独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

脳のざわめき

お仕事から帰ってきたり、買出しから戻ってきたあとでは、なかなかお勉強に取り掛かれないかと存じます。
勉強しなくちゃなあ、と思いつつ、だべったりごろっとしたり、パソコンの画面に見入っているのではないでしょうか。
なかなかお勉強モードに入れないときは、脳がざわめいているときでございます。
うにゃうにゃあとしているというか、むにゅむにゅうとしているというか、なかなか考えがまとまらなかったり、なんともスッキリしない混沌とした状態を、脳のざわめきと申します。
こうしたときには、お勉強を無理強いしても、それほど効果がありません。
頭がざわざわめいていれば、なかなか眼前のことに集中できないものでございます。
この頭のざわざわは、脳が情報を処理しているものとお考えくださればと存じます。
どういうことかというと、人間というのは外界の情報を全て脳に入れざるを得ない生き物なのでございます。
広告やチラシの類、道行く人の顔や姿かたち、ショーケースのなかのものまで、すべてがすべて、いったんは脳に送られて処理されていくのでございます。
たとえば、配偶者の携帯をうっかり見てしまっても、見なかったことにはできないものでございます。
ハートマークの付いているために、目に飛び込んできたメールを忘れることはできないものでございます。
また、聞かなかったことにすることも、同様にできないものでございます。
太ったねといわれることは、剣道7段であってもなかなか受け流しができないものでございます。
このように、5感で感知したものは全ていったん脳に送られて、取捨選択されて処理されていくというわけでございます。
ですから、勉強前にどれだけ外界からの情報があったかで、処理に要する時間も変わってきます。
たとえば、新生活が始まるとぐったり疲れてしまい、帰ったら寝るだけというのも、脳が新しい外界の情報をフルに処理しているがため、と考えられるのでございます。
情報量が多ければそれだけ、お勉強できる状態までに移行する時間が変わってくるものでございます。
わたくしの場合は、車や原付で外出したときは、帰宅後、しばらくは頭がざわついております。
やはり、安全運転を心がけているので、自分の思う以上に神経を使っているのでありましょう。
こうしたときは、無理をせず、雑用や普段しないことをして、頭をリフレッシュするように心がけております。
頭がざわついているのは、情報過多で処理が遅れているものと考えております。
ですから、違う情報に接することで、脳内の情報処理を変えてしまおうというわけでございます。
無理をすれば必ず道理が引っ込みます。
無理強いは、手軽な手段である反面、害も多くございます。
お勉強でいうなら、お勉強の間が空いたり、試験勉強の放棄に繋がりも致します。
もう若くはないのですから、理を踏まえたお勉強に臨んでほしく存じます。そちらのほうが、負担も軽く、やりやすいかと存じます。
少しの工夫でお勉強が変わるものでございますよ。

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裏に理あり

わたくしは、現状こそがベストであると考える次第でございます。
ベストといってもそれは、自分にとって最高の状態を意味するものではありません。恋愛も仕事も家庭も、全てうはうは!というわけではないのでございます。
なるべくしてそうなった、ベストの帰結という意味で使っているのでございます。
産地の偽装やら使いまわしで総スカンを食らっている食べ物屋「船場吉兆」がございます。
1回の食事が5万〜8万という価格でありながら、なんたる不善であろうか、というのが、そのバッシングの根拠でございます。
しかしながら、わたくしは、先ほどもいいましたように、なるべくしてなったと考える次第でございます。
もし、3,000円程度のお値段であれば、絶対にこのような事件は起きなかったのでございます。
おそらく、1万円までも、起きなかったことでしょう。
なぜなら、自腹を切って食べに来る人は、真剣に料理と演出、食器等を楽しむからでございます。
しかし、吉兆ではそうではなかった。吉兆に来る客層は、ほとんどが社用費族・交際費族であったと申します。
いや、会社の金でなければ、到底いけないことでしょう。
おそらくは、料理を出してもほとんど手につけなかったことでしょうし、食器を省みるよりは、商談・政談、密談に花が咲いたことでしょう。
一連の不祥事は、あの法外ともいえるお料理代であったからこそ、発生したのでございます。
接待費は経費で落ちるからでございます。
船場吉兆に行く人の大半が求めたのは、領収書という法外な金額が書き込まれた紙切れを求めたのでございます。
経費・損金の証たる1枚の紙切れが、船場吉兆の真の『売り物』であったのでございます。
そういう世界であれば、常識的に使いまわしもしますし、食器もよい物は使いません。お土産の偽装も当然でございます。
なぜなら、領収書目当ての客が大半だからでございます。料亭でありながら、誰も味わわず、楽しまず、見ようともしない食べ物屋。
当然、接待で飲み食いしたことにして領収書を発行し、いくらかのキックバックもあったことでしょう。
料亭側・客側にとっても、手間要らずのよいアルバイトがあって、何の不思議がありましょう。
ま、何かにうるさい人もいるでしょうが、そうした人だけ個別的に対応すればいいこと。
使いまわしも産地偽装も、なるべくしてなった、おそらくは、当事者にとっては、そうするのが最も合理的であったと考える次第でございます。
さて、ここからお勉強に繋げるのも、無理がありますが、言っておきましょう。
自分の出来ない、わからない、憶えられないの裏には、そうなるべくしてなる理(ことわり)がございます。
現状の問題が解決しないからといって、頭を抱えて悩まないことでございます。何らかの因果があり、その因果を変えれば変化が生じるものでございます。
ふと立ち止まって、どうしてこうなるのか、隠れている理をお考えくださればと存じます。

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詰めてまとめて

肥満は万病の元といわれております。
人類は有史以来、栄養不足が問題でありました。しかし、現代に至ってようやく、飢えの問題は解決を見せ、いまや高栄養の証である肥満で困るようになっております。
思えば、昼に食べる弁当ひとつでも、高栄養ぶりでございます。
お昼をどこぞで弁当を買って食べようと思えば、必ず付いてくる揚げ物・フライ、そして肉。濃い味つけに野菜にはドレッシングが付いており、その他の野菜はポテトサラダくらいという弁当が多々でございます。
わたくし思うに、これ1食で1週間分くらいの、油・砂糖を摂っているのではないかと疑うものでございます。
そのうえに、お付き合いのお酒が入ります。
高栄養状態にもなるわなあと、思わざるを得ないのでございます。
高栄養は世界的な潮流となってきております。興味のある方は、「肥満が途上国を襲う」という良質のドキュメンタリーがございます。一読くださればと存じます。
驚くべき食生活、たとえば、朝からクッキーと甘いシリアル、買い物の4割がお菓子という家庭を垣間見れるかと存じます。
ま、高栄養状態でございますが、調子が悪いという人は、意外にエネルギーを溜め過ぎた方が多いのでございます。
食べるものが高栄養であるうえ、運動不足等で発散されないため、どんどん身体に備蓄されていくわけでございます。
いうならば、家中にガソリンや灯油を溜め込んでいるものでございまして、成人病の発病というのは、それらに引火して爆発炎上したといえましょう。
身体にエネルギーを溜め込むのも、よくはないのでございます。
なんとも身体がだるいというのは、疲れではなく、高栄養状態であることも考えられます。
断食や茶粥などを摂り、心身のエネルギー抜きを推奨するものでございます。
わたくしは連休を使って断食をしますが、実に身体が軽くなります。高栄養が良くないことを実感した次第でございます。
さて、お勉強についてでございます。
ながながと高栄養について述べさせて頂いたのは、お勉強においても、詰め込みすぎは良くないということをいいたいがためでございます。
知識を詰め込み過ぎては、逆に、実力が伸びない危険があるのでございます。
詰め込み教育が批判されたこともございましたが、詰め込みすぎで発散の機会がない点に、その欠陥があったといえましょう。
人間、記憶力は最後まで伸びるといいますので、詰め込んでも記憶は可能でございます。
詰め込み自体は、それで結構でございます。
ただしかし、記憶になるためには、詰め込むだけではよくはないのであります。
詰め込んで、きちんと整理してまとめていいかないと、到底、憶えないのでございます。
雑多な知識が頭を占めているだけでは、それは、活きた力や点を取る実力には、絶対に到りません。
詰め込んだものをよく咀嚼整理消化してこその、記憶でございます。
たとえば、試験勉強では数字を憶えることが多いのですが、なぜ、その数字になるのかを考えるだけでも、記憶の定着が違います。
詰め込み詰め込みをしたら、少し間をおいて、記憶に定着を図るような勉強をとる様にお勧めいたします。
食べたら動こう、というのと同様に理がお勉強にも当てはまるのでございます。

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