独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

やる気は生もの

お勉強のコツは、きびきび手早くでございます。
特に、お勉強の着手には、無駄な手間や時間を費やしたり、逡巡を重ねてはなりません。
ずるずる、だらだら、ごたごたしてお勉強に取り掛かると、やる気がどんどん無くなってしまうからでございます。
江戸っ子のように、ちゃちゃときびきびやっていかなければいけないのです。
細菌やバクテリアは、放っておくと10分間で倍になると申します。
ねずみ算式に、その数は増えて参ります。
もちろんのこと、増えれば増えるほど、食べ物に当たる危険性は増してしまいます。
そうこうして、身体の許容量をオーバーした物から、下痢や嘔吐に見舞われるのでございます。
生ものを早めに食べるのは、細菌・バクテリアが増殖し切る前に食べることで、被害を防ぐためでございます。
別段、生ものに細菌やバクテリアがいない、というわけではないのでございます。
絶対数は必ずございます。ただ、増えていない状態であるに過ぎません。
ですから、細菌が増える前に食べる要領なのでございます。
やる気も、同様の理でお考え下さればと存じます。
やる気というのは放っておくと、嫌感やだらけたい欲望にどんどん侵食されていくのでございます。
別段、あなたに気合や精神力が足りないから、お勉強へのやる気が出ないのではないのでございます。
やる気や意欲というのは絶無というわけではなく、さまざまな要因・因子によってダメになっているだけなのでございます。
ですから、やる気をダメにする原因・因子を取り除くことが大切でございます。
その原因とは、最たるものに、とろとろ、だらだらを挙げることができるかと存じます。
とろとろと時間をかけて、または、だらだらとお勉強に着手するから、やる気がだめになってしまうのでございます。
そうして、いざ、大事な科目に差しかかったときには、使えるやる気が少なくなっているのでございます。
やる気は生ものだと思って遠巻きにせず、すばやくお勉強に着手してくださればと存じます。
時間が経つにつれて、ますますやり難くなるのがお勉強の構造でございます。
もちろん、困難なお勉強というのは通常以上の労力が必要となりますので、余計に疲労困憊するものでございます。
やはり、人はつらいことやめんどくさいことからは距離を取るものでございます。
とろとろ、だらだらのお勉強は通常よりも疲れるということ、また、挫折や破綻に駒が進むものとお考えくださればと存じます。
えいと気合を入れて、よいスタートダッシュを切ってくださいまし。
済ませたその後で、思う存分、身体の関節が外れるくらいとろとろ・だらだらすればよいかと存じます。

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腕振り体操効果報告−42

お勉強と身体の関係を考える、腕振り体操雑記でございます。
お目汚しの程、お願い申し上げます。
さて、お勉強というと、頭だけの話かと考えている人が居られるかと存じます。
しかし、それは少しく誤ってございます。
頭だけのお勉強というのは、意外に効率が悪いのでございます。
大体において、お勉強ばかりしていれば、あっという間にスランプに陥るものでございます。
机に向かい脳を酷使するばかりでは、逆にお勉強は進んで行かず、実力の伸びも抑えられてしまうのでございます。
お勉強のときにでも、身体を動かすことは大切でございます。
とはいえ、激しい運動を求めているのではないのでございます。
息が切れぎれになるほど、身体を動かせというわけではありません。
身体を動かし過ぎると、身体のメンテナンスと修理に身体機能は向かってしまいますから、たとえば、眠たくなったりして、お勉強にも支障が出るのでございます。
では、どういう運動がよいかといいますと、一番良いのは散歩でございます。
散とありますように、気が散じるのは散歩が最も優れてございます。
お仕事で詰まったときや、日常でくさくさしたときにも、散歩をお勧めいたします。ま、あんまりいないかとは思いますが、賭場やカジノで負けが込んできたときは、外の空気を吸うために、口実を作っては歩きに出たほうがよいかと存じます。
時間的には、10分か15分で十分でありましょう。
もちろん、この散歩中には、取り掛かり中のことは考えないように致します。できるだけ周りの風景をくさしたり観察したり、冷やかして歩くのがよいでしょう。
こうして、てくてく歩いてくるだけで、気分は不思議なほど一新するものでございます。
古往今来、散歩についてのたくさんのエッセーや雑文があるのも、納得いただけるかと存じます。
また、一生懸命になったあとの虚脱感のときにも、散歩は優れた回復作業であるかと考えます。
散歩が一番、お勉強と相性のよい運動かと考えます。
とはいえ、散歩は時間的制約が強いのでございます。
夜が更けてからの散歩は物騒なものでございます。うろうろ歩いていると、通報される世の中でございます。
では、どうしたらいいかといいますと、ようやくここで「腕振り」の出番なのでございます。
100回か200回程度の腕振りは、息が切れることもありませんし、時間的な制約もございません。
時間も15分程度ですし、安全かつ手軽でございます。
個人的に、わたくしはこれまでに、筋トレやらストレッチ、チューブトレーニングなどを行ってまいりましたが、今ではそれらを押しのけての堂々たるメイン運動となっております。
100回から200回程度、腕を振れば、むしゃくしゃした感じやざわざわ感も少なくなるかと存じます。
運動不足だったり、肩や首、背中が痛いときには500回振ってみれば、大分改善の兆候が見られるかと思います。
弁証法ではありませんが、良いものは生き残ると考えております。やはり、腕振りの手軽さと効果が、これまでの種々の運動を凌駕しているのでありましょう。
手軽と効果において、腕振りは大変優れたものがあるかと存じます。
長続きしない人に、ぜひお試しくださればと存じます。

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記憶のイメージ

お勉強と記憶とは、切っても切れない関係がございます。
記憶の出来・不出来、良し悪しで試験の結果が決まって参りますから、それこそ、試験の一番の鍵が記憶ということが出来ましょう。
しかし、なかなかに憶えられないものでございます。このようなときは、記憶へのイメージを変えてみることでございます。
個人的にいうと、わたくしにとって記憶のイメージは、「漆塗り」のイメージでございます。十重二十重に塗りこんでいく様を、記憶という作業に抱いてございます。
これまでの経験上、わたくしは、何でもかんでもどんどんと憶えることはできないと考えているからでございます。
この「漆塗り」のイメージを持つようになって、記憶することに焦らなくなって来ました。
何回も見ていこう、という根本の部分が定まった気が致します。
憶える・忘れるともに、記憶など好き勝手にいじれないのですから、うまく付き合っていくしかないと考えている次第でございます。
忘れっぽいなら何度でも見る、忘れてしまいがちなところは何回も見る、どうしても頭から抜けていくものはメモにして持ち歩いたり、目に見えるところに張りつけるようにしております。
なかなか、憶えられないという人は、記憶へのイメージを変えてみてくださればと存じます。
2〜3回やったら当然憶えられるというイメージを持ってはいないでしょうか。
わたくしは、2〜3回やれば憶えるものもあるが、全てを憶えられはしないと考えるものでございます。
劣等感とは、当たり前のことができないときに抱くものでございます。
しかし、往々にして、当たり前のこととは当たり前ではないのでございます。
法を守る、確かに当たり前のことでしょうが、法を守って餓死した人は、有史以来、数えるほどしかおりません。大きな国道に出れば、法の実態がすぐにわかるかと存じます。
ちなみに、試験では、「一般」の常識、「一般」の教養が、最も難しい試験科目であったりも致します。
当然への意識を変えてみることでございます。
記憶へのイメージに、パソコンのような情報機器のイメージが混入していないでしょうか。
機械は機械でございます。人ができないからこそ、機械ができるようにしたのでございます。
人が努力でどうこうして容易にできるのであれば、光学記憶や磁気記憶装置など作る必要などなかったことでしょう。
もっといえば、記憶が容易なら、人類は紙すらいらなかったはずでございます。
記憶媒体に書き込むようなすらすら記憶など、人の身では無理であることをご理解していただければと存じます。
記憶へのイメージ改めをしてみてください。
もっと、心に余裕を持って、暗記や記憶という作業に臨めるかと思います。
最終的な本試験の日までに憶えてしまえばいいのですから、焦るようなイメージを抱くことなく、しっかり消化していってほしく存じます。

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