不調で終わってもよいのでございます。
お勉強は1日1日の積み重ねでしかないものでございます。
えてして長期戦でございます。
ゆえに好不調の波をまぬがるるものではないのでございます。
1日や2日ダメでも、それほど考え込まずとも気にせずともよいのでございます。
1週間もダメだったらアララなんだかおかしいな、と数日休養にあてればよいのでございます。虫の知らせというものがございますから、そういうときは自然に委ねた方がよいものでございます。カラダアタマのメンテナンス、けだものの夏冬の毛の生え変わり同様、わたくしたちの夏冬細胞の入れ替わりかもしれませぬ。
なあに明日には明日の風が吹くものでございます。気にすりゃ逆に吹かないものでございます。
極言すれば試験とは、本試験のときだけ好調でありさえすればよいのでございます。好調の波に上り調子に合わさったらよいのでございます。ただひたすらに、試験を受ける数時間だけ調子がよければよいだけの話でございます。
他のすべての期間がずーと不調であってもよいのでございます。
逆に日々のお勉強に調子がよすぎるのも怖い話なのでございます。
満つれば欠くと申しますように、上がったものは下がるのが世の倣いでございます。
大吉よりも中吉が喜ばれる所以でございます。最も高い値をつけたとたん、どっとぞ売りが入りこみズルズル値崩れしていくものでございます。
自分だけはその法則から免れているとは、なんというおこがましさでございましょうか。
盛者必衰は勉強にもあり、でございます。その逆もいわんや。
いま不調であるならば、必ず好調に至るものなのでございます。
不調でなんだか進んでないナァと思っても、それは次の好調の影法師なのでございます。
汝煩う事勿れ(なんじ、わずらうことなかれ)とはよく言ったものだと今更ながら思うのです。
次にいいこと必ずあるからでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年2月21日 8:18 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |
「類は友を呼ぶ」
「類友」のメカニズムはそこかしこ、あちらコチラで目にすることができるのでございます。
火を油を注ぐ、ということわざも「類友」はたらきを表しているのでございます。
上司役員お客様、怒られし時には亀になり何も言わずに反論しないのは、得てして怒りを増幅させないためでございます。
怒りは怒りを呼ぶのでございます、「類友」理論からすれば。
なんてことないひと言でさえ、カァ!!この野郎!!とアタマに血を登らせる可能性があるのでございます。登りすぎて、何を怒っているのか当の本人ですらわからなくなるのは、このメカニズム在りし故にでございます。
ですから黙ってお小言を、頂戴するのがよいのでございます。ひと言も反論しないで言い訳せず、理由云々述べないのが人の機縁を知りし者なのでございます。理性をもって怒るのは、ひとつの技術でございます。
このように「類友」は、日常茶飯事なのでございます。
怒りと同様、焦りは焦りを呼ぶものです。わけのわからん問題立て続け、解ける問題も解けなくなるものでございます。
焦りと同様、パニックはパニックを呼ぶものでございます。マークシートの記入のミスが、なぜか問題読解に影響しトンチンカンな解答解釈をするようになるのでございます。
「類友」を逆にいえば、違うもの同士は連れ添わないということでございます。
焦りから叡智は生まれませんし、混乱も理性を招きはしない。亭主奥方、類の友。
ですから、焦りなら焦り、怒りなら怒りの影響を、いかに食い止めるかが大切になのでございます。
お勉強でも、「類友」は同じく作用するものでございます。
諦めが諦めを呼ぶものでございます。
一問どうでもよく扱うと、次の問題もの次もどうでもよくなるのでございます。
「わからない」が更なるわからないを連続さしむるのでございます。
テキストに書いてあるのに解説にも書いてあるのに、当の本人アタマに血が登ったか焦ってスイミングアイなのか、なぜか読んでいないのでございます。それさえ読めば終わりなのに。
そして同じところをぐるぐると、自分の尻尾を追いかける仔犬のように駆けまわることになるのでございます。
感情というのは増幅するものだ、とまずは思うことから始めたく思います。
そして、カアッ!と血が登ったり、アタマがぐるぐるしだしたら、「お、来たな」と待ち構え深呼吸を3回やって、それから再開してみようと思うのです。
エネルギーの空吹かし、やる気の空回転の徒労から抜けだせると思うのです。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年2月20日 8:34 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |
職場はもとより学校で、電車店内家の中、通勤通路登下校、生きている以上人とのゴタゴタは避けられないものでございます。昨今ではネットでもいやな目に遭うとの事。
いやな人にいやな目に遭わされる事、意図的であれ無意図であれ、やはり当の本人はいやな気持ちをいやいやながらも引きずるものでございます。
ですから、普通に生きていたらお勉強中にうわの空になることも仕方のないことなのでございます。
悩み少なしあの頃で上の空、今日のお八つはなんだろな嗚呼愛しのあの人はいまいづこ?今日あの子は休んでたからつまらなかったなおやコレは恋ココロ?そんなバカなよせやい。。。てな日々だったでしょうから何ぞ今更?てな塩梅でございます。
眼前に愛する人がいてさえも、他の異性に目が行くもの。いわんや勉強をや。
ココロ穏やか脈拍静穏でないと、基本的に勉強に精がでないものでございます。
さざなみの如く波打つわが心中を、いかになだめるかでございます。
お馴染みの数字を挙げたく存じます。
2:8でございます。
人間関係、いい人2・普通6・意地悪2と相場が決まっているのでございます。
役に立つ人有用な人が2、毒にもクスリにもが6、イヤな奴が2の配分なのでございます。
意地悪な人に会うのは数字上、仕方のないことなのでございます。
なんだこいつと怒り心頭しても、新手の意地悪がでたなと思うがよいのでございます。「あ、来たな」
意地悪には、必ず遭うようになっているのでございます。規定事項の一種でございます。
無用に腹立つことなかれでございます。必ず2割あるもの。
雨の野郎コンチクショウと天気の文句を言うのが空しいのと同様に、ままならない浮世のことをアレコレ文句をつけても仕方がないのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年2月19日 10:15 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |