、無理に無理を重ねれば、逆の結果を生み出すからでございます。

そう、無理なお勉強を続けると、高い可能性で、お勉強の挫折や中断に、事が到るからでございます。

無理勉強の結果は、すぐには出ないので要注意でございます。

1週間、10日、1ヵ月後あたりで、なぜだか、不思議に、不意に、ふと、お勉強がしたくなくなって、テキストを見ることすら、疎く感じてくるのでございます。

1つか2つ、突発的なイベントや出来事、事件や事故の類が起これば、そこでお勉強はぷっつりと途切れてしまうことでありましょう。

そもそも、ドカ食いならぬドカ勉強をすれば、実力が急激に付くのではありません。

じょじょに力というのは付いていきますので、無理に無理をするお勉強は、よすべきであるかと存じます。

また逆に、どうしてもやってしまいと,無理を重ねた際は、「リバウンドが来るな」とご注意くださればと存じます。

受かるとなあんだこんなもの

合格というのは不思議な現象でございます。

受かったとたん、人を大きく変えるのが「合格」でございます。

本試験のホンの前までは、受かるかどうかわからない不安に苛まれ暗い顔をしてたのに、合格証書を受け取るや否や、合格するのが、あたかも決まっていた、予定調和だったみたいな顔になるのでございます。

これは、その当人の人の悪さではなくて、受かったという自信が、そうさせるように思います。

本試験に受かる前までは、どうしても試験というものが当事者には、大きく見えてしまうのでございます。

そして、合格すれば、途端にその膨れに膨れたイメージがしぼんで、いうなれば、「客観的」に見えてくるのでありましょう。

試験勉強中は、とてもしんどくて面倒で、脂汗を流すのがしきりであったのにもかかわらず、受かるや否や、「そんなに苦痛じゃなかったよね?」とか、「あんま苦労しなかったよね」、なんて風に考え出すのでございます。

同じ現象・同じ経験でありながら、合格となると受け取り方がホント、真逆になる次第でございます。

ということは、今やってることなんて、実際のところは、それほどでもないわけでございます。

単に試験に受かるかどうかの不安から、やっているお勉強が重々しく、実にしんどく感じているだけかもしれません。

一度、「試験」や「合否」というものなんてない、と仮定してみることをお勧め致します。

「ない」と思って、お勉強の諸作業を見てみれば、何てことはないものばかりでありましょう。

テキストは読むだけだし、問題集は解説をしっかり読むだけだし、過去問も同じような作業でございます。

試験があるから、合否という判別があるから、しんどく感じているだけ、といってもよいでしょう。

試験勉強なんてものは、受かってから見直せば、ホント、どうってことのない作業ばかりでございます。

お勉強に対する感じ方を変えるなら、少しはお勉強の負担が軽くなるように考える次第でございます。 

不意の思いは即メモ

お勉強を抱えておりますと、フト、アレをしなくっちゃなという不意なる思い、「フト思い」に駆られることがございます。

たとえば、昨日読んだテキストのあそこはどんなんだっけ?とか、あそこの表は何があったけ?といった思いでございます。

そのほかには、憶えたはずの定義の文章や数式・公式等の不安感・モヤモヤ感などでございます。

思い出そうとしても、「ん。。。。。」というように、時間がかかるときの思いも、含めてよいように存じます。

こうした、お勉強上のフト思いは、非常に実力のつく復習事項でございます。

確実に処理していきたいものでございます。

本当に、思いが残っているのは、一瞬でございます。

1秒でも意識をそこからそらすと、もう「あれ、さっきは何をやろうと思ったんだっけ?」という感じになってしまうのでございます。

後でやろうとすると、99%、忘れてしまうと断言してよろしいかと存じます。まあ、忘れます。

ですから、即メモを取って、時間が経過しても見直したり確認できるようにするのでございます。

こうした思いは、サインといいますか、しるしといいますか、兆しといいますか、確実にお勉強上の何かを示唆してございます。

わたくしは、できるだけ汲み取って処理すべきと、強く思う次第でございます。

とにかく、「○○のところ見直す!」と、走り書きでもメモしておけば、あとあとが全然違います。

いい復習機会を逃さないように、自分のフト思いを大切にしてくださればと存じます。

自分を大切にするとは、こういうことも含まれるように存じます。