独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

花粉症の鼻水にはローションティッシュで

花粉症の諸症例のうちで、困ってしまうのが鼻水でございます。

「とめどめもない」が、これほどしっくり来るものは、花粉症由来の鼻水以外にありません。

所構わず、時構わず、ずるずる・だらだらと鼻水が出に出まくるために、どうしても、何回も鼻をかむことになります。

しかし、ここに、花粉症由来の鼻水の問題がございます。

経験のある方は重々承知でありましょうか、鼻の先っぽが、鼻のかみ過ぎで「ヒリヒリ」としてくるのでございます。

ひどくなると、皮がむけて、皮がむけても鼻をかむので、だんだんどす黒くなってくるという塩梅でございます。

花粉によって鼻水が出始めますと、わたくしの場合、5枚10枚はティッシュで鼻をかむことになりますが、いわば、その枚数の分だけ、鼻とティッシュが接触しているわけであります。

クリームやオロナインを塗っても、滝のように流れ出る鼻水には是非もなく、鼻をかむ際に即、拭われてしまいます。

そこで、当該鼻先の「ヒリヒリ」を、どうすればいいのかというのが、今回のテーマでございます。

結論から言いますと、タイトルにありますように、この花粉の季節のときだけは、少し奮発して「ローションティッシュ」をお使いになるよう、ご助言させていただく次第でございます。

ローションティッシュとは保湿ティッシュともいい、その名の通り、肌触りが滑らかになる薬剤が塗布されたティッシュでございます。

今、わたくしの使っているローションティッシュは、「パールエキス入り」と書かれてございます。

このローションティッシュ、使い心地ならぬ「かみ心地」が全く異なります。

使えば即解しますが、接触感が断全に違うので、鼻をかんでも、鼻先の「ヒリヒリ」が起き難いのでございます。

ローションティッシュなんて、肌に気を使うホステスくらいが使うもんだろう、なんて風に思っていて、わたくし自身とは縁のないものと考えておりましたが、まさか、「花粉-鼻水-ローションティッシュ」で繋がるとは夢にも思わずでした。

鼻をかみすぎることによる鼻先のヒリヒリは、 20年来のヒリヒリだったのですが、今年の花粉では、だいぶ和らいでおります。

花粉の鼻水による鼻先ヒリヒリで困っている方は、是非とも、ローションティッシュを、寝室・リビング・職場・車の中に設置くださればと存じます。 

さて、では、どのローションティッシュを買えばいいか、と相なりますが、いまやドラッグストアならどこでも売っているので、適当でよいかと思います。

わたくしは、100円ローソン(正式名:ローソンストア100)で売っているローションティッシュ(丸富製紙株式会社製)を使用しております。

100円ローソンは、既存100円ショップと違う方針を打ち出していかねばならないためか、時折、「お値打ち」品を売っているときがございます。

当該ローションティッシュも、105円という値段の割には、品質がよいように存じます。

安いノートは買わない

結論から言うと、安いノートを買ってはいけない、という次第でございます。

わたしはこれまで、ホームセンターにて、198円で5冊入りのノートを買っていました。

デザインはものすごく古臭いのだけれども、ノートとして使うに当たっては、別段の支障がなかったからであります。

しかし、世はやはり、「安かろう悪かろう」でございます。

最初よくて、次の年もよくて、2年目、3年目によくても、結局は、値段相応の品質になるようでございます。

新たに買ったノートは、背表紙の接着が薄めなのか、開くたびにぱらっぱらっと中のノート部分が取れていくのでございます。

少し力を入れて引っ張れば、ぱりっとメモ用紙のように、紙が取れるのでございます。

もはやノートではなく、メモ用紙といっても、過言ではないのでございます。

ダメノートを買ってしまって、「あーあー、やはりこうなったか」と、呟いた次第でございます。

安かろう・悪かろうは真理でございます。

しっかり書きたい、記録に残したいという方は、100円200円安いノートを買うのは、控えるようご助言したく存じます。

最初から、しっかりした品質のコクヨなりトンボのノートを買うべきです。

最終的には、品質の劣化したババを掴んで、これまでの「安くて品質のよいノート」の購入によって得た「差」が、吹き飛ぶからでございます。

ダイソーのコーヒーフィルターも、最初は品質と値段の関係は、「お値打ち」でしたが、今では、2枚一緒に使わないと濾せない品質にまで落ちてしまいました。ホントあれはゴミです。資源の無駄。

「安かろう・悪かろう」は、もっと具体的に言うのなら、「次第に第に安かろう悪かろうになっていく」と申した方がよいかと思います。

高品質と低価格を両立していくのは、やっぱり無理があるのでございます。

かつてのゼロ戦は、格闘性能が高い、航続距離が長い、速度が速いとまさに綺羅星の如く言われておりましたが、それは逆に、船体強度低く急降下したら分解する危険性をはらんでいた裏返しです。

また、被弾したら燃えるのが、防弾性も「ゼロ」だったゼロ戦の特徴でした。

翻って、自分の給料から、「安かろう・悪かろう」を考えてみてください。

アレもコレもと、高品質の労働を求めらるのに、一切の昇給も、手当てもなければ、どんな忍耐強い人だって、やる気がなくなってくるでしょう。安く使えば悪くなるのは、自身の労働からも、的を得てございます。

「安かろう・悪かろう」は、単に今だけ、品質のよいものが安いだけであり、その安い価格のまま高品質を維持しようとしても、労働の対価がそれを黙っていませんから、「次第に安かろう・悪かろう」になるといった塩梅でございます。

ま、結論を言いますと、安いノートは、「メモ用紙」くらいにしかならない、メモ用紙にお金を払うのは無駄、ノートを買うのなら、相応の値段を払いましょう、という次第でございます。

占いを信じるのなら、占いだけでやってみる

わたしは、「占い」の類はほとんど見ないし、あまり、関心がありません。

気休めならもっと他の気休めがあるし、何かを信じたいときは、近くの神社に散歩に行くのが関の山でございます。

古人は、「信じるのは神仏だけにしろ」と言っております。

つまり、人間の言うこととやることは信じるな、という寸法でございます。

とはいえ、占い師で唯一興味がある人は、ドクターコパ氏でございます。

彼の占いが当たるかどうかは全く関心がないのですが、彼自身に興味があるのでございます。

というのも、このドクターコパ氏、本気で占いだけで東大に行こうとした、とのことでございます。

このエピソードを聞いて、彼を他の占い師と一線を画した次第でございます。

当然、東大には落ちたのですが、職業「占い師」の行動として、然るべき正統なものだと思います。

自分の占いを自分で試してみる、 自分の売り物である占いがどれだけの効能があり、どこまでが限界なのかを、身を持って確かめたというのは、実に経験的な態度であるかと存じます。

経験してみてこそわかることは、多々ございます。

逆を言えば、経験していないから、モヤモヤとして視界が効かない、ということもできましょう。

まずは、「やってみる」が、一番、これからを占うものであるかと存じます。

占いの出番は、限界ギリギリまで考えた後の話であって、判断の安易な代替物ではないでしょう。

占いというものを、行動の軸にしようとする際は、当該占いだけで何ができるのかやってみたら、と思います。

たとえば、ラッキーアイテムを持っていれば恋が成就するというのなら、「それ」だけを徹底して、他をやらずにいれば、どうなるか身を持って試してみるのがよいかと思います。

ラッキーアイテムだけを持ち続け、化粧も適当、服装も杜撰、靴はどす黒く、顔も口も3日に1回しか洗わないようにしてみる、という塩梅でございます。

ま、結果は火を見るより明らかでありましょう。

つまり、他の何らかの作業なり行為、物が必要ならば、当該ラッキーアイテムの重要度やこれいかに?と相なるわけでございます。

「何かに頼っている」というのが、意外に運命の隘路に嵌ってしまう一里塚のように考えます。

 ちなみに、ドクターコパ製の開運小銭入れを知人より頂いたのですが、作りが悪く、3回ほど100円玉が落ちたので、小銭をすべて取り出して、即、スーパーのゴミ箱に投げ捨てました。

お金が落ちるなんて、金運以前の問題だと、思ったわたくしでございます。