勉強を「しんどくなくする」には、どう「感じている」かを把握することから始まるのでございます。
イヤンなのは普通でございますが、どうイヤンなのかがハッキリすれば、すっと肩の荷がおりるのでございます。
勉強、とどのつまり机上の作業、もっといえば読んでるテキスト・解いてる問題を、「感じる」のが大切なのでございます。
考えても妙案は浮かばないものでございます。
考えてもたいがい通り一遍な結論、まあ恐らくは「必要だからやろう」程度に帰結するに落ち合うのでございます。
感じ・感触でよいのでございます。
しんどさの原因は、考えても特定できないからでございます。
どころか考えると余計に間違うもの。「AでB、Cゆえに、しんどいのである」という人には、早々お目にかかれません。浄土の人でございましょう。
イヤンな気分というのは、一種のサインでございます。
目くらめっぽう、ごり押しにしてもやる気は空回りするのものでございます。
イヤンを感じたら、うーん、どういうところがイヤなのかしらん?と焦点を絞る感じで思うがようございます。
「なんであの章はあんなにイヤなんだろう?」でもよいのです。
イヤな感情は何も恥じることはありません、それは何かあるというセンサーの反応なのですから。
どこぞ穴があったり、大事な何かを見落としていたりするものでございます。「ああ、これぜんぜん出来てないやん」とか「重要事項がぜんぜんだ」「あ、これ見落としてたからわからんのだわ」などなど。
やっていたときとは違う何かを見つけることにもなるのです。
イヤだなという感覚が不快なのは、それが特定できていないから。
特定できれば、あとでやればいいや、とか別に日を取って専念してみようなど、イヤさに対処できるようになるのでございます。
いやな感情をねじ伏せるのも勉強のひとつではありますが、素直に従ってみるのも方便なのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年3月22日 7:52 AM |
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マラソンでは、他のランナーを気にすると余計にスタミナを消耗するものでございます。
この電信柱あの電信柱と、自分のペースで自分の決めた目標に駒を進める方が楽なものでございます。
至って楽なのでございます。
他者との比較そのものが悪いのではなく、要はタイミングなのでございます。
比較するときは調子のよいときだけでございます。
落ち込んだときの無用の比較は、まさに無用、更に落ち込むこと畢竟なのでございます。
いい占いは信じて、わるい占いは信じないが如し。
成績が落ち込んでいたり、調子が悪く計画通りに進まないときが一番危ないときでございます。
なぜか人と自分とを、較べて無間のカラクリに巻き込まれるのでございます。
「あの人はあーなのに、わたしはこーだ」というのが、典型的な例でございます。
基本的に、人は人を知りません。ブイブイ言わしている人でも、過去にいえないようなことがあったりするものでして、結局、他人との比較なんて「不完全な」情報の上に、なんかのへ理屈をクソ理屈並べ立てているものでございます。
楽勝に見える人でも、ちゃーーんと裏では自己管理を徹底し、机に向かっているものなのでございます。
脳ミソにそれほどの個人差なんてありませんから、わたしにはそうとしか思えないのでございます。
そしてここが重要なのですが、他人と較べてなにかいいことがあるのか?ということです。
金持ちの友人のセルシオを見て、ああええのぅ、それに較べて我が身のわびしさ、と思ったら、自分の車がクラウン・マジェスタになれば、いくらでも比較していけばいいのでございます。
しかし百万回思っても変わらぬものでございましょう。「思い」で変わるは、恋せし女性の顔くらいでございます。
たいがい何も起きません、変わりません。
ありていにいえば、自他比較は、少しも点数に貢献しないものでございます。
疲れるだけ落ち込むだけの自他比較なんて、健康ではございません。
自分のペース目標で進めていくのが、一番続く方法だと思うのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年3月21日 7:54 AM |
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あのクソ野郎!!あのオカメ!!雌狐!!
かつては愛したはずなのに、今はナゼやら怒り心頭、坊主憎けりゃ袈裟まで憎くし、朝飯も手につかないほど怒るときが、長い人生のうち何度かはあるものでございます。
こうなっては本人でも何がなんやら、怒りの発端原因は通り越してしまい、昔のアレコレからなんだかんだまで、最初のデートのケチまで引き合いに出しては、フト近頃の些細なことまで記憶によみがえり、あんなこともあったこんなことも。。。とまたもやアタマに火がついてしまうのでございます。
感情というものは、それ自体が増幅装置でございます。
ムカ!!ときたら得てして次のムカ!!を呼び出してしまうものでございます。そして更にイライラしてしまうのでございます。
朝のムカッ!が、自動販売機のつり銭の遅さにさえムカッ!を呼び出すのでございます。そして今度は上司の何気ない態度に一層イライラしてしまうのでございます。
類は友を呼ぶ、と申します。
感情はまさにこの言のママでございます。
ムカはムカムカを呼び、イラはイライラを呼ぶものでございます。
怒りが怒りを呼び、悲しみは悲しみを呼び、カチンと来たら更にカチンとくるものなのでございます。
勉強のイヤさ加減も同様なのでございます。
イヤでたまらなくても、取りあえずは机の前に座り、ペンを手にしてテキスト開き、ちょっとの5分ばかりはやりなさいな、といっているわたくしであります。
なぜなら、イヤな気分が次のイヤを呼ぶからでございます。必ず呼ぶものでございます。
逆にいえば、5分の克己が明日の10分の克己に繋がるものでございます。やったことは、次のやるに繋がるものなのでございます。
この5分は、次のイヤを呼び覚ますのを防ぐ作業なのでございます。
わたくしたちは感情の生き物ゆえに、どうしてもその影響からは逃れられないものでございます。
ですから適当な手当てをするものでございます。
「あ、こんな風に思っていると、ますます〇〇するな」と、スッパリ断ち切るのが最上なのでございます。
感情が作り出す負の再生産にお気づき下さればと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2007年3月20日 7:52 AM |
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