独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

頭に汗を

うまくいかないとその時間は無駄であった、そのお勉強は徒労であったと考える人がおられるかと存じます。
テキストがすらすらと読めないと、問題がバリバリと解けないと、ぐんぐんと憶えていかないとお勉強ではない、と考えている人がおられるかと存じます。
しかし、それらは、間違っていると断言できるのでございます。
そうしたお勉強ができるのはごく一部の人の話でございます。
凡人たるわたくしたちは、ときどきそうなるものでありまして、常に毎回毎度、好調なお勉強を当てにしてはいけないのでございます。
それらは不適切なイメージでありまして、それをそっくりそのまま、己に当てはめることなどできないのでございます。
では、そうしたイメージがどうして定着するかというと、幼少期の記憶にあるのではないかと考える次第でございます。
神童と呼ばれる方がございます。
凄くお勉強のできる子供のことでございます。おそらく、ひとりかふたり、そう呼ばれた人の思い出があるのではないかと存じます。
しかしながら、クラス会や同窓会でかつての神童と呼ばれた人と再開し話してみると、いたって普通、いや、中には劣化退化してしまったのではないかと訝る、残念な人の方が多いのではないかと存じます。
おそらく、昔に神童や秀才と呼ばれた人の8割は、普通の人になっているかと存じます。
では、どうして、そうなるのかといえば、その人に罪はないのでございます。
ただ、彼ら彼女を見ていたわたくしたちの方に問題があるのでございます。
そう、わたくしたちは、勝手に勉強のできる人や頭の良い人に特定のイメージを抱いてきただけなのでございます。
急に人の頭の中身は変わりませんので、大人になって普通になってしまったという人は、子供のときもごく普通の人であったことでしょう。
それなのに、頭がよさそうに見えるだけで、勝手なイメージの投げかけていたのが、かつてのわたくしたちなのでございます。
こうしたイメージの原体が、間違った勉強観の原因になるのではないかと考える次第でございます。
お勉強というのは、ほとんどの人がうんうん唸って考えたり、忘れては覚え、問題を解いては間違える繰り返しでございます。
したり顔に見えていた人も、見えないところで努力をしているものなのでございます。していないように見えて、きっちりやるべきことは行っているのでございます。また、中には意図的に、努力をしていない風を見せていた人もいたことでありましょう。
最初の方に述べた、一見無駄や徒労に見えるお勉強が、お勉強の真実なのでございます。
この点、取り違いのないようにしてくださればと存じます。
もう一点、論拠を示しておきたいと思います。
スポーツやトレーニングを念頭に置いてください。
素振りを何回しても1点は入りませんし、シュートの練習をしても同様に、何の点数にもなりません。走っても筋トレしても、何の点も入りません。
では、そうした汗をかく作業は無駄であり、徒労であるといえるでしょうか。然りと答える人はいないかと思います。
練習の汗が試合の1点になるのでありまして、それをはしょってしまえば、小学生のチームにさえ負けることでしょう。
お勉強も同様であるかと存じます。直接、結果や成果につながらなかったといって投げ出さないことでございます。
頭に汗をかくようなお勉強は決して無駄ではないことを、再度ご確認くださればと存じます。

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自分の力を発揮

料理法や料理の仕方を追い求める方がございます。
料理の教室に通い、本を読み、雑誌の記事を丹念に見、メモを取ってございます。
手作りパンやら自家製ハム、ポトフの作り方といった、世界のあらゆるレシピ・資料をてんこもりに集めてございます。
しかしながら、一向に料理が上達しない方がございます。また、ひとつも料理しない方もございます。
ほかでもないわたくしの母上と妹君でございます。
母上の得意料理は水炊き、湯豆腐、冷奴でございます。
こうした低カロリーでシンプルな料理で育ったからこそ、わたくしはこの歳まで大病せず、健康に暮らせたのでありましょう。
本当に両手を合わせて拝みたくなるほどありがたい気持ちで一杯でございます。
一方の妹君は何十万とパン教室に支払って師範の資格があるにもかかわらず、これまでパンのひとつも作ったことがございません。
彼女曰く「パンは、作るより買った方が経済的かつ合理的である」と、まるで経済学者のように結論を仰られるのですが、ではいったい何のためのパン師範なのか、全くの摩訶不思議でございます。
師範ともなれば作らなくても良いのかと、ひとりごちているわたくしでございます。
さて、先日、わたくしはある料理法を会得したのでございます。それは、「白菜と豚肉の重ね蒸し」という料理でございます。
作り方は簡単で、白菜を切る、鍋に敷く、豚肉をその上に敷く、また白菜を敷く、豚肉を再度敷く、といった感じで鍋一杯になるまで繰り返します。
最後に酒を適当に振りかけて蓋をして、火にかけます。水も何も入れないのがポイントでございます。
時間は分量によって異なりますが、10分くらいです。豚肉が硬くなる前に火を止めるのが良いかと思います。
蒸せたら、ぽん酢に柚子胡椒か七味唐辛子で頂きます。
やっていただければ氷解するかと思いますが、べらぼうにおいしいのでございます。
おそらくは、これまで食べたことのない分量の白菜を食すことになるでしょう。それほど、はむはむと食べに食べてしまうのでございます。
豚肉のうまみは白菜に吸収され、白菜の水っ気は豚肉の油と融合し濃密なスープと化し、何ともおいしい鍋へと変貌するのでございます。
調理など切って敷くだけという簡単さでこの味。まったくコストパフォーマンスに優れた一品としかいいようがございません。
この重ね蒸しは、お互いの持ち味が最大限に活きる調理を施したが故の結果であるかと考える次第でございます。
さて、お勉強とこの重ね蒸しが何の関係があるかといいますと、結局のところ、自分の力を発揮することほど、効率の良いことはないということでございます。
お勉強の方法やノウハウが100や200あっても、自分の力が発揮できなければ、結果がついてこないものでございます。
逆に、あの重ね蒸しのように、ひとつふたつのシンプルなやり方でも、自分の力が最大限に発揮できるならば、そのほかの方法論などうっちゃってもよろしいのでございます。
自分が活きるかどうかを、方法論ややり方を追いかける以上に考えなければならないかと存じます。

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ちょい先

5年後、10年後のことを予測できるかというと、できないものでございます。
耳を疑うかもしれませんが、かつては、地球寒冷化が騒がれていたときもあったのでございます。
ちなみに、ドラえもん「のび太の恐竜」の背景は、「なぜ恐竜が滅んだのか」という謎解きから始まっております。
あれほど巨大で体力のある強靭な恐竜が滅んだのは、地球が寒くなって体温が確保できずばたばたと倒れていったというのでございます。
そうして、体温を維持できる哺乳類が進出した、という理屈が映画の背景にはあるのでございます。
こうした映画ができたのも、当時、地球の温度が下がっており、「このまま下がり続ければ」人類は恐竜のように滅びるだろうといわれたからでございます。
かつての、30年前のわたくしたちは、官民あげて地球の寒冷化で大騒ぎしていたのでございます。
石油の枯渇も、わたくしの幼少のころから言われてきたことでありました。
子供のころは、2000年には石油が無くなるといわれておりましたが、さにあらず、どんどこどんどこ世界中で油田は見つかり、減産して価格を維持しようというまでに状況は変化しております。
専門家でさえ、全く誤るということでございます。
なくなるどころではなく代替エネルギーでひいひいいうようになった石油、暑いのと寒いの逆転した地球環境問題を鑑みれば、来年のことをいうと鬼が笑うとは、蓋し名言であるかと存じます。
暑いのと寒いのは、小学生でも間違わないことでありましょう。
ま、要するに、先のことというのはよくわからないということでございます。専門家でさえ、恥ずかしいくらいに間違うのでございます。
とはいえ、遠い先のことを考えると間違いも多くなりますが、近いことというのは、いうほど間違わないともいえるのでございます。
穏当に行けば、明日は今日の延長でありましょうし、1週間後、2週間後も、今日とそう変わらないことでありましょう。
想像力を働かせれば、1ヶ月先のことはよくわかるし、当てることができるということができるのではないかと存じます。
お勉強では、学習計画を立てるとはかどると申します。
それはどうしてかといいますと、計画を立てることが、ちょっと先の自分の将来像や未来像を形づくることになるからでございます。
テキストや問題集と現状の進捗とを睨みながら、あれこれと先のことを考えることで、先々の自分の姿を確定させているのでございます。
想像できたことというのは、できるものでございます。
100ページ読む自分をありありと、ああやってこうやって、40ページくらいからお茶を飲むだろうなあという自分を想像できる人は、そうできるものでございます。
計画を立てる要諦は、この想像の働きにあるかと存じます。
ですから、逆にいえば、想像の及ばないことには、計画を立てようとしないことでございます。
数ヶ月先、半年先、1年後などは、ざっくばらんに大雑把なものを打ち立てておけばそれですむものでございます。
ちょっと先の、1週間から1ヶ月くらいのことを、綿密に考えるのが、内実の伴う計画であるかと存じます。
鬼に笑われないように計画を立てるようにしてくださればと存じます。

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