独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

絵にもならない

あの人の気持ちがわからない、あの人がわからなくなったとさめざめと泣く妙齢のご婦人は絵になるものでございます。
しかし、勉強のわからないでウンウン唸るは無惨なお姿なのでございます。
無情でございます。たいがいジャージ姿でのお勉強でしょうからから、どんな美青年美人であっても様にならないことでしょう。
当の本人は、まじめに考えているものでも、他人から見れば「いとあさまし」と思うこと多々なのでございます。
わたし自身、父や母が机の前ウンウン唸っているのを見たくないものでございます。幸い見ることはありませんでしたが。(要するに机の前に座るような人ではなかったということ。)
それでも、見たら見たでそれは胸が締め付けられるような痛みを覚えたことは想像にしくはないのでございます。
喫茶店やカフェで、腕を組み眉毛怒らせ皺つくり、考え込んでいるサラリーマンを目にするものでございます。思わず目を背けたくなる醜さでございます。
真・美・善と申します。正しいこと・よいことは、美しいものでもあるのです。
悩む姿考え込む姿は、美しくございません。ですから、15分考えてもわからなかったり、答えがでそうにもなかったり、いいアイデアが浮かばないなら、切り上げるのがよいのでございます。
長く考えてよい結論が出る、結果が出る、答えが出るなんて、誰も保証はしていないのですから、サッササッサと切り上げて、何もアタックするがよいのでございます。

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1点を追わないで

試験は1点を争うものでございます。
まさにその通りでございます。
合格点70点ならば、71点−70点−69点に、受験生の多くがひしめきあっているのでございます。
基本的に受験生に、飛び抜けてできる人はいないのです。
みんな同じ(ような)テキストに同じ(ような)問題集に、同じ過去問を解いているのですから、そうそう差が生まれない土壌でございます。
ですから、合格ラインには多くの人がひしめき合うのでございます。
「1点を争う」とは、ケアレスミスは犯さない、基本事項を大切にする、皆が取る問題を落とさない、という意味での争いでございます。
しかし時にこれを勘違いし、「1点を追う」と履き違うことがあるのでございます。
そう、難問奇問未出題の類の問題を、一生懸命やりだすのでございます。
しかし、この点を負う努力はは無為に終わるものでございます。なぜなら、わたくしたち受験生は受験の素人だからでございます。
未出題の問題を自分で見当をつけてやるくらいなら、専門学校のプロ講師の腕と編集を信じたほうがよいのでございます。もちろん、本試験で出題され「オレの予想当った!!」となるは、宝くじレベルでございます。そんなトコで運を使わずとも。
難問奇問は次に出ることはありません。はっきりいえば、新傾向系統の問題も、自分で判断せず、経験豊富なプロの技を買ったほうがはやいものでございます。
点を追うようなると、基礎は忘れていくし合格からは遠ざかり、費用対効果少なく詮無きことで終わりがオチでございます。
しかし魔が指すという言葉もございます。焦りや不安からか、1点を追い出すことがございます。わたくしもありましたから、よくわかります。案の定無駄でした。
試験に有用なのは1点を落とさない努力であることに、毎度の事ご注意くださいまし。

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勝ち負けは気にしない

勝ちや負けというのは、考えなくてもよいことでございます。
単純にいえば、勝ち負けを気にしだすと疲れるからでございます。
余計に疲れるからでございます。
疲労は、ないほうがよいに決まっています。
わたくしたちは、配慮の名のもと無駄なことに気をかけて、意図的に自分から疲れんとしているのです。
他人からすればなんともないことを気にするのでございます。鼻毛とかすね毛とか。本人だけがいたって気にしんぼうなのでございます。
今となって振りかえれば、気にしたことの8割は実現もせず、鳥越し苦労なのでございます。鼻毛で笑われなかっただろうか?
本当に、極々ごくごく稀でしかなかったように思います、気にしたことが命中または実現しドえらい目に遭うことなどは。
またドえらいことが起こっても、保証人や手形の裏書さえしなければ、1年後には枕を高くして寝ているものなのでございます。
試験の勝ち負け、つまり合格・不合格などは、勉強期間中は考えなくともよいものでございます。それも一切。
試験とは、結局、試験に有利な条件を満たしたものから合格するからでございます。
合格・不合格を考えたり勝ち負けを気にするというのは、試験の勝利条件には入っていないのでございます。
過去問を定番回数繰り返すとか、テキストの巻末インデックスを潰すとか、間違った問題だけをやり直すとか、苦手とスグに思い立つテキストの章を読み込んでみるとか、そういうものが試験に合格するための条件なのでございます。
勝ち負け・合否を気にするというのは、一石二鳥ならぬ一石二糞でございまして、心身は疲れるは合格からは遠のくは、ろくなことではないのでございます。
ゴリラに石をぶつけたらクソぶっかけられた様なものでございます。
合否を気にするというのは、駅のホームの鳥の糞を勘定するくらい無駄な行為と思し召せ。
鳥の糞など気にする前に、やることはたくさんあるはずでございます。

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