あがり症の方がございます。人前で何かしようとするときに、胸はドキドキ脚ガクガク、手に汗握りわき冷たしという症状になる方です。
はっきりいいますとこの原因は、眼前の作業に集中できていないからでございます。
あがるのは、うまくやろうとするからだといわれます。
今以上の実力を当てにしている証拠でございます。目の前の作業は、いま持ちたる力でしかできないのでございます。
よく思われようとしたときに、あがるともいわれています。
いわずもがな目の前の作業を見ているのではなく、己の評価に目がいっているのでございます。これでは力も出し切れまい。
間違えないかしら、ヘタだと思われないかしらも同じき旨、結局、目下の作業に目がいってなく、何か別物に目が奪われているのでございます。
集中というのは、1点に絞ることでございます。
試験は合格・不合格と不可分のものではあります。ここに落とし穴があるのでございます。
「合格しなくては」という意識ほど、問題を解く上で邪魔なものはないのでございます。
問題を解くことに意識が集中できていないからでございます。
一問解いてはいけるかな?、一問間違えれば嗚呼困った!と作業の各所瞬間に要らぬ感情べったりとまとわり付くのでございます。
そもそも合格とは、目の前の問題を解いてそこそこの点数稼ぎ合格点を超えていれば、結果として合格になるのでございます。
問題を解いた結果が、合格なのでございます。まず合格ありきではなく、まず問題ありきなのでございます。まず問題だけに集中しなければ、合格なんて。
「合格しなくては」状態は、問題という目の前の作業とは別の、遥かに離れた地点に目がいっているのです。まさに、言とは逆の作用しています。
合格の実際の作業とは、問題を解くだけなのです。
問題を解くことだけに自分を持っていかねば、せっかく積み上げし実力の半分も出なくなると思うのです。
ちからを半分削がれれば、出来ないも同然なのでございます。一輪車と自転車が戦うようなものでございます。小学生でもわかる。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年3月1日 9:35 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |
なんでも一時いっぺんに、やれはしないのでございます。
いっぺんに50問、ミッチリと100問の問題演習ができるのは、数回繰り返しあとの話なのでございます。
いくらなんでも最初から数百ページもできないものでございます。
100ページもできませぬ、50ページでも、25ページでもできないでしょう。
テキスト12ページくらい、問題なら3〜5問が進めていく上でのペースかと思います。
学習量が多すぎると集中力がもちません。復習もおざなりになるものでございます。
一度に百も二百もバリバリと、こなすのは奇人か天才のたぐいのみ、ゆめ参考にするなかれ。
少しに区切りをつけるのも、失われし勉強の技術なのでございます。
ぽっちりぽっちり区切りをつけるだけの技術でございます。
難しい問題も、ひとつの選択肢ごとに区切って考えていけば、わかりやすくなるのでございます。
小区切りが役に立つのは、わからない対策にあてたときでございます。
いちどきに4つ5つの選択肢、解こうとするから、余計にアタマは混乱するのでございます。
一選択肢・一選択肢に絞って考えてゆかば、見落とし無理解、記憶の抜け落ちを見つけるのでございます。あ、そうか、あ、ここだと思うものなのです。
一時に5つ選択肢できるのは、完成期・直前期あたりの脂ののりし時期でございます。それ以外、特に序盤であるならば、一問一肢にジックリ取り組むがあとあと資するのでございます。
一肢に集中してもわからぬなら理解できぬなら、文節用語に区切って、またも細かく区切りをつけて検証すればよいのでございます。
どんなに長い小説も、小分けに小分けを重ねれば、単に語句。どんなに問題多くあろうと、難しかろうとも、結局は選択肢の積み重なったもの、語句の集まったものでしかないのでございます。
テキストの記述にチンプンカンプンなら、鉢巻ぎゅっと引き締めて、同時におなかも引き締めて、一時間、この文章と格闘してやると臨めば、まあどんな文でも意が通じるものでございます。
できなければ、あとでやる、ほったらかせばよいだけの話。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年2月28日 7:52 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |
よくある話でございます。ある箇所ができるようになれば、他の場所ができなくなっているものでございます。
あそこが出来るようになったと思ったら、こっちができなくなるものでございます。
この箇所を憶えれば、あの箇所は忘れているのでございます。
よくあることでございます。自分だけではない話なのでございます。
お勉強とは、いたちごっこでございます。追えば逃げ、逃げれば更に追い込まれるものでございます。
憶えんとしても憶えず、忘れずとしてもゴウゴウと流れる河川の如く、忘れてしまうものでございます。
憶え忘れのいたちっごは、自然現象でございます。
まず、この事実を受け入れることでございます。
まあどうせ忘れるだろう、と思っておけばよいのでございます。
意気込もうがなにを思おうが、忘れるものは忘れるものでございます。
ならば憶え忘れを受け入れて、気楽に構えて茶菓子でも一口二口つまみつつ復習するほうを、わたくしは選ぶものでございます。
誰しも徒労感はいやなものでございます。
せっかくやったのに、後から見直せばまっさらまっしろであれば、誰しもがっくりするものでございます。
要はこのあたりの加減でございます。
がっくりしすぎると、更に勉強が重くなっていやになります。
負けない!!と発奮するのも、健康的ではございません。だって、何度でも難解でもあることですもの、そのたびに発奮できる人なんていないざます。
「お、来たな」くらいに身軽に構え、忘れ忘れる現状を踏まえておさらいするのが、続けていけるやり方だと思うのです。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年2月27日 6:58 PM |
| ▲ Back to Top. | ▲ Back to Homepage. |