独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

ムリ・ムダ・ムラをなくすんや!

日本にスーパーマーケットという「購買の型」を創りだした中内功さんのコトバございます。
非常にウンチクを語れる、深いお言葉群でございます。
ですから、上司や取引先、ダンナや彼氏が、この「ムリ・ムダ・ムラ論」を語りだしたら長くなるので、息を深く吸い込み、空耳で聞きながらも考えられそうなものをアタマに置いておくがよいでしょう。
たとえば、来年の旅行計画を考えながら、適当に相槌を入れれば、誰も傷つけることなく長丁場をしのぐことができるでしょう。
くれぐれも、微笑を忘れずに(うふぅ
止まれ、本題に戻す。(司馬風に
「ムリ・ムダ・ムラ」というのは、お互いに重なりあってございます。
ムリな学習計画は、結局、こなせられないので、ムダになります。
ムダな作業は、真夏の打ち水のようにやる気を蒸発させ、やってもやらなくても変わらない意識から、ムラが生まれだします。
ムラが生まれれば、やらなかった・しなかったお勉強の穴埋めのために、焦りがちの計画を立ててしまうのでございます。即ち、無理を生じさせてしまうのでございます。
というわけですから、「ムリ・ムダ・ムラ」をなくせばよい!。。。かと申しますと、そうでもないのでございます。
というのも、「ムリ・ムダ・ムラ」はどうしても生じるのでございます。
雑草の如く、何をしようが、ドンだけ注意をしようが、雑草自体は生まれいづるものでございます。
「ムリ・ムダ・ムラ」は、雑草の感覚でおさえればよろしい。
気付いたら抜いておく、それが雑草対策でございます。
強引な対処はご法度でございます。
雑草がイランからといって、農薬や枯葉剤をまいても、よっぽど己を観じきった人でない限り、土壌を傷めるがオチでございます。
「ムリ・ムダ・ムラ」は、ほっといても生じるんだから、そのたびに「ダメだな」とか「もとにもどってるやん」などと考えて欲しくないのでございます。
小手先の対処でようございます。

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打ち切り御免

「やらないことを決めてみる」のもお勉強のひとつでございます。
アイデアや発想の世界では、ひとつのルールがございます。
それは、ひとつのことに「3分以上は考えない」ということでございます。
というのも、3分以上考えても良い考えがでるわけでもなく、たとえ考えついても、妙なひねり・無理があって使い物にならないからでございます。
お勉強にも、この3分ルールは応用可能でございます。
問題演習時の1題あたりの投入時間と考えてよろしいでしょう。
テキストの難解な箇所の読解時間と考えてよろしいでしょう。
「〇分打ち切り」のルールを設けるが吉でございます。
こどもさんの「テレビは1日2時間・ゲームは2時間」と制限のと同じでございます。
お勉強にも制限時間を設けていないと、「後にならねばわからない問題」に時間を投入する無駄を犯すわけでございます。
わたくしたちは、お勉強となると、何かをすることばかり考えるのでございます。
読まなくちゃ、解かなくちゃ、という意識に振り回されがちになるのでございます。
独学でのお勉強で困ることは、「時間をかければわかるものなのか」「時間をかけようが、ある程度勉強が進んで、峠を越えていないとわからないものなのか」の判断に苦しむことでございます。
個人的な経験になりますが、わたくしの打ち切り時間は30分でございます。
テキストや問題集の前でウンウン唸るのは、30分を限度としておりまして、それを過ぎるとゴミ箱に投げ捨てます。
「知るか、ボケ!」「わッからんわ!ハゲ!」との愛の手を加えれば、さらにスッキリすることでございましょう。
わたくしは、30分以上、難しいことで脳をフル回転しておりますと、ウォーズマンの如くカラダから煙が出るからでございます。
基本的に、本試験でも1問に30分をかけると不合格一直線でございます。
打ち切りルールは、本試験での問題に手をつけるか否かの訓練にもなるのでございます。

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決断のメカニズム

決断することは、「最終的に」大切になるのでございます。
決断とは、その他を断つということでございます。
決めたこと以外を放棄するからこそ、集中して取り組めるようになるのでございます。
集中して取り組むからこそ、安定した結果と実力を養うことができるのでございます。
逆にいえば、何も放棄することなく何かを決めることなど、できない相談なのでございます。
何かを捨てる思い切りが、決断の肝要でございます。
「決断」が重要でないとしましょう。
何かを決定しなくても結構です。
何もやめなくても結構です。
決断は重要ではないからです。
しかし、物事の進み具合を考えてみましょう。
決めても決めなくてもいいのですから、今日やろうが明日やろうが、どうでもいいです。
お勉強の時間を生むために、何かを短縮したり、切り詰めたり、制限することなど、しなくてもよいことになります。
今日は仕事に行くけど、明日は行かない。行かなくなるのは浴びるほど飲む深酒。稼いだお金は全て酒かお肉。調子のいいときはガンガン仕事をして稼いでくるが、そのぶんハデにバクチやオンナに突っ込んで素寒貧。
まーこういう無頼な人が、わかりやすい「決断なき」お人でございます。
程度の差こそアレ、こうなってしまうと、いきあたりばったりを地でいく生活となりましょう。
常識的に考えても、このような無頼が、生産性に富んだ生涯を送るとは考えにくいのでございます。
こう考えると、決断がないほうが、お勉強の成果が少なくなると考えられるのでございます。
指針もなく、方針もなく、方向や方角さえわからなくなるからでございます。
「お勉強」をするかもしれませんが、合格への寄与度は微小でございましょう。
「お勉強」をしてもしても、進まない、まさに孤海の無風状態でございます。
決断すると何かを犠牲にしなければいけませんが、モノゴトを進めるに当たっては犠牲を差し出した方がラクになってくるのでございます。
「決断なし」は、そのときそのときはラクチンで気楽でございますが、だんだんと「何をやっているのだろう?」という「昼間なのに五里霧中」に悩まされるのでございます。
「なにやってんだろ?」と思ったときは、決断不足かもしれません。

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