独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

不合格通知をはっておけ-試験の臥薪嘗胆

「臥薪嘗胆」という、四字熟語がございます。

言葉の通り、薪の上に寝て、苦い肝を嘗め続けない限り、人は忘れる恨みを忘れる、という人間の性質を抉り出したものでございます。

言い換えれば、ごつごつした薪の上で寝て背中を痛ませないと、肝を嘗めて顔をしかめさせるくらいのことしないと、人は、自分が何を悔しがったのかを忘れてしまうという塩梅でございます。

試験勉強におきましても、同様の事情でございます。

不合格通知が来たり、官報に自分の名前と受験番号だけが不掲載だったりしても、燃え立つような悔しさというのは、まさに、そのときから数週間ないし数ヶ月の持続力なのでございます。

(今度こそ!)と思うのも、同様に数ヶ月のともしびなのでございます。

数ヶ月も経てば、不合格など、どこ吹く風に近い状態になってしまうのでございます。

それも、まあ、ストレスを感じない生き方かと思いますが、それで終わらせるのも、ちゃんと生きていないように、わたしは考える次第でございます。

では、どうすれば、不合格当時の悔しさを忘れず、リベンジへの意欲を掻き立てることができるかといいますと、タイトルのママ、不合格の通知を机の前に張っておくのでございます。

それか、どうしたって目に付くところ、例えば、部屋のドア、玄関、トイレに張り付けておくのであります。

どうしたって目に入りますので、その都度、感情をメラメラと燃焼することができるでしょう。

やる気というのは、何らかの「触媒」が必要でございます。

以前は、「合格したい」という望みが、やる気の触媒であったことでしょう。

しかし、不合格となった今は、「復讐」や「リベンジ」こそが、やる気の触媒なのでございます。

「合格して、○○するんだ~ウフフ~」では、もはや、やる気はピクリとも反応してくれません。

「絶対、もう、二度とやりたくねえよ!バカヤローが」といったものが、それに当たります。

やる気の不完全燃焼は、心身にしんどいものがありますので、ちゃんとしたやる気の触媒を、ご設定くださればと存じます。

また、人を恨めば穴二つと申しますが、わたくしたちが恨んでいるのは「試験」なので、恨みの副作用も、それほど考えなくてよいでしょう。

強烈に臭うゴミには重曹を

重曹には、強い消臭作用がございます。

ゴミ箱や流しの三角コーナーから、強烈な異臭・悪臭、発酵臭、さらに腐敗臭までが発生している場合は、すぐに重曹を振りかけてください。

単純に、ティースプーンに数杯とって、ばさっばさっと直接振りかけるだけでございます。

途端に異臭が消え、即断に重曹の消臭効果を体感できるかと思います。

たとえば、煮物や高野豆腐の炊いたものが傷むと、強烈な臭いを発するようになります。

季節が春先や梅雨時となると、どうしても、ついうっかりして食べ物が傷んでしまいます。

肌寒い日が多々あるので、ついうっかり外に食べ物をだしっぱにしてしまう、という塩梅でございます。

ほいで、タッパーを開けて驚愕、鍋の蓋を開けて絶叫、食べて噴出といった、目も当てられない事態に陥る次第なのですが、どうしたって、それらは捨てなくてはいけません。

しかし、新聞紙なりの紙に包んで、念のため、ビニルの中に入れて、2重3重にしてゴミ箱に入れても、その異臭が染み出てくるものでございます。

最凶レベルにあるのは、「腐った卵」でして、殻を割った瞬間に、その強烈な「甘臭い」異臭が噴出し、すぐさま気分が悪くなります。

次いで臭いのが、食べた後の納豆の容器、弁当ガラ、果物の皮であります。

こういう食べ物系の異臭は、部屋中に、または、家中に立ち篭るものでして、外出して帰ってきたら鼻が曲がるし、家族や同居人からはブーイングの嵐だし、ホント困ったことに相なります。

そこで、先も言ったように、「重曹」でございます。

強烈な臭いを発するものには、ぱっとざっと重曹を振りかけて、念には念を入れて、紙か何かでゴミ自体に覆いをするようにして、さらにその上に重曹を振りかければ、かなり、悪臭を感じなくなることでしょう。

少なくとも、次のゴミの日までは、耐えられる臭いにまで、悪臭強度が低下するように思います。

異臭を放つゴミに困っている方は、ぜひとも重曹をお使いください。

いざというときの、重曹であります。

ちなみに、卵が腐ったときは、ゴミ箱には捨てずに、トイレか下水に流すよう、ご助言いたします。ホント、死臭に次ぐ強烈な臭いです。

やることをやるのが、結局一番早い

試験勉強は、結局のところ、「やったことをやった人」から受かっていくものでございます。

ときには、手を抜いていたり、適当な勉強で受かる人もおられます。

しかし、統計的に・確率的に見れば、そんな人たちは「ごく少数」でしょう。

話の前提として、合格率が50%超を超えるような試験であれば、多少サボっていても、本腰を入れなくても合格はします。

なぜなら「合格者を多数出しても良い」というコンセンサス(同意)が、試験の主催者にはできているからであります。

もっと言えば、(多少まあ、資質に欠けている人が出てくるかもしれないけれども、いいでしょ)という風に、試験の主催者は考えているわけであります。

前提が「受かりやすく」できているのですから、穏当に受かるものでして、そこに能力やら資質やら努力やらを放り込んでも、詮がないものでございます。

しかしながら、世の試験には、合格率が10%前後しかなかったり、時には1ケタ台に落ち込んだりする試験がゴロゴロしてございます。

こうした試験は、そう簡単に受かるものではなく、やはり、やることをやらないと受かりません。

逆を言えば、やることをやっていないと、受かることは難しい、と相なるのでございます。

先の手を抜いて受かってきた人たちは、こういう「試験」で手ひどいしっぺ返しを被ります。

なぜなら、受験生を「選別する=落とす」ことを前提とする試験だからで、これまでの「適当で受かってきた経験・やり方」が少しも役に立たないからでございます。

ベンジャミン・フランクリンは、「滅多に起きないような幸運で、人間が幸せになることは殆どない」と述べております。

言うなれば、「幸運による幸せなど、長続きしない」とも言えるでしょう。

先の先の手を抜いて受かってきたような、いわゆる幸運組は、(今まではこれでうまくいったのになー)に固執して、相も変わらず適当に手を抜いた勉強を続けて、トータルの試験勉強期間をずるずると延ばすのでございます。

そして、失敗挫折のお決まりコースに陥ります。まさに、不幸の始まりでございます。

試験というのは、やるべきことをやれば「受かる」ものでございます。結局のところ、決意を胸にやることをやっていく方が、よほどに総試験勉強期間は短くなります。

いま勉強の歩みや進捗が遅くとも焦らずに、「それが一番早いんだ」と思い直して、目の前のことにご尽力くださればと存じます。