独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

見よう

本当に、考え方ひとつで人間は大きく変わるものでございます。
見方を少し変えるだけで、これまでは顔を見るのもイヤだった人が観音様のように見えたり、素敵な人と思っていた人が反面教師に見えるものなのでございます。
他人の幸福な境遇が一変し、我が身のありがたさを実感できるものでございます。
何事も一長一短、表あれば裏もあり、プラスがあればマイナスもあるものでございます。
ズボラできったねえ旦那になっても、それは他の女を寄せ付けない防虫剤だと考えれば、女性問題でやきもきしない分、よかったと思えるのでございます。
女房の口が悪くなっても、自分だけには本当の我をさらけ出してくれているのだ、嬉しいことではないかと考えないといけないのでございます。
逆に、鬼が急にやさしくなったり過度のいたわりを見せるようになれば、何か裏で進行中でございます。口が悪くなったのは、見方を変えれば、裏に何もないということでございます。
能力や才能がないといって嘆くのも、裏から見れば、まだほかに自分の才能が眠っているともいえますし、嫉妬を買わない分、長生きするものでございます。
難しい仕事は、有能な人に、それも膨大な数が回ってくるものでございます。できる範囲のことしか、天は与えないものでございます。
重畳なことでございます。
このように、考え方や見方の切り替えは、人生をうまく運ぶコツなのでございます。
しかし、それらを変わるために必要になるのは、自分でよく見る姿勢でございます。
考えるのではないのでございます。頭ではなく、目で見る意識が大切なのでございます。
考えというのは、引っ付きやすいのでございます。アイツはダメだと思うと、ダメなことばかり頭は考え出すのでございます。
下手な考え、休むに似たりと申しますが、下手に考えても結論は変わりません。
それどころか、余計に火に油を注ぎかねないことになるのでございます。イヤな人のことを考えれば、余計に憎悪は掻き立てられるものでございます。
ですから、考えるより見る姿勢が大切なのでございます。
そして、見る姿勢というのは、もとのもとである意識を、見る事に集中しなければいけないのでございます。
スグにすべてのことに、結論を引き出さなければならないわけではありません。
いまは、見るだけで十分という段階や事態もあるのでございます。
見ることや眺めることも、お勉強のひとつの技でございます。
休日続きでお勉強に身が入らないときは、入れなくてもよい機会なのかもしれません。
ざっと見たり眺めたりのお勉強があることを、アタマの片隅にでもいれて置いていただきたく存じます。
何か発見があれば儲け、くらいで見ていけばよいかと存じます。
そして、見なければ新しい発見もないのでございます。

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計画推奨

独学では、学習計画の作成を推奨するものでございます。
独学には、先導してくれる教師や講師の方がございません。
そのため、より一層、先のことが見えなくなってくるのでございます。
先の見えなさが、不安を膨らませる原因でございます。
不安が大きくなれば、やる気は大きく損なわれます。
日々のお勉強はますます重荷となり、日々の勉強にどんどんと支障が生じてくるのでございます。
先のことが見えないと、やはりお勉強は進まないものでございます。
わたくしたちは、100%の完全な将来を知らなくてもよいのでございます。ほんと、1〜2週間、1ヶ月くらい先の目途が立てばよいのでございます。
ちょっと先のことがわかるだけ、想像できるだけで、不安はしぼんでいくものでございます。
学習計画の作成は、自分の未来像の提示にあるのでございます。
拙い計画でもよいので、(こーして、あーしていくんだ)と自分の未来像を形作る作業が、実は不安対策にもなっているのでございます。。
学習計画があれば、(この日のこのときまでには、この問題集を仕上げておけばいいのね)と考えることができます。
(あの日までに仕上げるには、今日はコレコレづつやっていかないといけない)などと、現実的かつ建設的に考えることができるのでございます。
現実的・建設的な思考は、不安への特効薬でございます。
不安へと向かうエネルギーの矛先を変えることに繋がるからでございます。
漠然としたなかでは、本当ならもっといい事に使えるエネルギーが、どうでもいい不安なことや鳥越し苦労に流れてしまうものでございます。
学習計画作りは、目標作りでもございます。エネルギーの向かう先を作り上げているのでございます。
明確で明白な目標と期限が、頭の中に確固としてできあがっており、血肉と化して身体の一部になっているのであれば、学習計画は必要ではありません。
しかし、忘れっぽい、わたしたちでございます。
紙に書いておけば忘れてないでしょ、というわけでございます。
賢い買い物が買い物メモにありますように、懸命なお勉強も紙に書くことから始まるものでございます。
お勉強が軌道に乗るまでの短い期間で結構でございます。
紙に学習の計画を書きつけてみてほしく存じます。

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腕振り体操効果報告−24

本日のススメは、恒例となりました腕振り体操についての雑文でございます。お目汚しの程、お願い申し上げる次第でございます。
さて、好事魔多し、と申します。
うまくいっているときこそ、よくないことが着々と進展しているのでございます。
わたくし、油断をしておりました。
毎日数百回の腕振り体操で、体調はとてもよく、申し分のない日々でございました。
体調がよいと気分もよく、なんでもおいしく頂けるものでございます。
この冬から今にかけての数ヶ月は、よく食べ、よく飲む毎日でございました。
それが、先日のことでございます。
陽気で汗ばむ季節でございます。あまりに暖かなので、Tシャツに着替えたときでございます。
それを発見してしまったのでございます。天は割れ、地が裂けるような衝撃がございました。
「圧倒的なお腹」になっている事に気づいたのでございます。
いつも通りにズボンがはけていたし、顔にもそれほど変化がなかったために、まったく気が付かなかったのでございます。
周りの人にも、何ひとつ、太ったともいわれませんでした。
ただ、本当に、お腹だけがふくよかになっていたのでございます。
中年太り、そんな気の重いワードが頭をよぎったのはいうまでもございません。
あまりに健康であったので、肥満というものが、太るということが、自分の頭からすっぽりと抜け落ちていたのでございます。
体重計にのらなかったなあ、と改めて思ったわたくしでございます。
体が重くなったとか、何かサインがあればのるのでしょうが、圧倒的に健康ならのらないものかと存じます。
そして、冬のため厚着をしていたのも、太鼓腹の発見が遅れた遠因でもありましょう。
腕振り体操を続けると、確かに健康に資するものがございます。
よく眠れ、疲れも取れやすくなり、ご飯がおいしくいただけます。
パクパク、むしゃむしゃ、何を食べてもおいしいものでございます。
そして、体調がよい分、お勉強も進むものでございます。
お勉強で頭を使えば、甘いものもスーパーおいしく頂けます。
板チョコなんて、2日でなくなるほどでございます。以前は、1週間は冷蔵庫に入っていたのにも関わらずでございます。
菓子パンなんて、いくつ買っても、買った当日になくなる次第でございます。
腕振り体操の死角は、太ることかもしれません。
肥満に注意する。これが腕振りの唯一の弱点かもしれませぬ。
「腹八分に医者要らず」を、毎日の食事の度に唱え続けているわたくしでございます。
お菓子コーナーや菓子パンエリアに近づかない、昨今のわたくしでございます。

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