独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

結果的に憶える

「結果的に」という言葉を噛みしめてほしく思います。
お勉強でよく見るメカニズムだからでございます。
私たちは、意図的に何かを憶えようとしていますが、よくよく思い返せば、結果的に憶えたということの方が多いかと存じます。
憶えよう!憶えよう!と一生懸命になっても憶えられないことは、実に多いかと存じます。
憶えている、というのは、気づいたら憶えていたといっても遜色ないほど、よくわからないうちに憶えているものでございます。
わたくしたちが取れる方策は、憶えやすい状態に自分を持っていくことくらいでありまして、憶えるか憶えないかはブラックボックスになっているのでございます。
記憶になるかならないかは、その黒箱さん次第でありますので、憶えられないと無碍に嘆いても仕方がないものでございます。
しかし、憶えられないといっても、多くの人は憶えていくのですから、別段、あなただと絶対に憶えられないわけではありません。
きちんとした記憶になるまで、執念深く待つしかないのでございます。
記憶の決定打は黒箱状態なのですから、意図的にできることは「憶えやすい状態」までに到ることでございます。
ススメではこれまでに、記憶に残りやすい方法として、繰り返す、朝にやる、何度も目を通すといった方策を見てまいりました。
これらは精度の低い記憶方法ではありますが、何度もやっていれば、ほぼ100%記憶を達成できるものでございます。
わたくしは、確実なことが好きでありますので、いろんな憶え方をやって見ましたが、最終的にはこれらに落ち着いた次第でございます。
個人的には、何かを憶えようとするなら、慣れるようにしております。
慣れたら抵抗感も和らぎ、何度も何回でも見やすくなります。
ぱっと見ても難しさを感じるようであれば、未だ憶えられる状態にあらずと踏んでおります。
憶え難いものに悪戦苦闘するよりも、まあ慣れてから方式をとっております。
いうなれば、時間に委ねていると申せましょう。時間に委ねるのが、1番楽な解決法です。
下手な努力より、時間の解決が確実で実効性が高いと思う次第でございます。
結局、憶えるというのは、憶えるまで待つものでございます。
異性にはいろいろなアピールができますでしょうが、惚れていただくには時間がかかるのと同じ理なのでございます。相手の胸先は、やはりブラックボックスでございます。

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サンミー一体

お勉強とは、やはり毎日コツコツやったほうが、実力は身につくものでございます。
短期で詰め込んでもいいのですが、短期集中や一夜漬けというのは一種の才能でして、できる人とできない人とに分かれます。
一夜漬けは人を選びますが、一方の毎日コツコツ方式は誰でも効果がございます。
やれば必ずできるのが、毎日コツコツ方式のメリットでございます。
しかし、欠点もございます。そう、毎日、同じようなことを同じようにやるので、飽きてくるのでございます。
これまで、いろんな飽きの回避方法を見てきましたが、どれも決定的ではありません。
というのも、飽き回避の方法であっても慣れてしまえば、飽き防止策に飽きてくるからでございます。新鮮味のあるうちにしか、効かないのでございます。
お勉強とはさまざまな局面がございますが、やはり、大きな部分を占めるのは飽き防止でございます。
今回は、飽き防止の新たな方式やネタを見るより、飽きを回避する本質的な面を一緒に考えたく存じます。
さて、話は変わりますが、菓子パンのベストセラーに神戸屋の「サンミー」がございます。
クリーム、チョコ、ビスケットのみっつの味と感触が楽しめる、王道の菓子パンでございます。
あの利益管理のうるさいセブンイレブンが取り扱っている菓子パンでもございます。
セブンイレブンは自社ブランドが強く、めったやたらにメーカー製パンを扱いません。しかし、ことサンミーはセブンイレブンのパンコーナーに残っている数少ないメーカー製パンでございます。
いかに根強い信者がいるかご理解頂けるかと存じます。
サンミーの秘密は、味がみっつもあるので、それほど飽きない点にあるのではと考える次第でございます。
チョコロールはやはり、どんなにおいしくてもチョコの味だけでございます。ジャムパンも然り、あんぱんも然りでございます。
やはり、同じ味が続くと飽きてしまうものでございます。ですから、そんなに買わなくなるのでございます。
この点、サンミーは、チョコ・クリーム・ビスケット(くっきー?)のそれぞれは3口くらいで終わり、すぐにほかの味に変わります。極めて、飽きにくい作りになっていると申せましょう。
サンミーは、おいしさにこだわったというよりかは、飽きない点に工夫を凝らしたのが、ロングセラーの元になっているかと思います。
このように、お勉強も飽きないようにするには、組み合わせが重要なのでございます。
暗記ばっかり続けたら、やはり飽きます。どんなに気合を入れても、毎日暗記暗記ばかりであれば、お勉強は挫折に一歩近づくでしょう。
問題演習も連続すると飽きますし、テキストの読解も続けば飽きて、勉強効果は低減するものでございます。
続けば飽きる、このお勉強だけに限らない人間の行動真理を深く意識することでございます。
これまでの成績がよい人を思い出すと、みな、アタマがいいというよりかは、お勉強のやり方が上手であったなと思う次第でございます。
お勉強もサンミー同様に、飽きない組み合わせとメニュウの工夫でございます。
一度、サンミーをほおばりながら御勉強の進め方を見直してみてはどうかと、ご提案する次第でございます。

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必要だけでは

必要だからというだけで、人間は行動しないものです。
必ず意義や納得が求めらるのでございます。
特に、納得が重要でございます。
お勉強が長続きしない人というは納得するという機縁がないか、極めて少ないのでございます。
必要という名の義務しかないのでございます。
単純な事実、強制というのは何らかの直接的な対価がない限り、機能しないものでございます。
「直接的」という点がポイントでございます。最もシンプルな対価というとやはりお金でございます。
お金をくれたら大概の人は、お勉強をしていくことでありましょう。しかし、そんなウマイ話はそうないものでございます。スパムメールの蒙昧なキャッチコピーくらいでございます。
わたしたちが行っている義務の大半は、それなりの対価があってこその行為なのでございます。
本質的に利があるからこそ、わたくしたちは動いているものと申せましょう。
ある社長さんは飲み会のときに部下から、「金もらっているから、あんたの顔をみとんねん。」といわれてしょげたと申しておりました。
利がなければ、人の顔を見るのも行われない世知辛い世の中と申せましょう。もちろん、その部下さんが報復と粛清の対象になったのはいうまでもありません。
世は鏡と申します。その部下さんは、「利益を生むから雇ってやっている。出さなければ。。。」という論理が適用されてしまったのでございます。己の心の持ちようが自分に適用された哀れな例でございます。その社長さんの人柄を考えれば、もっと情状の余地はあったはずなのに、でございます。
おっと、話がずれたようでございます。利がなければ、人間というのは些細なことでもやらないものだというお話でございました。
すぐに目に見える効果や影響、利益がないと、やる気はそれほど沸かないものでございます。
お勉強はこの点、ある種の義務行為でありながら、合格という対価は数ヵ月後にしかなく先延ばしされている上に、対価の入手も定かではございません。
ですから、いくら義務感でがんばろうと思っても、なかなかお勉強という行動には繋がらないのでございます。
独学で必要なのは、やろうやろうという義務感ではなく、目の前のことに納得して進めていくことでございます。
ここはもう一度見直すべきであろう、ここはこーしてあーしていけばいいんじゃない、計画のここを見直したらいいんじゃない、といった風に、自分で勉強の進捗を把握して、工夫する姿勢でございます。
工夫の範囲は、お勉強だけに限定されません。生活や趣味、物の見方や考え方、性格から生き方、配偶者との付き合い方まで多岐にわたるものでございます。
人間、能動的になっているときが1番おもしろく感じます。逆に、受身になってくるとしんどく感じるものでございます。
お勉強の内容に圧され気味になっていないかに注意でございます。閉塞感は、工夫をしていないと感じ始めます。
つまらなくなってきたときに、自分の出来る工夫の余地を発見するだけで、がらりとお勉強の負担が変わるものでございます。

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