独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

恐怖心

本日のお話は、多少坊主めいたことになりますが、ご了承頂ければと存じます。
恐怖心とは荷厄介なものでございます。
ほっておけばどんどん大きくなるので、ある程度になれば、手をかけねばなりません。
とりあえずは、その現実可能性を考慮することでございます。
1月に1回は、ぞっとする事件が起きますが、確率的にわたくしたちの身の回りに起きる可能性は大変低くなっております。
そうそうのことがない限り、事件の現場には立ち会わないものでございます。
わたくしは1億2000で、確率を考えるようにしております。
ある事件で10人の方が不幸に見舞われたとしたら、そうした事件に我が身が巻き込まれる可能性は、10/120,000,000でございます。
起こりません。また、我が身に家族を加えて、その数字をかけてみます。それでも、50/120,000,000。240万分の1でございます。これまた、まず起こりえません。
基本的に、突発的な事件に巻き込まれるのは、運としかいいようがありませんので、あれこれ不安に思っても仕方がないのでございます。
そう考えれば、なるようにしかならないのでありますから、仏教の精神といいますか、大きな流れに身を委ねたほうが懸命な生き方であると考えるのでございます。
お勉強においても、あまりくよくよ深く考えないことでございます。
問題集を『久しぶり』に解いてみて、全然できなくなっているのは自然の理でございます。とはいえ、もう一度やり直せば、ごく短期間で元に戻るものでございます。
できなくなったと右往左往するのが無駄なのでございます。
憶えたことがぼろぼろになっていても、もう一度、憶えなおせばよいことでございます。
何回も憶え直したものの方が、実は、本試験では強固な記憶となってよみがえります。忘れたことも、それほど気に病むこともないのでございます。
散歩や移動途中、トイレや定型的な家事の合間に、こつこつと憶えていけばよい話でございます。
おそるるべきは、不安や恐怖のとりことなって、目の前のお勉強が滞ることでございます。
こちらのほうが、実害のあることをしっかり把握していただきたく存じます。
基本的に、しっかりと努力を積み上げた人は、途中でいざこざや紆余曲折があっても、無事合格するものでございます。
早々に悪いことは起きませんし、大体、起きるときはその前兆なり予兆なりがございます。
あら?!っと思ったら、それ以後、気をつければよいだけの話でございます。
そうなるまでは、1日1日、目の前のことを勤めていけばよいのでございます。

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はかどり

基本的に、お勉強とは退屈なものでございます。
ほんの時々にしか、楽しみや喜びがありません。
試験勉強の多くは頭の痛い問題で占められ、テキストは難解な語句で彩られております。
そのほかに、忘却との戦いややる気の維持といった困難な問題もございます。
まあ、お勉強の大体は、めんどくさくて嫌なものなのでございます。
しかし、どんな退屈な作業でも、どれだけ苦労する作業であっても、快感はあるものでございます。
皿洗いでも、さっさと洗って短時間で流しが整理されれば、それだけで気持ちのよいものがございます。
連絡や指示がピシッとはまって、業務が円滑に動いたときは、快感がこみ上げてくるものでございます。
基本的に、どんな作業であっても、はかどることを経験すれば、楽しくなる要素・苦痛が少なくなるやり方を見出すようになるのでございます。
はかどりというのは、別段、主観的な思い込みでも構いません。
ばりばりテキストを読んで、問題集を解いて、(ああ、今日はここまで進んだ!)と感慨にふけるのもようございます。
それだけで、明日の活力が生まれることでしょう。
しかし、客観的な「時間」という要素を含めると余計にがんばることができるのでございます。
たとえば、テキストの読解や問題演習の時間を計るのが代表例でございます。
なぜ、マラソンや短距離走にタイムがあるかというと、単にタイムがないとまじめに走れないからでございます。
「時間」という括りがあるからこそ、陸上選手はあのような単調な肉体作業に一生懸命になるのでございます。時間は関係ないから走ってみよ、といわれても、それが1年も続けば誰も走らなくなるでしょう。
お勉強も同様でございまして、時間という客観的ものさしを持ち込んでみると、意外に燃えるのでございます。
過去問1年分を30分で解ききってみるとか、テキストを1時間でどこまで読めるか試してみるなどして、時間制限の面白さがわかるかと存じます。
時間の括りがあると、もっと早くやろう、同じ時間でももっとたくさんやろうといった効率化にも、意識が働くようになります。
お勉強の進みが速くなれば、その分、同じ時間でたくさんのことを上手に運べるようになります。
5時間、6時間、果てには1日に10時間もお勉強ができるという人は、はかどりの面白さと気持ちよさを味わっているからこそ、ここまで続けられるのでございます。
別段、常人より忍耐力が優れているわけではないのでございます。方法の違いでございます。
ま、あまりにも時間を意識しすぎると消耗してしまうので、多様は禁物でございますが、時間意識こそはかどりを味わうのに手短な入門かと存じます。

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中くらい

中くらいというのは、中々に難しいものでございます。
焦ってもいない、急いでもいない。
尚且つ、だらだらもしていないしのんびりもしていない。
こうした均衡の取れた緊張状態を維持するのは、意外に困難なのでございます。
軽めの緊張を保ちつつ、歯磨きか洗面でもやってみれば氷解するかと存じます。なかなか、顔ひとつ満足に洗えないものでございます。
中くらいというのは、どっちつかずで曖昧のように見えて、実は心の張りが求められる高度な自己管理が求められるのでございます。
これまでのススメで、お勉強においても、程よくすること、バランスよくすることを推奨して来ました。
暗記だけでもダメですし、テキストのみ、問題集だけといった偏ったお勉強では、なかなか実力が身に付かないのでございます。
お勉強には、○○さえやればよい、ということはございません。すべてのことを、程よく手がけていかなければならないのでございます。
実をいうと、過度にやるというのは楽なのでございます。それだけに没頭すればよいのですから、他のことに煩わされずに済みます。
しかし、バランスの欠けたお勉強は、やってもやっても実力の伸びがそれほど見られず、途端に消耗してしまうのでございます。
問題演習をしたら、テキストを読む。テキストを読んだら、忘れていた用語や語句を憶え直す。憶え直したら、再び、問題集に戻って確かめてみる。
こうしたバランスの取れたお勉強が、実力の伸びも速やかで、お勉強の負担も軽いのでございます。
もちろんのこと、何かひとつのことを徹底するのも、お勉強の方策のひとつでございます。
たとえば、模試等で基本事項や基礎的な問題を落としてしまったら、懲罰的な意味で、テキストをひたすらに読んだり、問題集を3回4回繰り返すといったお勉強メニュウをこなさなければならないでしょう。
しかし、やはり何かに過度に傾いたお勉強は一時の方便でございまして、結局は、全体を見つつあれやこれやと手を加えなければならないのでございます。
逆にいえば、バランスの採れたお勉強ができるようになれば、実力がしっかりと根付いてきた証拠とも申せます。
目の前の自分の業務だけをしておけばいいのは、新人のやることでございます。
自分の仕事の縦と横のつながりを把握し、そして全体から見て業務が取れるようになって一人前でございます。役員は50歳以上でないと使えないのと同様の理でございます。
掃除洗濯・炊事に買出し、養育・育児に街頭おしゃべり、そして昼寝と間食がバランスよくできてこそ、良き家事執行者でございます。
目の前のことを淡々とやるのは、それのみを過度にやるのではありません。
過度に嵌るのを防ぎつつ、さりとて、おざなりにしないお勉強のことなのでございます。

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