独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

効果的

独学では、効果的に勉強することが大切でございます。同じ時間と労力を使うのであれば、効率がよいほうが決まっております。
では、効率のよいお勉強とは何かというと、視野の広いお勉強でございます。
視野狭窄の勉強では、お勉強の能動はがくんと落ちるものでございます。
視野の狭いお勉強は、やらされ感が強くなるのでございます。
人はやらされ感に弱いものでございます。お仕事は賃金をくれるから、やらされ感にガマンできるのでございます。
お勉強などは、何の対価の裏づけもございませんから、やらされ感の受身勉強では、早晩、挫折につながるのでございます。
では、どうすれば、お勉強の視野が広がるかというと、問題意識と出題意識を持つことでございます。
問題意識は、どのように問題にされるかを考えることでございます。
出題意識とは、どういう風に出題されるかを考えることでございます。
いうならば、受験生の立場で見るのでなく、出題者の立場からお勉強を眺めるのでございます。
「こういう問題を出したら、困るだろうなあ」とか「このテキストの記述は、どう問題にできるかなあ」と考えながら、お勉強に取り組むのでございます。
のっぺらぼうに書かれているテキストや問題集を見て、これを全部憶えなければいけないのか、やらないといけないのかと思うと、しんどいものでございます。
そしてそのとおりにやれば、余計に身にこたえるものでございます。
それは、受験生の立場だけで見ております。
しかし、問題意識と出題意識があれば、平面的で何の個性もなかったページに、凹凸が生まれてきます。
どれが出て、そして何が出そうか、出しやすいかがわかってくるのでございます。
受験生が嫌がりそうなもの、出題者が問題に出しにくいものかまでに、鼻が効いてくるのでございます。
では、こうした意識を生むにはどうしたらよいかと申しますと、選択肢ごとに理由と根拠を付すことでございます。
ただ正解するだけでなく、選択肢のひとつひとつをマスターすることに、お勉強の重心を置くのでございます。
もちろん、付した理由や根拠を解説と見比べる作業をはしょってはいけません。
こうした地味な作業が、だんだんと出題者の視点を育てていくのでございます。
受験生と出題者のふたつの視点があれば、試験のカラクリがよく見えてくるのでございます。

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見えない難易度

「これまでは順調だった、しかし今となっては。。。」という事態が、お勉強にはあるものでございます。
ある時まではすらすら進んでいたのに、ぱたりと調子が落ちてしまうことがございます。
よくあることでございます。
というのも、試験の構成上、そこだけ「特に難しくなっている」場合がございます。そのため、ギアのチェンジに失敗するのでございます。
お勉強ではときどき、何の前触れなく、急激に難易度が変わるのでございます。
まるで川の流れのようでございます。
見た目はゆるやかでやさしそうな水流でも、ある地点から急激に勢いが変わるのは、よくあることでございます。
お勉強にも、目には見えない難易度の凹凸があるのでございます。
多くの受験生がそれに気づかず、これまでのやさしい箇所のペースで進めていることがあります。
内容そのものが難しくなったのに、難易度のトーンを変化させずに臨んでいるのでございます。
当たり前の話ですが、難しいところは時間をかけて取り組まなければ、理解は覚束かないものでございます。
特に難解な箇所では、繊細さが要求されます。ちょっとした見落としが、あとあとの巨大な「?」になるのでございます。
時間に追われている人が、難易度の変化についていけず、「わからない」迷宮に入り込んでございます。
これまでのやり方、手法でうまく行かず、わからないが累積するようでしたら、勉強時間を多めに確保することでございます。
丹念に追うための時間をまず確保して、「わからない」に向かうことにしましょう。
時間が確保できたら、歩みを遅くして、丹念にじっくり見ていくようにすることでございます。
くしくも、今はゴールデンウィークでございます。
きっと突破口が見つかると存じます。

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見よう

本当に、考え方ひとつで人間は大きく変わるものでございます。
見方を少し変えるだけで、これまでは顔を見るのもイヤだった人が観音様のように見えたり、素敵な人と思っていた人が反面教師に見えるものなのでございます。
他人の幸福な境遇が一変し、我が身のありがたさを実感できるものでございます。
何事も一長一短、表あれば裏もあり、プラスがあればマイナスもあるものでございます。
ズボラできったねえ旦那になっても、それは他の女を寄せ付けない防虫剤だと考えれば、女性問題でやきもきしない分、よかったと思えるのでございます。
女房の口が悪くなっても、自分だけには本当の我をさらけ出してくれているのだ、嬉しいことではないかと考えないといけないのでございます。
逆に、鬼が急にやさしくなったり過度のいたわりを見せるようになれば、何か裏で進行中でございます。口が悪くなったのは、見方を変えれば、裏に何もないということでございます。
能力や才能がないといって嘆くのも、裏から見れば、まだほかに自分の才能が眠っているともいえますし、嫉妬を買わない分、長生きするものでございます。
難しい仕事は、有能な人に、それも膨大な数が回ってくるものでございます。できる範囲のことしか、天は与えないものでございます。
重畳なことでございます。
このように、考え方や見方の切り替えは、人生をうまく運ぶコツなのでございます。
しかし、それらを変わるために必要になるのは、自分でよく見る姿勢でございます。
考えるのではないのでございます。頭ではなく、目で見る意識が大切なのでございます。
考えというのは、引っ付きやすいのでございます。アイツはダメだと思うと、ダメなことばかり頭は考え出すのでございます。
下手な考え、休むに似たりと申しますが、下手に考えても結論は変わりません。
それどころか、余計に火に油を注ぎかねないことになるのでございます。イヤな人のことを考えれば、余計に憎悪は掻き立てられるものでございます。
ですから、考えるより見る姿勢が大切なのでございます。
そして、見る姿勢というのは、もとのもとである意識を、見る事に集中しなければいけないのでございます。
スグにすべてのことに、結論を引き出さなければならないわけではありません。
いまは、見るだけで十分という段階や事態もあるのでございます。
見ることや眺めることも、お勉強のひとつの技でございます。
休日続きでお勉強に身が入らないときは、入れなくてもよい機会なのかもしれません。
ざっと見たり眺めたりのお勉強があることを、アタマの片隅にでもいれて置いていただきたく存じます。
何か発見があれば儲け、くらいで見ていけばよいかと存じます。
そして、見なければ新しい発見もないのでございます。

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