独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

腕振り体操効果報告−44

腕振り体操のよい点は、体操中には何もすることがないことでございます。
もっというなら、何にも考えなくてもよい点が優れていると考える次第でございます。
これがストレッチやら筋トレですと、そうはいかないのでございます。
これらの運動には、夾雑物が多すぎるのでございます。
やれ、イメージが大事やゆっくりと伸ばせやら、小五月蝿いのでございます。
やり方やらなんやらに、手順やらルールやら、あーしたらよい、こーしたらよいという情報が多すぎるのでございます。
はっきりいうと、こうしたものは邪魔をしているだけでありまして、そのためか、長続きをしない人も多いのではないかと存じます。
この点、腕振りは単に腕を前後に振るだけなので、ほとんど考えなくてもよいという利点があるのでございます。
何にも考えない分、ゆっくりと呼吸が出来るのが、最近でしみじみ感じている腕振りの長所でございます。
皆さんの考えている以上に、呼吸とはわたしたちの身体に影響を与えているものでございます。
普通に生活していれば、呼吸の浅さや深さは意識しないかと存じます。
しかし、今度、プールにでも行ったときにお試ししてほしいのですが、呼吸の仕方によって泳ぎというのは大きく変わってくるのでございます。
たとえば、わかりやすいのは潜水でございます。
深呼吸を10回してみて潜水すると、なんと25mくらい、ま、最低でも15m〜20mくらいまでは、息継ぎなしで行けるのでございます。
これが普通の呼吸だけだと、15mくらいが関の山でございます。
真剣というと変な表現ですが、わたくしの場合、まじめにゆっくりと、お腹の底から深呼吸を10回ばかりして潜水しますと、息継ぎゼロで25mは泳ぎ切れるのでございます。
もちろん、肺活量の有無で距離は変わりましょうが、深呼吸をして泳ぐだけで、泳ぎは普段の倍は楽に泳げ、距離も伸びることを実感できるかと存じます。
このプール体験以来、自分の息の調子というものを、意識するようになったわたくしでございます。
何にもしたくないときややる気の出ないときは、大概、呼吸が浅く、短くなっているかと存じます。
お勉強というのは脳の運動ですから、大量の酸素を供給した方が回転がよいのは自明の理かと存じます。
腕振りをしていくと、50回くらいから、息の仕方に変化が出てまいります。
浅かった息が深くなってくるのを感じるかと存じます。ま、出ない人は、意識的に調節してみてください^^
ほかにやることがありませんから、腕振りのついでに深呼吸をすれば、リフレッシュの効果も高くなります。
基本的にわたくしは、作業に詰まったときは腕振りでございます。
お勉強に倦んだときは、腕振り100回ほどして、呼吸の調子を整えてみるのも一方策でございます。

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ひらめきスペース

馬上だと良い考え、突破口、アイデア・ヒントが生まれると申します。
ナポレオンの数々の政治的功績は、行軍中・移動中の馬の上で生まれたという歴史家もございます。
そのほか、名案が湧くものとしては、散歩でございます。
京都の琵琶湖疎水沿道には、哲学の道がございますが、てくてく歩くと良い考えや難問の解法が頭に浮かぶようでございます。
そのほか、やれやれと床に就いた布団の中や、通勤通学行き帰りの電車の中、移動中の車中も、名案が沸き出るスペースだといわれております。
あと、忘れてはいけないのが、お風呂でございます。
どう考えたらいいのかねえ、と思いつつお風呂に入ると、これまで見過ごしていた点や見落としていたこと、気づいていなかったこと、知識の抜け落ち等を「はつ!」と気づくのでございます。
お勉強とは、何も机の前でだけで、うんうんとうなるだけではないのでございます。
お勉強中に遭遇する難問や難しい規定、ややこしい文言などは、こうした機会を捉えて挑戦するのがよいのでございます。
個人的には、机の前よりも、こうしたひらめきスペースとでもいうべきで、名案や突破口を見出しているものでございます。
なぜ、名案が生まれるかといいますと、こじつけですが、血の流れが変わるからと考えております。
たとえば、先ほど申しました馬上でございますが、実は、馬に座り続けるのは意外に足の筋肉の力が必要なのでございます。
ぐっと足の太もも部分で鞍をはさんだり、不安定な鐙(あぶみ)で踏ん張るためでございます。
そのためか、馬上だと通常の血流と大きく変わるからでしょう。名案が湧くものと考えるのでございます。
「血流」で考えてみると、散歩は血の巡りを良くしてリフレッシュできますし、身体が暖まるお風呂も同様の理かと考えられます。
電車や車の中というのは、これまで歩いたりしていたので、下半身に集中していた血流が、頭にまでしっかりまわるようになったと考えることも可能でございます。
布団の中というのも、身体を横たえたために、たとえば、かっかして頭に溜まっていた血流が分散され、血の巡りが良くなったと考えられるものでございます。
押してだめなら引いてみよ、と申します。
ならば、座っててだめなら身体を動かしてみて、動かしてだめなら寝転んでみる、ひと風呂浴びてみるというように、バリエーションをつけて難しいことに挑戦するのが良いかと存じます。
集中は30分も保てばよいといいますので、30分ごとに変化を付けてみるのも妙案かと存じます。

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うまくいったらやる

現実的であるということは、功利的であることでございます。
利があればこそ、やるべきなのでございます。
逆にいえば、利がないときはやらなくてもよいのでございます。
利というのは、わたくしたちの身の回りの事象の司るひとつの「理」でございます。
試験勉強においても、利のあることは理する、つまり、お勉強は順調に進んでいくのでございます。
自分にとって、うまくいくことは続ける、そして、うまくいかないことはやめることが、まさに道理なのでございます。
石の上にも3年といいますが、座るのが好きなら座っておけばいいでしょう。
別段、座ることが好きでないなら、単に3年間座っていただけの話でございます。
うまくいったことをやることが、重要なのでございます。
石の上に座っていたら、たとえば、小鳥が遊びに来るようになったり、四季折々の命の息吹を、細やかに感じるようになったというように、宗教的覚醒でもあればうまくいったといえましょう。
しかし、足は痺れる、腹は減る、くだらん、めんどう、やめたいといった愚痴だけしか出ないのであれば、石の上に座るのは、早めに切り上げるのが賢明でありましょう。
それは、うまくいっていない証拠だからでございます。
おそらく、宗教的な特性が皆無なのでしょう。ならば、ほかの分野で自分の芽を出す方が、理に適っていると申せます。
自分ではやっているつもりであるが、それでも、うまくいかないときは、今やっていることをやめてみることでございます。
お勉強の進め方ややり方はたくさんございます。
しかしながら、それらがうまくいくかどうかは、実に個人的なこと、個別事情にかかってくるでございます。
たとえば、わたくしは朝型の勉強を勧めておりますが、これは個人的な経験から朝の方が勉強できたからでございます。
いまでも、難しいことを考えるときは、朝に限定して行っております。これも、また、昼や夜に頭を絞ってもそれほど有用な考えが浮かばなかったからであります。
しかし、低血圧のお人であれば、朝型勉強は非効率でしょうし、無理して早起きしてみても、憮然としたまま空虚な時間が流れ去ることでありましょう。
ならば、夜の時間を100%有効に活用すべく、工夫を練った方が賢明でございます。
科学的な態度といったように、堅苦しいことはいいませんが、自分の現状に即して方法論の当否を図り、徐々に自分のものにしていくのがよいかと存じます。
完全な方法論がないのも、多くは個人的なこと故でございます。

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