お勉強には、確かに頭のよさが求められるものでございます。
しかし、頭は、「多少」必要となってくるものでございます。
めちゃくちゃ頭が良くなければいけない、というわけではないのでございます。
至極普通の能力、読み書きができれば良いのでございます。
能力や才能が求められるのは、学術や美術・芸術の世界、そして、スポーツくらいの一部の世界のみでございます。
特別な頭でなければ勉強ができないというわけではありません。逆にいうなら、凄い頭があるならお勉強をする必要もないわけでありまして、できないから、わからないからやるというのが、お勉強の真実であるかと存じます。
さて、では、どういう頭のよさが必要になるかといいますと、それは、要領でございます。
むむ??とお考えになる方も居られるかと存じます。
理解力や読解力、記憶力といったものではないかというわけでございます。
もちろん、それらの諸力はお勉強においてとても大切なものではございます。無いよりあったほうがいいに決まってございます。
しかし、それら以上に、要領というやり方や進め方が大切になってくる次第でございます。
読解力というのは、試験の語彙に慣れたり、問題演習を繰り返せば自然に付くものでございます。
最初からなければいけないものではありません。
理解力というのも、最初は無くても、繰り返して問題を解いたりテキストを読むうちに、難解な事柄でもわかってくるものでございます。
想像を絶してわからないものなど、それほどございません。
記憶力というのも、一種の要領でございます。机の前でうんうん覚えようとすれば憶えるわけでもありません。
たとえば、細切れ時間を利用する、トイレの壁に貼って置くなど、記憶を新たにする機会を増やせば、少しずつではありますが憶えていけるものでございます。
お勉強というのは、やり方を少し変えるだけで、負担は軽くなり、また、効率も大きく違ってくるものでございます。
先ほどの記憶力でいうなら、2時間一本調子で机の前で粘るよりも、15分に分けて憶えていったり、または、散歩等の時間を使って覚えていったり、1週間かけて憶えていくようにした方が、遥かに記憶の実効性は高いかと存じます。
○○力が無いからと思うよりも、無いならないなりにやっていけば良いものでございます。
どのような人にも、その人がうまくいくためのコツなり要領がございます。
それを探しだすことが、お勉強のもうひとつの目的であるかと考える次第でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年2月27日 10:39 AM |
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朝晩、めっきりと暖かくなった気が致します。なにせ、パジャマ一枚でうろうろしていても、肌寒い程度でございます。
春はすぐそこ、といった感じでございます。
とはいえ、喜んでばかりいられないのは、花粉の存在でございます。
花粉症もこれからが真っ盛りとなるものでございます。
わたくしも20年来の花粉症でありまして、鼻がぐしゅぐしゅするのが風物詩となってございます。
仕方ないものにぐずぐず言っても仕方がありません、上手に付き合うのみでございます。
さて、花粉症といえば、目のかゆみや鼻水、くしゃみでございますが、頭がぼぉとするのも際立った症例であるかと存じます。
何だか頭がぼーとしてくらくらっとするのは、何も春の陽気のみではないのでございます。
花粉そのものによるぼぉーもございますが、わたくし個人的には、何回も続くくしゃみ、鼻をかむ行為がぼぉの一端ではないかと考える次第でございます。
くしゃみや鼻かみの後は、頭がふわっと空白になるかと存じますが、その状態が続くと言っても過言ではないかと存じます。
さて、こうした頭のぼぉーは、お仕事や日常生活において、軽くて小さいミスの原因となるものでございます。
たとえば、レジでお金を払ったのに品物を持ち帰らない、洗った洗濯物を干すのを忘れる、同じ内容のメールを2通も出す(文面を変えて!)、古新聞を読む、りんごに噛り付くときに自分の指も噛むといった次第でございます。
小ミスは結構でありますが、大きなミスをたかが花粉症で犯しては悔しくてたまりません。重要なことについては、お金の振込みなど、通常の3倍の注意を払って取り組んでいただきたく存じます。
さて、花粉症で頭がぼぉーとしているときの、お勉強についてでございます。
頭がぼんやりしているときは、どんなに気合を入れても思考力が元に戻ることはありません。
ですから、この春先は、新規のことをするには、実に不適当であるかと考える次第でございます。
おそらく、新しい語句や用語、諸理屈はひとつも頭に入らぬか、ひどくてこずるのではないかと存じます。
ですから、効率的には、この時期には新しいことはストップして、復習に当てるのが良いかと考える次第でございます。
これまでにやったページを読み直して語句や用語の確認をしたり、きちんと問題が解けるか、特に間違った問題を再び間違えないかを確認するのが大切かと存じます。
復習は頭をそれ程使いません。ほとんどが確認行為で記憶を新たにする作業でございます。
ま、一部のできないところや忘れたところには頭を使いますが、新規の勉強に較べれば、お勉強の作業負担は格段に少ないのではないかと存じます。
花粉症といえども、きついのは2〜3週間くらいでありまして、身体が慣れてくると頭も元のように動くものでございます。
この時期の頭のぼぅは、天が与えられたる復習期間とみなし、今のうちにこれまでのことを復習して、今後の足元をお固めくださればと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年2月26日 10:17 AM |
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先だって、わたくしの行きつけのお店のシャッターが急に閉まったのでございます。
何の事前予告も、アナウンスもなく、でございます。
もちろん、シャッターには何の張り紙もございません。
あらあ、この店は潰れたのかあ、行くところがひとつ無くなってしまったなあ、とさびしく思ったものでございます。
しかし、そうではなかったのでございます。
シャッターを閉じたのは、単にお店の一部を改装するためで、10日後には営業を再開したのでございます。
営業再開までの間、何回かそのお店の前を通りました。
もちろんのこと、シャッターが閉まっておりますので、中に入ることはできません。
何回か通るうちに、その店は潰れてしまって、もうこの世には存在しないものと頭にインプットされたのでしょう。お店のあったことすら、意にも介さなくなったのでございます。
しかし、先ほどいいましたように、営業再開でございます。
では、前のように足繁く通うのかといいますと、全くそんなことはないのでございます。
営業再開しても、足が全く向かないのでございます。
これが、単に張り紙の一枚でもしておれば、違っていたことでありましょう。
あれほど通っていたのに、ぴたりと止まった我が習慣を振り返り見て、人間の習性の一部を垣間見た次第でございます。
わたくしは、事前の予告を大切にするものでございます。
アレをしよう、これをしなくちゃと思い立ったことは、すぐにカレンダーか手帳に書き込む次第でございます。
こうした小作業は、めんどくさいことはめんどくさいものでございます。
しかし、「やりやすい」という巨大なメリットがございます。
先ほどのお店も事前の告知や予告があれば、わたくしは以前と変わらず通ったことでありましょう。
しかし、何の情報もなかったが故に、「お店=潰れた」ということが確定してしまい、それに応じて、以後の習慣が変わってしまったのでございます。
カレンダーや手帳に書くのも、書いた日以後の行動を変えるためでございます。
「この日にこれをする!」と確定化しておくだけでも、心の準備がきっちりと整います。
たとえば、メーラーの中の不要メールや、携帯のアドレス整理、メールの処分などは、溜まれば溜まるほどなかなかに手が付けられないものでございます。
しかし、月末の掃除の一部に「メーラーの掃除」とでもカレンダーに書いておくと、やる意欲が整うといいますか、覚悟が決まってくるのでございます。
ちなみに、月初めに、カレンダーにその月のゴミの日を書き込むだけでも、身の回りのガラクタやゴミ、不用品はなくなっていくものでございます。
計画とは、一種の事前予告であると考える次第でございます。
これをしようと思っても、なかなかに行動に移せない方は、事前予告のメカニズムを上手に利用して、こなしていってほしく存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年2月25日 10:51 AM |
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