独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

息が詰まる

息をのむと申します。素敵な音楽や上質の映画を見ると、わたくし達は手に汗握り、息をするのを忘れてものでございます。寝顔を見られても同様、ヒィィ。
さて、感動や衝撃のあとは、妙にお腹がすいたりのどが渇いたりするものでございます。
映画の後は喫茶店でございましょうか、それかどこかの飯屋でぱくつきながら、ひときわおしゃべりに夢中になるものでございます。本当においしいときでございます。
プロレスを見た後で飲み屋に直行するファンの姿を、興行後によく見るものでございます。飲み食いしながら、試合のアレコレを品定めするものでございます。パクパク食べてゴクゴク飲む。
夢中になっているとき、集中しているときは、意外に呼吸が低くなっているものでございます。
いや、低くはないのでしょうが、相対的に通常時よりかは「不足」の事態に陥っている事をご理解いただくたく存じます。
何度もいいましたが、勉強中はエネルギーを浪費しているものでございます。エネルギーの燃焼には、水と酸素とエネルギーが必要でございます。
勉強中はアタマがフル回転しておりますから、いつもよりたくさんの酸素を必要としているものでございます。このような意味で、相対的に酸素不足と申しております。
手に汗握った後は、アレコレおしゃべりしたいのも、実は酸素不足を補うためにおしゃべりするのではないかと思っているわたくしでございます。
呼吸というのは、意外に忘れがちでございますが、注目するとお勉強のよき「休む」口実になるのでございます。
自分の疲労状態をみるのに、呼吸、息の仕方を観察するのはよきバロメーターでございます。
息がか細くなっていないかを確認でございます。
息が詰まっているのに気づき、深呼吸して気持ちよかったら、それはたくさんの酸素をお勉強中に消費している証拠でございます。
軽い運動をするとアタマがスッキリするのは、カラダを動かすことで呼吸数を増やし、脳内の酸素供給量が増えたからでは、と思う口でございます。
お勉強はアタマだけでなく、気分転換も勉強の維持に重要な要素でございます。
ゲーテも、良き詩はベルリンではできないさ、空気がひどいからね、と申しております。
勉強中には、適度に休息を取るほうが、長続きします。それはカラダが求めているからだと考えます。
根を詰め、早死にしないように申し上げる次第でございます。

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硬くなっていませんか

がんばろう!と思うとカラダに力が入るものでございます。
力が入ると、当然カラダは硬くなるものでございます。
例えば、手首でございます。
利き腕の方の手首とそうでないほうの手首の柔らかさを実感して欲しく存じます。
くるくるくるっと、学生時代の体操のように回してみてください。
右手がすごく固まっており、痛いくらいではないかと存じます。
首もそうでございます。お勉強中は、知らず知らずのうちに、首の前面の筋肉を緊張させているものでございます。
首が凝ると肩が凝り、肩が凝りだすと背中が狭まると申します。
背中が狭くなると、息苦しくなったり無理な姿勢をとろうとするため、ますます疲れを感じるようになります。
話は変わりますが、勉強をしていると息が細くなっています。通常時の呼吸と勉強時のそれを少し見比べてみてください。
お勉強の姿勢は、幾分前かがみですので、肺が圧迫されて息がか細くなっても不思議ではないわけでございます。
さてさて、このようにお勉強は、自分の知らないところで疲れているのでございます。知らないので、回復させる労わるという発想がありませんから、どんどん疲労は蓄積されていくのでございます。
疲れないコツは、疲労を貯めないことでございます。
これしかありません。
まずは自分の体のうち、どこが疲れているかに意を払ってみてはと提案するものでございます。
なあに、なんたらマッサージやホニャララ健康法、カサンドラ器具などを使えというわけではないのです。
自分の体の変化を見逃さない、だけでございます。
なんでこんなトコが痛くなるのだろう、最近目がボンヤリしすぎている、などなどの諸兆候を見逃さない程度でよいのでございます。
個人的な事をいいますと、ペン字の練習中、字をうまく書く練習のときに腕の上腕が痛くなったのでございます。
今までにない箇所の痛みでしたので、焦ったものでございます。そうこうしていくうちに、姿勢がヘン、ずれている、微妙な力が入っていることの発見に到ったのでございます。
力を抜こうとして、逆にヘンなところに力が入っていたわけでございます。
それに気づいてからは、応じて、作業もラクになっているところでございます。
お勉強というものを単に頭脳だけの作業に留めず、アタマからだ全体から見れば、発見や突破口が見つかるのではないかと存じ上げる次第でございます。

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内面を知る

内面、てな事を言い出しましすと事のほか、深そうなテーマかしらん、と思われでしょうが、もっと単純でございます。
勉強というのは、ときにやりたくなるものでございます。
やりすぎた後で訪れる、燃え尽き症候群以外にも、やりたくなくなるものでございます。
周期的に誰だって、「やりたくないなぁ」という気持ちを、押さえ難くなるのでございます。
勉強をしたくないなぁ、気乗りがしないなぁと思うようになったのは、実のところ、ほかのことをしたい気持ちと表裏一体ということに他ならないのでございます。
ときに、この「ほかにしたい何か」が、実にいい気分転換に成ったり励みになったりするので、無視しておけません。
「ほかにしたいこと」が、ググッと勉強に本腰を入れるきっかけだったりするのです。
やりたくねえなぁとおもいつつ、ワインをがぶがぶやってたら、フト昔のアレでアレな事思い出し、「へへ。。。こんなことで、負けられない!」と明日のジョーのように燃え出すこともあるのでございます。
勢いというものは、必ずございます。それは、人為で何とかなる勢いと、どうにもならない勢いという、ふたつがございます。
前者は、自分で発破をかけたり、自己管理を厳しくするなり、飴とムチを使うなりして、人工的に作り上げる勢いでございます。
対して、後者は、どんなに自分から気合を入れようとしても、うんともすんとも行かない勢いの事でございます。
強さは、後者の方が大きいのです。
勉強というのは、淡々がベースでございますが、ググっと実力が伸びだす時期があるのでございます。
このグンと伸びるときのはじめになるのが、「ほかにやりたいこと」であったりするのです。ドカーンとくる。
やりたくないなぁ、と思うようになれば、ほかに何をしたいのかを知ることでございます。「ほかの何か」の方に何かを感じるなら、そっちに身を委ねるのもよいのでございます。
ときに、〇〇がしたいと思えども、勉強を代替としてやってみると、つまらなさを如実に感じ、以後、それにて時間を浪費することがなくなったりします。夢から醒めたように、「つまらんことしてたなぁ」とキッパリ悪癖を絶ってしまうこともあるのです。
「勉強を嫌がる」のは、100%悪いことではないのでございます。それは、その気分の裏深いところで、何かの変化を生み出す可能性のあることを、ご理解いただけたらと思います。

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