独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

犠牲の裏書ありがたみ

何かを得んとすれば、何を犠牲にするかを明確にするが吉でございます。
臥薪嘗胆でございます。
あー食べたい、あー飲みたいを犠牲にして励んだからこそのありがたみなのでございます。
苦難の禁欲の日々があってこそ、合格証を手にして嬉しさを大爆発させるのでございます。
何かの犠牲が払われない限り、わたくしたちは満足できない構成の生き物なんでございます。
たやすく痩せられる、というのはウソでございます。
簡単に痩せられるなら、我が腹回りを嘆くことないのでございます。
簡単に痩せられるなら、街中に痩せた人が闊歩していることでございます。
街中痩せた人ばかりなら、痩せていることなどごく普通、見飽きる御仁が増えてくることでございましょう。
痩せに飽きれば、次はブーでございます。それが世の流れでございます。
高木ブーがブロマイド下敷きでグッズ売り場に並ぶでしょう。女子小学生が女子中学生がお相撲さんにお目を輝かすことでしょう。ホンジャマカの大きいほうが占い師の横に座ることでしょう。「いまカッコよく太る」「今年の冬こそブー姫になる」「太って見える着こなし30選」「ブーメンのいる店33」「わたしはこうして太った、幸せを得た〇〇さん」などの雑誌や書籍が流通することでしょう。「君の二の腕に乾杯」「太ももの恋」「暴れん坊食軍」「マディソン群のお箸」などの映画やドラマが封切られるでしょう。
刻苦勉励し緊張感のある日々を経て痩せに励んだからこそ、内面からにじみ出る美しさが殿方を長期間にわたって魅了するのでございます。
そんなにスグに簡単に痩せたいのなら利尿剤でも飲むがよいと、いうわけでございます。一夜の恋で終わることでしょう。
わたしたちは何かの価値を求めているものでございます。
犠牲なくして手にしたモノなど、価値なきものでございます。燃えないものでございます。感謝感激できないものでございます。
犠牲にするモノは、「嗚呼!」と思うものがよき犠牲でございます。
わたくしなどはテレビを犠牲に入れたざます。嗚呼!

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5つ以上はたくさんだ

ひとつふたつにみっつによっつ。最後に来るのはいつつまで。
人がふつうにできること、その数は5つまででございます。
「正」の字なる数え方がございます。5つまでしか数えないのでございます。
5つまで数えたら、0にもどって他の「正」を書き始めるのは、みなさま自明のことと存じます。
だいたい普通に生きてれば、5つ以上のことなんて数える必要なぞないことを有史以来の数え方が示してると考えるのでございます。
5つ以上は数えるよりも、「アラ、多いね」との判断を脳は下しているのでございます。
5つ以上は数えていないのでございます。5つ以上は「多い」のです。
聖徳太子はいっぺんに、10人もの要件を裁いたと申します。
太子講やら太子廟、各地に伝説ございます聖徳太子ですら10でございます。
いっぺんに10もやれる人ならば、一千年の時空を超えて歴史に名が残るのでございます。
うつつの現世を鑑みれば、ダイエー中内さんがいっぺん人間で著名でございます。
新聞片手に歯を磨き足をトイレに運びつつペンを手に持ちメモを取り、その上部下への指示を出していたなる逸話の持ち主でございます。
日本のスーパー文化のほとんどは、中内さん由来のアイデアと申します。
現在の消費文化の形態を作り上げた中内さんでさえ、5つです。
世に済々の社長・重役連中ならば、分秒刻みのスケジュールであろうとも、いちどにやるは3つだろう、と忖度するものでございます。
有能であればこそ己の仕事を3つまで優先付けて限定せんと、考え至るものでございます。
いわんや我々をや、でございます。
やるべきことはひとつかふたつ、よくてみっつまででございます。
テキスト読んだり重要語句を確認したり忘れた数字を覚えたり過去問見直したり、この章あの章その単元、アレもコレもとしようとするが受験生でございます。
やろうとする意欲は買うが、おそらくそれは空回りで終わることでございましょう。
5ついっぺんにアレもコレもできるのは、本試験の1ヶ月前あたりからでございます。
それまでは少なめ思考で行くが花でございます。

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後退を

1週終わればおさらいでございます。
1章終わればおさらいでございます。
区切り区切りで後ろを見返すが吉でございます。
理解の度合いが違ってく、記憶の定着桁違いだからでございます。
わたくしがいつも感じることですが、自分の穴を見るのはいやなものでございます。
キチンとやったつもりでも、再度あちこち見直せばいずれどこかに穴あって、穴をみつけりゃ埋めねばならぬと思うわけでございます。
なんてこたぁない、自分で仕事を増やしているのであります。
ですから、見直し・復習・おさらいてのは、得てしてやる前からいやなものを感じるのでございます。
やれば必ずやることが増えてしまうのです、いやなのも自然現象でございましょう。
しかし、あえてやってみる。
グダグダいわずやってみる。
やりさえすればよいのです。
わたくしめの経験則でございます。
やってみれば、思ったよりも記憶の穴は小だったり、キチンと理解できてたり、次にやること見つかったりするのでございます。
あながちに全くできていないなど、ないことに気づくのでございます。
全然できていなければ、次にやり方変えりゃよい。
復習はそうすっと、気持ちがよかったり安心したりスッキリするものでもあるのですな。
復習のイヤン感は、克服できること・対応可能であることをご理解ただければと存じます。
結果的によいことあるのが復習で、前門の狼・後門のチョコでございます。

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