師走でございます。年越しの準備を怠らなく、的確かつ手際よくお進めくださればと存じます。
切れ掛かった蛍光灯や押入れに眠っている使わない電化製品、その他雑誌書籍紙ごみなどありましたら、ちゃあんとカレンダーに印をつけて処分してくださればと存じます。
事務所に置くかどうか迷う書類は事務の人にスキャンさせ、dvdに焼いておくことでございます。
まあ、2度と見ることは無いでしょうが、とりあえず焼かせて保存して、倉庫に投げ込むのが一番かと存じます。会議の議事録や稟議書などなど、いらないけど必要そうな書類は焼いてしまいましょう。
今のうちから暇つぶしの年越し作業でございます。
さて、隗より始めよ、との古人の言もありましたので、先日、年越しの一端として手帳を整理していたときでございます。
手帳に、以下のような語句がございました。
「一叱二褒」・・・手帳には「いったにほ」と読み仮名が振られておりました。
ひとつ叱ったら、ふたつ褒めよ、という意味でありましょう。
ひとつダメだなあと思ったら、ふたつは、今日のお勉強でできたことを数えてみよ、と言い換えることもできましょう。お勉強のツボを付いているかと存じます。
お勉強においては、遊びや余裕が大切でございます。
己に厳しく当たることを否定するわけではありません。己を鼓舞し元気付けていかないと、独学というものは成り立ちません。
誰も教えてくれる人も導いてくれる人も御座らぬからでございます。
しかし、あまりに、いってしまえば昔の剣の修行者のように過度に当たると、逆にお勉強の能率は落ちてしまうのでございます。
程よく接することが大事でございます。
日々少ししか勉強ができなくても、過度に自分を責めることは御座いません。仕方がないことがほとんであるかと存じます。
けれども少しだけでも進めおき、残りのやることは休日に!などと未来を先取りしておくのでございます。
毎日決まった時間に決まった時間だけ勉強することが、時間の使い方がうまい方法なわけではありません。
時間の取れる日にがんばれるように処置するだけでも、十分に優れた時間の使い方でございます。
また、少し時間を取って記憶事項をメモ書きして持ち歩くだけでも、十分に良いお勉強をしたといえましょう。
暗記などは机の前に座ってアレコレするよりも、何度見たかどうかで決まってきます。1日の勉強に、1週間分の暗記メモを作るのも、優れた時間術と申せましょう。
あーいかんんあ、と思ってしまう状況でも、ふたつは何か良いことを見出しましょうというわけでございます。
逆にいうなら、30分という少ししかお勉強できないマイナスな現状であっても、ふたつは褒めるべき、認めるべきことをやっておきましょうということでございます。
個人的には、後者の逆算方の二褒一叱が好みでございます。
ひとつダメでもふたついいのがあれば割に合うわけであるからでございます。
全部ダメ・すべて良いを求めるよりも、悪くはない手を打っていくべきかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年12月2日 10:07 AM |
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先日、本棚の整理をしておりますと、懐かしい本が出てきたのでございます。
おそらく、皆様もお読みになったことがあるかとぞんじますが、その本とは、「ロビンソン漂流記」でございました。
軽くぱらぱらとめくったところ、やはり、面白いのはロビンソンの無人島での生活の有様でございます。
信仰生活の大切さや神の偉大さはよくはわかりませんが、彼がどう無人島で暮らしていったのは、実に面白くございます。
大変興味深かったのは、ロビンソンが一日のスケジュールをしっかり立てていたことでございます。
朝は見回り、畑や家畜の世話、昼はパンの研究や弓矢の手入れ、そして、夜はお祈り、聖書を読むといったように、やることを明確に決めていたのでございます。
文中では、1時間ごとに何をするかを決めていたくだりがございます。
日々のスケジュールだけではありません。
彼は、明日は○○、明後日は××、1週間後にはほにゃらら、1ヵ月後にはアレコレ、季節の境目まで何たら、といったように、自分でやるべきことと時間を創出していったのでございます。
この小説から思うことは、やろうと思うことは時間というスパイスがあると、着手しやすいのでございます。
もし、会社に始業時間が無ければ、会社に行くのは実に億劫になることでありましょう。
時間という区切りと制限があるからこそ、できやすくなることもあるのでございます。
締め切りの無い仕事というのはろくなことがありません。明確な締め切りや納期があるからこそ、いい仕事になるためのテンションが高まるものでございます。
営業時間が曖昧な食べ物屋は必ず潰れると申します。
のんべんだらりとしたなかでは、いいものは生まれないものでございます。
さて、お勉強においても、時間の区切りは大事でございます。
勢いがあって気合が満々であるなら、時間意識やスケジュール管理などは必要ないのでございます。
問題は、やる気が出ないとき、気分が乗らないときでございます。そして、こうした状態こそが、試験勉強のほとんどなのでございます。
こうした場合は、お勉強と時間というものをきっちり関係付けると、事が運んで行くものでございます。
単純に今日は○○をやる、と思うよりも、今日の○時から○をやる!と時間を絡めておくだけで、身体は動きます。
何時の何分までに○○を仕上げてしまう、やりきってしまうと考えた方が、何とかやりきってしまうものでございます。
ま、あまりにがちがちのスケジュールにしてしまうと、逆に効率が落ちる面もありますが、けだるいとき、低空飛行を続けているときなどは、時間で己を縛る、時間で己を律するのも一方策であるかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年12月1日 10:34 AM |
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物事をうまく運ぶコツを要約して、「運・鈍・根」という古人の言がございます。
運というのは、そのままの運否天賦の運ではないように思います。
運というのは、多少なりともよくすることが出来るかと考えます。
たとえば、身の回りを整理整頓したり、身嗜みを整えたり、散らかっているところを掃除するといったことは、多少なりとも運を良くするものと考える次第でございます。
そんなことは無い、と思う方も居られるかもしれません。
では、こう考えてみればわかるかと存じます。
こういう神社をどうお思いになるでしょうか。境内は落ち葉で一杯、所々にコンビニゴミがあり、手を洗う手水舎は水も出ておらず、手拭も土色。お札売ります・お守り売りますの看板だけは多数。境内の半分は神主や神社関係者の駐車場になっている神社でございます。
皆様は、こうした神社に、七五三や厄払いに行くでしょうか。おそらくは行かないかと思います。
このような、祈る気にもならない神社には、お賽銭の1円・10円すらもったいなく感じるものでございます。
こうして、この散らかって乱雑、やる気の無い神社は、お賽銭1円の収入の途もなくなるのでございます。
有体にいえば、1円の金運すら呼べない、というわけでございます。
整理整頓や身嗜みで運が良くなるわけはないと言い切る人は、だらしない・不潔な格好でお仕事に行って欲しく思います。すぐさま、お仕事は来なくなることでしょう。
整理整頓・掃除・身嗜みが、わたくしたちの運の大事な部分を構成していることを、ご理解いただければと存じます。
さて次は、「鈍」でございます。
鈍というのは鈍さのことでございます。
お勉強においては、聡いよりも鈍い方が丁度よいのでございます。
聡いと、確かにお勉強は進んでいきますが、脆いといいますが軟いといいますか、トラブルやアクシデントには弱いのでございます。
お勉強というのは過敏すぎてもよろしくありません。
不安はより大きくなり、心配の種は引きも切らず、結局その分だけ、心労が祟ったりやる気が出なくなるからでございます。
鈍さの鈍感さが、事態を改善することもあることを意識して欲しく存じます。
最後の「根」でありますが、根気を指すことは、見ただけでもお分かりいただけるかと存じます。
根気・継続は、お勉強の要、コツでございます。どんなことでも続ければマスターをすることが可能なのは、これまでのススメでも何回も述べて参りました。
しかし、この「根」は、そうした忍耐力や耐久性のみに限らないのでございます。
そのまま、根っこの「根」とも読めるかと存じます。
植物というのは、葉や茎が多少痛もうとも、根っこさえ丈夫であれば、生きていくことが可能でございます。
逆に、葉や茎や幹がどれほど逞しくても、根っこの部分が腐ってしまえば、早晩に倒れるのは締めの理であるかと存じます。
お勉強においての「根」とは、自分のやる気のもとや、知恵・知識の供給源を大切にせよという意味合いであるかと存じます。
落ち込んだときにする趣味や気晴らしも、「根」にカテゴライズされることでありましょう。
背水の陣のお勉強はたいがい失敗します。
自分の源泉といいますか、そうした自分の根っこ部分を大切に扱うようにという意味も含んでいると考える次第でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2008年11月28日 11:12 AM |
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