独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

バカじゃない

基本的にお勉強というのは、バカだからできないというわけではないのでございます。
日本語の読み書きさえできれば、あとはその試験の要求する物事をコツコツとおさえていけばいいのでございます。
勉強ができないというのは、アタマの良し悪しではなく、性格に準ずることを理解すると、一層自分の落とし穴がわかるのでございます。
お勉強にあわない性格は、ナマケモノでございます。
お勉強に求められる力は、はっきりいえば、計画力と整理整頓する力でございます。
ナマケモノというのは、このふたつに全く相反するのでございます。
試験勉強というのは、長丁場になりますので、計画性がなければ最後まで遣り通すことができません。
『この日までにテキストを終わらせて、問題集の復習を始める、おっとこのあたりでだれるだろうから、完全休息日を設けておこう、としたらこの日の前後はもっと根を詰めて休みの日を拡大して、ちょっと小旅行にでも行こうかしら。。。」などなどと、考えられるかどうかでございます。
まあ、これは極端な例ですが、勉強というものを今日・明日だけのものと考えていなければよいのでございます。
整理整頓というのは、自分が憶えやすいよう、理解しやすいように考える事でございます。
テキストというのは一応の整理がついていますが、それだけで憶えるなんてできない相談でございます。
テキストは、試験に出る事を網羅しているだけなのでございます。わたくしたちは、「自分」の力に応じてこれらをマスターしてゆけばいよいのでございます。
「コレは頻出、コレは過去問にもでていた、これはよくわからんので飛ばす」など、自分の出来不出来に因り並び替えたり置き換えたりしているものでございます。
勉強の過程とは、自分の実力に準じて、テキストを『整理』しているものなのでございます。
部屋の掃除はできないけれど、車だけは丁寧に洗う人なら、十分な素質がありです。きちょうめんさを拡大していけばよいのでございます。ケイタイのアドレス管理だけはシッカリする人なども同じく。

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口にだしてみる

わからないなぁと思ったら、口にだしてみるのがよいのでございます。
なにも鉛筆と本の上だけの、沈黙の作業だけが勉強ではないのでございます。
ぼそりと声に出してみればよいのでございます。「アニャララウニャララ・・・なんじゃこら?」と1人ツッコミを入れるのもいいでしょう。「。。。知らんわ、ボケ!」
隣で寝ている人は、最初ビクッとして訝るでしょうが、次第に慣れるものでございます。
といいますのも、口にしてスラスラ読めないことが、明確な「理解できていない」証拠なのでございます。
わからないところにまずは実感を持つことでございます。「ここがわからない」「どうすればいいかわからない」これだけで、取っ掛かりは大きくなるのでございます。
声に出してみてスラスラ読めないところは、理解の及んでいないところ、詰まってしまうところは穴なのでございます。
イマイチ乗り気がしないところ、苦手科目・単元のところというのも同様、音読してみると読めないものでございます。
それに、基本的に口にだした方が、記憶に残るものでございます。
「ジュゲムジュゲムゴコウニスリキレ海砂利水魚のフウライマツウンライマツスイライマツ、パイポパイポ。。。」という親バカをくすぐる「寿限無」がございますが、こんなに長い名前をアタマだけで憶えようとしても不可能でございます。
節をつけ声に出すから、憶えることができるのでございます。
考えるだけ、アタマの中で反芻するだけは、即、忘却の海に流されると決め付けてください。
それだけでは、99%忘れます。試してください、「今日の朝ごはんは〇〇と〇〇」と声に出していうのと、アタマだけで思うのとどちらが記憶に残るかを。
洗剤買わなくちゃ、と思うだけのと声に出してみるのとを。
アタマだけで考えるというのは、すぐに考えれる分、スグに忘れるのです。声に出すというのは、それだけで脳みその中の滞留率が高まるのでございます。
黙読と音読の時間の食いようをみれば、即断かと存じます。
よく知っている事は、黙読の思考だけで結構、逆によく知らないこと・わからないこと、苦手・不安な箇所は、声に乗せて時間をかけて読み込むがよいのでございます。
まずは声に出して読んで見ることでございます。

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ゴチャつきが気になって

お勉強しようとしたら、まわりの散らかりようが気になることが、よくあるものでございます。
整理整頓と、口やかましく言われた方々が多かろうと存じます。
机の上はきれいにしておく、道具はすぐ取れるようにしておく、文具の類は取りやすいところに置く、といわれたものでございます。
理由はやはり、何かをやらなくちゃと思いながらの作業は、心底では逃れたい、そこで普段なら気にもしないものを「意図的に気にし」、その作業から逃れんとするものである、と考えるのでございます。
落ちた髪の毛、クッキーの食べかすなど、普段の大雑把で大味な自分からすらば、まなこの端っこにも登ってこないものを気にしだすのでございます。
人間というのは、知覚を操作できません。見たものを見たものとして、聞いたものは聞いたものとして、一端は受け取ってしまうのでございます。
朝一でごみ収集所の散らかりようを見れば、それだけで1日気分が悪いものでございます。
お勉強をしだして、回りのごちゃごちゃが気になるようでしたら、気ならないように小ぎれいに整理するしかないのでございます。
それをガマンして「集中集中」とするよりかは、さっさと型をつけたほうが賢明かと存じます。
アレはコッチに、コレはアッチに、お、鉛筆はここに置くととりやすい、ペン類をまとめて入れる箱はなかったかしらん、お、クッキーの缶発見、お、ハーブティの空き缶はペンを刺すのに向いている、などなど、工夫を重ねるのが一番なのでございます。
実際のトコ、勉強というのも一種の整理整頓でして、「コレはよく出る憶えよう」「全く無視する問題だ」「忘れちゃいけないことなのに」などなど、試験の重要性に応じて整理をし、整頓を重ねているのでございます。
整理整頓は、お勉強と全く関係のない作業ではないのでございます。
よき職人の仕事場を、一度、観察してみては、よく仕事のできる人の机のまわりを見てみてはと、ご提案するものでございます。

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