お勉強をしていくと、ときどき、ギョッとすることがあるかと存じます。
これまでは順調で、何となく、(お、これはいけるんでないかい?!)と鼻歌混じりに、お勉強をしてきましたのに、突然、難易度が変わることがあるのでございます。
そう、その試験における難関に差し掛かったのでございます。
どんな試験であっても、難所はあるものでございます。
唐突な例えですが、川遊びの危険性を思い起こしてくださればと存じます。
夏になると河川で痛ましい事件が起きるものでありますが、その原因は、川の流れの急な変化と、温度差にあるといわれております。
急に流れが速くなった上に、水温がぐっと低くなったために、予想以上に身体が驚き、パニックに陥るというわけでございます。
一度でも、渓流で怖い目にあった事のある人なら、お分かりいただけるかと存じます。
お勉強にも、こうした難易度の温度差とでも言いましょうか、急激にお勉強の流れが変わることがあることを、頭の片隅にでも置いてくださればと存じます。
章によっては、難易度が急激に変わることもございます。
こうした場合は、これまでの順調な勉強を括弧がけをして、新しい気持ちで臨むべきなのでございます。
少しでも、甘い気持ちがあったり、試験を呑んでいたりすると、途端にわけがわからなくなってしまうのでございます。
そして、二進も三進も行かなくなって、最初から鉢巻締めてやり直しになるわけでございます。
難易度の温度差を感じるときは、最初から慎重に丁寧に、見ていってくださればと存じます。
全受験生に共通するのは、おそらく、過去問でありましょう。
テキストや問題集を中心にお勉強を進めてきた人が、過去問に初遭遇したときは、極度のギョッと感を受けるのではないかと忖度するものでございます。
いうまでもなく、わたくしも目が飛び出さんばかりに、過去問の難しさにギョッとする連中の一人でございます。
こうしたギョッと感を受けたときは、ひとまず肩の力を抜くことからはじめましょう。
どうあがいても、結果は散々なものでありましょうから、気負っても仕方がありません。
基本的に過去問は、受験生を落とすために作られておりますから、そうした手練手管に慣れていないときは、うぶな青年の様にころころと問題に翻弄されるだけでございます。むかしも今も変わりません。
気負わずといったのは、疲れないためでございます。
疲れというのも、嫌な方の疲れでありまして、気疲れ、気働きとでもいいましょうか、自分のできるイメージが壊れる衝撃とでも言いましょうか、肉体的な疲れではないのでございます。
ボディブロウのように響いてくる疲れが、難易度の高低差によって生じるのでございます。
急激な難易度差に見舞われたときは、こう考えて見てください。
『これまでは軟水を飲んでいたのに、急に硬水を飲めば「うっ!!」とくるのが普通だ』と。
『湧いていると思って入ったら水の風呂。驚くのが当たり前』と。
同じ章、同じような問題と、見た目では変わらなくても、その内実は大きく異なっているのでございます。
結局は、先入観の問題ということができましょう。
取るに足らぬ先入観で右往左往しないためにも、今、目の前のことをしっかり把握して、態度と方策を練ってくださればと存じます。
疲れないやり方、というのは、うまく活きるコツのひとつなのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年10月22日 10:57 AM |
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基本的に、独学では、同時期にAをやったりBをやったりするのでございます。
たとえば、テキストを読みながら問題集を解いたり、問題集を解きながら過去問を見てみたり、試験用の資料を見つつテキストを参照する、または、その内容をテキストに書き写したりするのでございます。
Aのみ、Bのみをやるというのは、よほどの理由、正当な事由がない限り、行わないものでございます。
たとえば、○月いっぱいまではテキストを読んで、それ以降は問題集をやる、といった風にはやらないのでございます。
定食と同じ発想でございます。
いくらご飯がおいしくても、食べるのがご飯だけでは飽きますし、おみおつけオンリーではお腹に溜まりません。
おかずもおかずだけでは、濃い味付けにだんだんと辟易するものでございます。
ご飯、お汁、おかずのバランスが取れていた方が、食べやすいしたくさん食べれるものでございます。
お勉強も同様の理屈で、何かと一緒にやっていった方が、何かとやりやすいし、憶えやすいし、理解も早いということができるのでございます。
たとえば、問題演習と一緒にテキストを読んでいくと、問題の刺激を元にテキストを読み込むことが可能になります。
テキスト単体で読むのに較べたら倍は、テキストの記述に取っ付きやすいのではないかと、忖度する次第でございます。
つまりは、じっと目でテキストの文字を追うよりも、(ああ、コノ記述はこういう風に問題に出されるのかあ)と思いながら読むのと、どちらが効率的であるか、というわけでございます。
同様に、問題集も過去問と一緒にやっていき、問題を相互に比較していくと、問題の作りというかポイントというか、骨子というものがわかって、問題のからくりに強くなるかと思います。
お勉強においては、刺激は無いよりも有った方がよいのでございます。
もろもろの刺激を受けつつ、それぞれに取り組む方が、やり易いものでございます。
テキストを読んでいくと眠たくなる、問題集が解けないという方は、何かと一緒にやってみて頂きたく存じます。
しかしながら、いっしょにやるのは、問題点もございます。
作業量は多くなってしまうこと、下手をしたら大混乱してしまうことでございます。
たとえば、テキストと問題集、問題集と過去問を一緒にやるわけでありますから、作業量は単純に倍になりますし、しっかりおさえようとするならば、単体でやるときの4倍は作業量が増えましょう。
よくわかっていることなら、それほど手間を食いませんが、学習序盤のころなどは、実力もあまり付いていないため、実に骨が折れる進め方となっております。
また、刺激が強すぎたといいますか、難解な問題に遭遇してしまうと、頭がぐちゃぐちゃになる危惧もあるのでございます。
(問題集ではこういっているけど、過去問ではそうでないし、テキストとも違っている。。。どうなっているの?!)と混迷を極めることも多々あるのでございます。
しかしながら、何にも刺激も無くお勉強を進めていくよりも、こうした大混乱や大作業のある方が、取り組みやすいものでございます。
また、こうした事態を解消していくことが、よいお勉強となっております。
これはこうで、あれはあれでしょ、ここではこうだからこうなのでしょ、という風な整理が付いて行くにつれて、実力がめきめき付いていくことを実感できるのではないかと考える次第でございます。
よいお勉強というのは、単調なものではありません。敢えて、己をカオスに叩き込んでみるのも、よいお勉強なのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年10月21日 10:50 AM |
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試験勉強においても、不安というのは取り除いてしかるべきものでございます。
日常生活においても、気がかりなことは、できるだけ晴らしておくことが、よく生きるコツでございます。
連絡する、伝える、聞いてみる、考えてみる、質問してみる、おしゃべりする、BBSに書き込んで有識者うや経験者の談を尋ねる、といった作業を通して、できるだけ、不安の種を潰すか無くすか、減らすかしていった方が、よい結果が得られるものでございます。
心中に不安がありますと、取るに足らないことを仕損じたりするものでございます。
お勉強でも、不安は大敵でございまして、理解は悪くなるし、憶えは悪くなって、勉強効率は著しく低下してしまうものでございます。
不安を素早く解消することが、お勉強では重要な部分を為していることを、御理解頂ければと存じます。
それでは、お勉強の不安を解消するには何をしたらいいか、という問題になります。
まず、わたくしたちは、シンプルかつ単純に考えるべきかと存じます。
お勉強の不安はどこから来るのでしょうか。
お勉強の不安の根源は、試験勉強の最も単純な事実から生じてございます。
当たり前の話なのですが、わたしたちは、合格できるかどうかわかりません。
わたしたちは、究極的に、試験勉強は合格できるかどうかわからないのに、試験勉強をしなければいけないが故に、お勉強に不安を持つのでございます。
どんなにお勉強しても、ちょっとしたケアレスミスを犯せば、試験には落ちます。
どんなに模試でいい成績をとっても、それは合格を保証するものではありません。
何回テキストを読もうが、問題集を解こうが、過去問を繰り返そうが、確かに、合格は近づきはするも、100%合格できるとは断言できないものがあるのでございます。
いうならば、試験勉強は不安に運命付けられているのでございます。
つまり、試験勉強をする以上は、不安と戦っていかなければいけないのでございます。
もっというなら、お勉強とは不安と不即不離なものと考えておけばいいでしょう。
不安の発展形態である、次第に自分の今やっていることに意義が見出せなくなったり、先行きを慮ったりするのは、実は、試験勉強においては、晴れ、雨、曇り程度の、ごく自然の事柄であるとお考えくださればと存じます。
お勉強は根源的に不安に支配されておりますから、不安を根絶することはできませんが、その正体をしっておけば、大分、不安の対処も楽になるかと思います。
お勉強の不安が生じても、、別におかしいことではない、それが普通だ、程度におさえておけばよいかと存じます。
完全な解消や解決を目指すことはおやめくださればと存じます。
試験勉強の最終的な解決は合格以外ないわけであって、あれやこれや真剣に手立てを立てたところで、徒労に終わるのが落ちでございます。
不安は普通、だからこそ、くよくよしない!くらいの心持で目の前のことをこなしていけば、現在の心悩みなど、いつの間にか消えているかと考える次第でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年10月20日 11:21 AM |
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