独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

その一口あと一口

その一口をやめておく、と申します。
昨今は、バイキング方式のランチが増えてございます。
ついうっかり、食べ過ぎてしまうのでございます。それもコッテリとしたものばかりを。
その一口が更なる食欲を呼ぶのでございます。獣性を目覚ませてしまうのでございます。
小食と思わせたいのは、武略でございますゆえ、普段はおさえても仕方がございません。
ばくばくバクバク食べていたら、100年の恋も3秒で消えはてることでしょう。彦星も来年からは来ないものでございます。
「あんなに食うなんて」「口に吸い込まれるかと思った」「食べられそうだった」などと思われるだけでございます。
その一口が、恋の破綻の呼び水に、または取り返しのつかないおなか周りになるのでございます。
お酒も同様でございます。ほろ酔いが一番と申します。
その一口が、いっぱいが、つもり積もって浴びるように飲んでしまうのでございます。
酒の飲みすぎは顔色に、そして内臓のダメージとして皮膚に現れてきます。鏡を見てあかんなとおもったら、ほどよいほろ酔いでございます。いっそのこと、酒をやめるのもよいでしょう。
酒をやめれば、いかにカラダが軽いか、体にアルコールの負担があったかお分かりいただけるかと。
さて、お勉強なのでございますが、お勉強では「もういっぱい」「もう一口」の精神が、うって変わって大切なのでございます。
過ぎたるはなんとやら、と申しますが、過度ではない「もうちょっと」のお勉強を薦めるものでございます。
今日は終わり、寝る、とさばさば切り上げるのもよいのではありますが、そこで、まあ5分くらい時間を見て、少しく復習したりテキストを読んだりするのでございます。次の予習に当てるのもよいでしょう。
これが余裕の元になるのでございます。
類は友を呼ぶと申します。余裕を設けるからこそ、次の余裕が生まれ、余裕の実力が身につき、本試験でも落ち着き払える余裕が生まれるのでございます。
めんどくさいと思っても、エイ!と踏ん張ってあと5分の精神なのでございます。

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やっても感

わたくしは、サラダ派なのでございます。ポテトを注文する事は絶えて久しいのでございます。
自炊を始めてから気づいたのでございますが、あのポテトフライを作るには膨大な油が必要だと悟ったからでございます。
冷凍のポテトフライを揚げようとして困ったのは、かなり大目の油を用意しないといけないということ。そして、その処理もございます。
こんな手間かかるなら要らんわ、と思ったものでございます。
何より驚くのは、使った前後の油の減りようでございます。減った分は食べたのだなぁと思うとぞっとしたものでございます。
ポテトフライ一人前で、大コップ一杯分の油を飲んでいるのかと思うと、食べる気がなくなったのでございます。
それ以来、ポテトフライは食卓から消えたのでございます。
ですからファストフードでも、サラダになったのでございます。
これまで、ファストフードを食べても「食べたりない」「食べた気がしない」感が、多々ございました。
それはおそらく、あまりにも栄養が偏りすぎているためカラダが驚いている、と考えたのでございます。
ファストフード(ポテトのセット)を食すと、そのあまりにものカロリー、驚くべき油脂を消化するため、ビタミンを総動員して消化に当たっているのでしょう。
食い足りない感は、消化に費やされたビタミンを速やかに補給してくれ、野菜を食べてくれというサインなのであろうと考え至ったものでございます。
ファストフードでも、サラダ1品を加えると、食べたのに飢餓感を感じるような事はなくなったのでございます。
さてさて、お勉強にも飢餓感とはございます。やってもやっても、やった気がしない感触でございます。
やっても感ばかりが積もる時は、何か大事な事、必要な事を見失っているのでございます。
何かが不足しているが故の、やっても感なのでございます。
こうなりましたら、少し日課を減らして、じぶんの足りないものに意を馳せてみるなどの、他の作業を付け加えるときなのでございます。
同じ事を同じきように繰り返すと、確かに実力は伸びるのですが、心身の消耗は激しく、パタリとお勉強自体が止まってしまいます。
それを無理して続けると、本試験前までに燃え尽きてしまうのでございます。
過ぎたるはなんとやらと申します。
やはりお勉強も、バランスなのでございます。
アタマも胃袋同様でございます。

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間違いは点の素

要するに、人は何回もやればできるものでございます。
何回もさせればできるようになるだろう、そのように試験という物は設計されているのでございます。
何回もさせるには、簡単すぎてはいけません。
簡単な事を何度もやらされるほうが、心身ともにグッタリくるものでございます。
小言や用事の言いつけが守られないのは、まさに簡単すぎるからなのでございます。
ゴミ出ししてくれ、起き掛けの飲み物を用意しといてくれ、時刻表をチェックしておいてくれ、靴を揃えて脱げといっても人がやってくれないのは、簡単すぎるからこそ。
あいつは何回いうてもやらん、と直そうとするより、結局自分でやったほうが、はやいしスッキリするものなのでございます。
他人の気働きを求むることに較べれば、自分の間違いの手直しなど、簡単すぎて屁のカッパでございます。
いってもやらないその人は、勝手に自分で地獄へ行こうとしているのですから、ほおって置けばよいのでございます。いってらっしゃい。
さてさて、お勉強での間違いでございます。
はっきりいいますと、何度もさせんがためにお勉強の内容というのは、多少、難しくしているのでございます。
簡単な事を何度もやるより、むずかしめを何度という配慮でございましょうか。
問題集や過去問は、間違えるように作られておりますので、手ひどく間違っても何度もやればよい、と思えばよいのでございます。
そして何より、回数を繰り返したほうが記憶に残る事は必定、試験には有利なのでございます。
逆に、1回目でできたからといって、それを本試験まで維持するほうがシチメンドクサイ。
間違ったからといて凹む事はございません。
もちろん、10問中9問も間違えれば、イヤな気分になるかもしれませぬ。
しかしそれは、できなくて嫌になったのではなく、やる事が多くなったのでウンザリしていることにお気づき遊ばれいかがと存じ上げ候。

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