独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

わたしのペース

劣等感というのは、無いものねだりから始まるのでございます。
背が低いのに、高くしようとすることから生まれるのでございます。
足が遅いのに、自分は速いと思うことから生じるものでございます。
何であっても、まずは、正しい穏当な現状認識から始まるものでございます。
釦(ぼたん)を掛け違うと、どのみち最初からやり直さなければなりません。
善悪・正誤は別にして、どこぞに置いておいて、まずは自分の立ち位置を把握することが、問題の達成や解決の的確な方策であるかと存じます。
劣等感というのは、もっていれば発奮の材料にはなりはします。
しかしながら、徹底した諸刃の剣でもございます。
がんばるため・やる気を出すバネにはなりますが、劣等感のベースは感情にございますから、理知的・理性的なものではなくなってしまいます。
結局、好調なのは一時だけで、人生は良くはない方向に進むか、回りに迷惑をぶっ掛けまくるのが落ちであろうかと存じます。
劣等感というものは劇薬であります。効きはしますがわが身を損ないも致します。
できるだけ蓋をして戸棚の中に入れて使わないようにするのが、賢明というものでありましょう。
お勉強、特に独学というものに至っては、自分の現状こそが勉強の土台でございます。
そこんところをしっかり意識しないといけません。
できるものはできる、できそうにないものはできないと正しく見ることでございます。
そして、そこから、やること云々を考えていかねばなりません。
できそうなものなら短い時間や労力を見ておけばいいでしょう。しかし、全く苦手なものや寡聞な事柄については、しっかり時間を取っておかねばならないでしょう。
自分の土台を間違わないことでございます。
ほとんどの人が1週間や1ヶ月で仕上げるものであっても、もし、あなたが苦手であるなら、もっと時間をかけて2ヶ月3ヶ月、半年の時間を費やしても、独学では良いのでございます。
逆に、この期間内でできなければ!とアタフタしてできないにも拘らず駆け足で済ましてしまう方が、更に事態を悪化させるものでございます。
お勉強で大事なことは、「できた!」という感じでございます。
ひとつかふたつでもできる実感を味わうと、今後のお勉強の勢いはぐんと弾みます。
これまでの低成長が嘘のように、ぐんぐん伸びるものでございます。
結局、できずにいたために多くかかっていた時間はとんとんになるといいますか、先々のペースのアップで賄えるものでございます。
再度申し上げます。
釦の掛け違うと、最初からのやり直すか方法は残されておりません。
ゆっくりでも結構でございます。確実に、自分の一歩を歩んでいくことが誤り少なき道なのでございます。

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一叱二褒

師走でございます。年越しの準備を怠らなく、的確かつ手際よくお進めくださればと存じます。
切れ掛かった蛍光灯や押入れに眠っている使わない電化製品、その他雑誌書籍紙ごみなどありましたら、ちゃあんとカレンダーに印をつけて処分してくださればと存じます。
事務所に置くかどうか迷う書類は事務の人にスキャンさせ、dvdに焼いておくことでございます。
まあ、2度と見ることは無いでしょうが、とりあえず焼かせて保存して、倉庫に投げ込むのが一番かと存じます。会議の議事録や稟議書などなど、いらないけど必要そうな書類は焼いてしまいましょう。
今のうちから暇つぶしの年越し作業でございます。
さて、隗より始めよ、との古人の言もありましたので、先日、年越しの一端として手帳を整理していたときでございます。
手帳に、以下のような語句がございました。
「一叱二褒」・・・手帳には「いったにほ」と読み仮名が振られておりました。
ひとつ叱ったら、ふたつ褒めよ、という意味でありましょう。
ひとつダメだなあと思ったら、ふたつは、今日のお勉強でできたことを数えてみよ、と言い換えることもできましょう。お勉強のツボを付いているかと存じます。
お勉強においては、遊びや余裕が大切でございます。
己に厳しく当たることを否定するわけではありません。己を鼓舞し元気付けていかないと、独学というものは成り立ちません。
誰も教えてくれる人も導いてくれる人も御座らぬからでございます。
しかし、あまりに、いってしまえば昔の剣の修行者のように過度に当たると、逆にお勉強の能率は落ちてしまうのでございます。
程よく接することが大事でございます。
日々少ししか勉強ができなくても、過度に自分を責めることは御座いません。仕方がないことがほとんであるかと存じます。
けれども少しだけでも進めおき、残りのやることは休日に!などと未来を先取りしておくのでございます。
毎日決まった時間に決まった時間だけ勉強することが、時間の使い方がうまい方法なわけではありません。
時間の取れる日にがんばれるように処置するだけでも、十分に優れた時間の使い方でございます。
また、少し時間を取って記憶事項をメモ書きして持ち歩くだけでも、十分に良いお勉強をしたといえましょう。
暗記などは机の前に座ってアレコレするよりも、何度見たかどうかで決まってきます。1日の勉強に、1週間分の暗記メモを作るのも、優れた時間術と申せましょう。
あーいかんんあ、と思ってしまう状況でも、ふたつは何か良いことを見出しましょうというわけでございます。
逆にいうなら、30分という少ししかお勉強できないマイナスな現状であっても、ふたつは褒めるべき、認めるべきことをやっておきましょうということでございます。
個人的には、後者の逆算方の二褒一叱が好みでございます。
ひとつダメでもふたついいのがあれば割に合うわけであるからでございます。
全部ダメ・すべて良いを求めるよりも、悪くはない手を打っていくべきかと存じます。

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茫漠としてるなら

先日、本棚の整理をしておりますと、懐かしい本が出てきたのでございます。
おそらく、皆様もお読みになったことがあるかとぞんじますが、その本とは、「ロビンソン漂流記」でございました。
軽くぱらぱらとめくったところ、やはり、面白いのはロビンソンの無人島での生活の有様でございます。
信仰生活の大切さや神の偉大さはよくはわかりませんが、彼がどう無人島で暮らしていったのは、実に面白くございます。
大変興味深かったのは、ロビンソンが一日のスケジュールをしっかり立てていたことでございます。
朝は見回り、畑や家畜の世話、昼はパンの研究や弓矢の手入れ、そして、夜はお祈り、聖書を読むといったように、やることを明確に決めていたのでございます。
文中では、1時間ごとに何をするかを決めていたくだりがございます。
日々のスケジュールだけではありません。
彼は、明日は○○、明後日は××、1週間後にはほにゃらら、1ヵ月後にはアレコレ、季節の境目まで何たら、といったように、自分でやるべきことと時間を創出していったのでございます。
この小説から思うことは、やろうと思うことは時間というスパイスがあると、着手しやすいのでございます。
もし、会社に始業時間が無ければ、会社に行くのは実に億劫になることでありましょう。
時間という区切りと制限があるからこそ、できやすくなることもあるのでございます。
締め切りの無い仕事というのはろくなことがありません。明確な締め切りや納期があるからこそ、いい仕事になるためのテンションが高まるものでございます。
営業時間が曖昧な食べ物屋は必ず潰れると申します。
のんべんだらりとしたなかでは、いいものは生まれないものでございます。
さて、お勉強においても、時間の区切りは大事でございます。
勢いがあって気合が満々であるなら、時間意識やスケジュール管理などは必要ないのでございます。
問題は、やる気が出ないとき、気分が乗らないときでございます。そして、こうした状態こそが、試験勉強のほとんどなのでございます。
こうした場合は、お勉強と時間というものをきっちり関係付けると、事が運んで行くものでございます。
単純に今日は○○をやる、と思うよりも、今日の○時から○をやる!と時間を絡めておくだけで、身体は動きます。
何時の何分までに○○を仕上げてしまう、やりきってしまうと考えた方が、何とかやりきってしまうものでございます。
ま、あまりにがちがちのスケジュールにしてしまうと、逆に効率が落ちる面もありますが、けだるいとき、低空飛行を続けているときなどは、時間で己を縛る、時間で己を律するのも一方策であるかと存じます。

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