独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

意味ない

意味のないことは、怖いのでございます。
たとえば、幽霊や心霊というのは、その意味がはっきりわからないこそ、恐ろしいのでございます。
幽霊や心霊があるとしたら、わたくしたちには窺い知れない、もうひとつの別の世界があるわけですから、恐ろしく感じるのも致し方のないことでございます。
しかし、そのもうひとつの世界が、たとえば、隣町程度に知ってしまったら、幽霊をどう思うのか、というわけでございます。
隣の市に住む、母方のおばさんの如くに、それほど、恐怖を感じるものではないかと思います。
幽霊はもしかしたら、もうひとつの世界から派遣されている警備員だとしたら、わたくしたちは、何かを思うことも心をかき乱されることもないかと思います。ご苦労さんと一声、かけるくらいかと存じます。
意味のないことは恐ろしく感じ、逆に、意味がわかったものには、何とも思わないのでございます。
恐ろしい、というのは、心理的な壁といいますか、プレッシャーといってもよろしいかと思います。
恐ろしいものやいやなものには、当たり前ですが、興味も関心はそれほど湧かないものでございます。
それ以上に、距離を取ろうとするのが、普通であるかと思います。
お勉強がいやになったり、なにかやる気が出ないときは、お勉強の意味をしっかりつかんでいるかどうかを、確かめてくださればと存じます。
意味がわからないからこそ、空恐ろしく感じて、やろうという気持ちからは正反対のものしか、持ち得ないのでございます。
意味というのは、深く考えなくても結構でございます。
このところからは、例年約○問程度の出題がある、とか、難易度は中級なので全部取れる、この章からはほとんどでない、程度の認識でも結構でございます。
また、この○○を勉強することで、ほにゃららについての知識を充実させることができる、とか、教養にいいねえ、おさえておきたいねえ、といった内面の動機付けても、よろしいかと存じます。
意味のないこと、意味のよくわからないことは、その有象無象の意味を見出してみることが、やる上で負担を和らげるかと存じます。
猪突猛進は役には立ちますが、ロスが多いのも事実でございます。
やる気の出ないことに、ひとつの巧妙が見出せば、途端にいろいろな手立てが見えてくるかと存じます。

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思ったことの半分を

独学というのは、まあ、やろうかなと思ったことの半分ができれば、御の字なのでございます。
それも、1日や2日の話ではないのでございます。
1週間くらいの期間を見て、やろうかなと思っていることの半分くらいができれいれば、よいのでございます。
まず、「続いた」ということが、素晴らしきことでございます。
ある意味、お勉強というのは、続きさえすれば何とかなるものでございます。
逆にいえば、修正ありき、訂正ありきが、独学といってもよいかと思うのでございます。
まるで、スケジュール表かのように、お勉強を見るのは、よっぽど時間の余っている方くらいにしか、できない芸当でございます。
そもそも、お考えくださればと存じます。
時間割のようなお勉強はうまく行くのかどうか、と。
うまくいくのであれば、わたくしたちのほとんどは、通信簿でオール5を取っていたことでありましょう。
得てして、スケジュール表のように、お勉強をシステマチックに考えていると、失敗するのでございます。
今日やったことは、明日、必ずしもできるわけでもありませんし、来週、再来週、1ヵ月後にできるとはいえないのでございます。
つまり、難しくいうと、お勉強というのは、時間的に断絶しているのでございます。
工場の生産ラインや事務作業のように、やれば済むという代物ではないのでございます。こうしたことは、時間が連続してございます。
今日作った部品なり、行った作業は、次の工程なり上級管理職の決済やその他の部署にまわされて、また、作業化されるものでございます。連続しているわけでございます。
しかしながら、やったところで、済んだことにならないのが、お勉強の真実なのでございます。
ですから、きっちりしたスケジュール表のような学習計画を立てても、それほど、うまくはいかないのでございます。
その通りには、試験勉強の現実は進まないものでございます。
お勉強の性質のほかに、仕事が忙しいときや、立て込むときがあるでしょうし、風邪を引き体調を崩すこともあるでしょう。
それか、お勉強に手がつかない事態に陥ることもあるでしょう。
また、お勉強の当の内容も、大きな影響力を有しています。
重要事項や頻出事項が連続するために、予定よりはるかに時間がかかることもございます。
問題集においても、将来的に2点・3点・5点を生む良問が並べば、やはり、腰を落ち着けてじっくりと取り組まざるを得ません。
先だって述べました、半分しかできないお勉強事情があることを、御理解いただければと存じます。
一通りテキストを読み、問題集を解き、過去問をやってみて、ある程度の実力が付けば、スケジュール表のような学習計画を立てても、手馴れている分、可能ではあります。
しかし、お勉強の難しさは、その「ある程度の実力」に、如何にして漕ぎつけるかでございます。
実力が未相応なときには、余裕に余裕、余分に余分を見て、お勉強を見てくださればと存じます。
見栄を張って小さ目の服を買うよりも、ちょっと余裕のあるサイズにした方が、得てして、現実的に着れる服になるのと同様の理を持って、お勉強の進め方をお考えくださればと存じます。

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難易度の変化

潮の流れの変化というものがございます。
海水浴に行きますと、潮の流れの変化を実感できるかと存じます。
お昼ごろまではのん気に凪いだ海面が、3時過ぎになると少し荒れてくるものでございます。
潮の流れの変化は、地域にも寄りましょうが、結構、大きなものがあるのでございます。
潮の流れが変わってきたら、まあ、小さいお子様は浜に上げておくのが、親としての良心でありましょう。
流されるととんでもない沖まで運ばれる可能性もございます。
下手な心労を買うくらいであれば、浜で砂の城(夫婦生活のことではありません)でも作って遊ぶのが賢明であるかと存じます。
お勉強においても、潮の流れの変化といいますか、お勉強の体温が変わると申しますが、一気に難易度が変わることがございます。
富に顕著なのは、過去問でありましょう。
過去問は、基本的に難易度が増してございます。
テキストや基礎的な問題集の倍は、難解であるかと存じます。
過去問というのは、本試験をまとめたものでございます。
では、本試験とは何かといいますと、受験生を選別するものでございます。
テキストや問題集は、知識のスムーズな習得を目的としております。
ですから、難しいことや変なこと、ちんちくりんなことは省いているのでございます。
しかし、本試験は受験生を、あからさまに言うなら、落とすことに目標がございます。
ですから、ぐぐぐっと難易度は高めになるのでございます。
何を言っているのかすらわからない、問題に遭遇することもありましょう。
皆様方にとっては、過去問とは、テキストや問題集といったものとは、別個のものであると、お考えくださればと存じます。
もともとの性質が全く違うのでございます。
テキストや問題集と、同じような気持ちで過去問に進むと、手痛い目にあうかと存じます。
過去問へと、足を運んだときには、その問題の流れの変化を、いち早くお気づきくださればと存じます。
とはいえ、まあ、過去問というのは、やれば誰でもできるようになっていますし、下手な過去問をつかまぬ限り、やるべき問題と捨てる問題との区別を、解説で暗にしてくれているものでございます。
過去問の難しさに、いたずらに引っかからないように申し上げる次第でございます。
ああ、できない!、ああ、難しい!!と受験生に思わしめるのが、過去問のお仕事なのでございます。

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