独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

大きく書いて眺めれば

なんでもこんまいものというのは、しんどいものでございます。
細かな仕事は、細かいというだけでシチメンドクサが上がるもの。使用済み資料の整理・インデックス化など忍耐の極みでございます。
ですからわたくしたちは、細かい仕事の数々、伝統工芸品の仕事振りを見ては嘆息を漏らすのでございます。
さて、お勉強の定番たるテキスト、その文字はやはり小さいものでございます。お供の問題集も小さくて、もちろん解説もこんまい文字ときております。
細かい文字を見ていると、それだけで疲れるものでございます。
お勉強の疲労のほとんどは、目の疲れでございまして、あー疲れたなと思ったら顔をザブンと洗うなり、何かほかごとをするなり、目の周りをさするなどして15分ほど小さい文字から離れるだけで、グッと気力が回復するものでございます。
勉強に疲れてきますと、もちろん読解力も低下し注意力も散漫になるものでございます。目がピントをずらせようとしているのでしょうかのぅ、疲れとは生体反応かもしれませぬ。
お勉強が長引きなんだか疲れ、テキストや解説の文字が泳ぎだしたら、大雑把に大きく紙に書き出してみることを、オススメするものでございます。
特に効果があるのは、難しい箇所や難解規定でして、これらは大きく書き出すだけでぐっと理解の作業が楽になるのでございます。
小さい文字でグダグダちんたらこまっしゃくれで書かれているが故にむずかしい、ということが多々あるのでございます。
クレジットカードや銀行の約款なども、この「ちいさきは難しき」を応用したものでございましょう、まずあないなモンは理解できませぬ。
小さい文字で書かれしことを追うのに切れたら、ケツをまくって大きく紙に書き出してみるがようございます。
B5用紙一束なら、ホームセンターで200円あれば買える時代でございます。
「コレはコウで、こうなってんやろ。ほいでアレがここにかかってんやな、コレはアレやがな、アレでアーなってるじゃろう」と声に出しながら、半分キレながらやるとようございます、やってやりますよ、ああ、な感じで取り組むとよいでしょう。
ワザワザわかりにくく書きやがって、とブツクサ言うみなさまの姿が見えているわたくしでございます。

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世は半値八掛二割引

世は、たいがいが多く見積もられているものでございます。
例えば、不安でございます。
今気にしていることの8割は、まず実現しないものでございます。
病気や大怪我、事故に遭わないだろうかと心配しても、ほとんど遭遇しないものでございます。
おなかが冷えたり、財布を忘れてレジで往生するくらいが関の山でございます。
世間に流布されるウワサや伝聞の類も得てして、多く見積もられているものでございます。
人のうわさなど、面白おかしく語られるうちに大きく膨らむものでございます。
半値八掛二割引と申します。そのくらい割り引いたのが、真実の姿、実体であるという古人の言でございます。世の御婦人の御顔に当て嵌めれば理解千里を走るかと存じます。
人間の認識とは、ズレがあるものでございます。大きく間違ってはいないが、すこしく過っているものなのでございます。
それを如実に感じるのは、お勉強のムズカシさでございます。不思議なもので、受験生のときは難しく難解に感じるのに、合格した途端カンタンに感じるから現金なものでございます。
我ながら、見方が甘いものよのぅと振り返っては思うものでございます。コレまでの多く、そんなに気にすることも考えることもなかったのに、と。
世の過ぎし事に、この割引率「半値八掛二割引」は適するものでございます。
旦那や嫁、友人同僚上司部下、「アレをしてくれない、コレをしてくれなかった」と恨み辛みをする前に、半値八掛二割引。
計算してみれば、そんなことやるハズもなし、大きく買いかぶりすぎていた自分を発見するものでございます。
逆に、アレもしてくれてる、コレもしてくれてると感謝の念すら憶えるのでございます。他人の気働きを買うなかれ、でございます。しかも無給、チップもない間柄でございましょう。
生きるとは、面白きなき世を面白くするもの、ある維新の志士の歌を思い出したわたくしでございます。

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努力は株価の如く

努力というのは、すぐに血となり肉となるものではございません。
努力の結果とは、投下に応じて正比例するものではないのでございます。この点、恋とよく似たものでございます。あんなに尽くしたのに、あんなにプレゼントしたのに。
ま、勉強の努力は一応の成果になるので、そこは違って救済はあるのでございます。
努力は、以下風に語られるかと存じます。
コツコツやる、焦らずやる、飽くことなくやる。
そうでしょうか?
努力は堅実と語られますが、実はそうではないのでございます。
努力と実力の伸びは、株価の如しなのでございます。
ずーーと平行線、またはやや下降気味というのが、努力の真実の姿なのでございます。
しかし、ときにぽーーんと天井を抜けるように上昇するのが、実力の真の姿なのでございます。
そして、また、ずーーと横ばい下降気味になって、しかしときに間欠泉のように跳ね上がるのでございます。
努力しているときは、改善が見られなかったり徒労感ばかりであったりします。
読んだハナから忘れたり、やったソバから間違っていくものでございます。ハナソバ。どこぞのにゅーうぇいぶラーメンに出てきそうでございます。
まあ、結論からいえば結果的に憶えてしまう、できてしまうものではありますが、お勉強中の者にとっては、あまり気分のいいものではありません。
努力とは、単にいえば、やるだけなのでございます。そこに、進展や伸びや成長を期待するから、その分、気が重くなるのでございます。
努力とは、実力の伸びや改善が見られずともやるのが、「努力」のなにふさわしい作業なのでございます。
おそらく、今投下されし努力は、わたくしたちの知らないところに蓄えられ、ある程度に溜まると勢いよく表面に浮き上がってくるものであろうと、ある日の日記に書いたわたくしでございます。

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