独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

お茶一考

お勉強をしていますと、無性にのどが渇くものでございます。
当サイトの前々よりの持論でございますが、お勉強をすると頭を使う、頭を使うとエネルギーの消費が激しくなる、そうすると頭に老廃物が溜まり、また、酸素もエネルギー源も少なくなる、であるから、身体はそれらを補おうとする、補うにはエネルギーや酸素を送るための水分がより必要となる、といった風に考えている次第でございます。
うーんと煮詰まったり、2時間・3時間机に向かった後で飲むお茶は格別な味でございます。
おいしく頂けるのも、身体が求めているからだと考えているのでございます。
さて、水分補給なのでありますが、お勉強のお供にはやはりお茶が最適であるかと考えます。
水だと味気ないし、ジュース類は糖尿が心配です。
コーラ等炭酸飲料は、やはりピザと一緒に食べたいもの。
スポーツドリンクはあれはあれで糖質が高く、1本飲めば成年男子1日分の砂糖を摂るとのことなので、これまた却下でございます。スポーツをしてカロリー消費をしない人は飲んではいけない、危険な飲み物でございます。激太りします。
そう考えていきますと、やはり、お勉強にはお茶!となるわけでございます。
しかし、お茶と申しましても、一口で済むものではございません。
紅茶に緑茶、ウーロン茶、プーアルジャスミン玄米焙じと多々種々にございます。
また、コーヒーにも、豆から飲むコーヒー、インスタントコーヒーとございます。
嗜好というのは個々それぞれでありますので、どれを飲んでも良いかと存じます。わたくしも好き勝手にに、お茶受けとあわせて飲んでいる次第でございます。
しかし、わたくし自身注意していることがございます。
それは、濃いのを飲まないこと、同じお茶ばかりを飲まないこと、カフェイン系統の飲み物は一杯だけとしていることでございます。
お茶というのは、あー見えても結構きつい飲み物でして、濃いのを飲むと内臓に負担がかかるのではないかと考える次第でございます。
先日も頂き物の戸棚にたまった紅茶を、(早く飲み切らないと!)と一生懸命毎日飲んでおりますと、胃がちくちくと痛み出したのでございます。
嫌な痛みでありました。わたくし、ストレスでお菓子太りすることはあっても、胃痛といった内臓系のストレスはこれまで絶無であったのでございます。
これまでに味わったことのない胃の鋭い痛みに、恐れ慄いたわたくしでございます。
しかし、この痛みも、紅茶を飲むのを止めたらさっぱり直ったので、いくらおいしくても毎日続けて飲むのはよくないなあと教訓を引き出したものでございます。
濃いのを飲まないというのも、同様の理屈でございます。お茶によっては軽い中毒症状がでるものもございます。
また、カフェイン系統は一杯としているのは、頭の過度の覚醒を抑えるためでございます。
夜のコーヒーや紅茶は予想以上に眠気を醒まし、床に就いても眠れなくなることがございます。疲れていても眠れないということほど、しんどいことはありません。
お勉強のお供に欠かせないお茶でございますが、飲む物の量や飲み方によっては身体に変調をきたすこともございます。
わたくしの場合は、胃の鋭痛、胸の不快感、不眠でございました。
このため、メインのお茶は、ノンカフェインで何杯飲んでも良いといわれている焙じ茶で、ちょこちょことコーヒーや紅茶を喫している次第でございます。
飲み物一杯といえども、意外に影響力があるので、ご注意のほうを喚起する次第でございます。

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三日あけず

先日のススメにて、『三回』、食べ損ねたり買いそびれると、そのお店や商品からは足が遠のく旨を申しました。
三回、いきつけのお店が満員だったりお休みだったりして行き損ねると、なぜだか足が遠のいてしまうご経験を、誰しもお持ちではないかと存じます。
久々にあそこ行こうかなとフト頭に思っても、三回行きそびれた記憶が顔をもたげて、何回か休みだったし新しい店でも開拓するかな〜、などと思ってしまうのでございます。
恐ろしいもので、数年以上通ったお店であっても、三回、食べ損ねた経験があると不思議と行かなくなるものなのでございます。
それがどんなにおいしいお店であっても、でございます。
何度も何回も買っている定番の商品でも、品切れが三回続いて買いそびれると、じゃ、新製品の方を試してみるかな、となってしまうのでございます。
新しい商品が当たりますと、雨後の筍のように似たようなものが続々売りに出されるものでございます。
これは、先ほど言ったような、買いそびれ→他のものを試してみるという顧客の購買の流れ・移り行きが事実として厳にあるからこそ、2番煎じ3番煎じ商法が成り立っていると考える次第でございます。
さて、ここで「三回」というのを、3日と読み直してほしく存じます。
「3」という数字には、人間の習癖と申しますか、習慣のメカニズムと申しますか、実に示唆深いものがあるかと存じます。
まずいえることは、人は3日空けたらやらなくなる、ということででございます。
これまでの挫折したことや中断してずるずる止めてしまったことなどを、思い起こしてほしく存じます。
何時の間にかやらなくなった、気が付いたらしなくなっていた、というのが多いのではないでしょうか。
それは、3日間以上の間を空けてしまったからであると考えるものでございます。
人間の継続のリミットは、3日間強であると考える次第でございます。
3日間やらないと、心身ともに、(あ、こういうことはやらなくてもいいのだ)と深く納得してしまうのでありましょう。
3日という壁を越えると、まったく手も付けなくなるようなことが多い気が致します。
読もうと思っていた本、やろうと思っていた体操やダイエット、掃除に整理整頓、その他人間関係のコツや指導法・人生訓なども、この3日の壁で考えてみると、やらなくなるパターンをご実感いただけるかと存じます。
1日のサボりは良いのでございます。2日間かけてのリフレッシュも良いのでございます。
しかし、円滑に続けていくのであれば、3日間、空けないことが肝要であるかと存じます。
だらだらしてやりそびれても、3日目には必ずやるように、手がけるようにすべきでございます。
それが、たとえ10分・20分、30分という短い時間であってもでございます。
1〜2日は休んでも、3日目からは必ずやるようにした方が、お勉強の長期的な中断や放棄を阻止でき、結果的にお勉強の機会ロスを防ぐことができるかと考える次第でございます。
わたくしは、最新の心理学の研究やマーケティングの理屈よりも、単純なことわざや昔から言われていることを信じるものでございます。
3日には、かの有名な「三日坊主」にも用いられている数字でございます。
自分のパターンや習癖を考える上では、この「3日」を頭の片隅に置いて見てくださればと存じます。
きっと、今以上に己の行動を律することができるかと存じます。

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べちゃにぐちゃ

べちゃべちゃ、やら、ぐちゃぐちゃという擬態語がございます。
何とも粘り気の強い語幹がある言葉でありまして、半年掃除をしていない換気扇やレンジ、ガスコンロの形容にぴったりかと存じます。
しかし、この擬態語は、ずぼらな油汚れのみを指すのではないのでございます。
べちゃにぐちゃという言葉は、わたくしたちのお勉強にも関わっている言葉なのでございます。
どういうことかといいますと、べちゃにぐちゃといった言葉は、わたくしたちの「わからない」状態を形容するのにも適しているのでございます。
わからないときの頭の状態を思い浮かべてほしく存じます。
わからないというのは、何も思い付かない、浮かんでこない、真っ白、空白の状態ではないのでございます。
さまざまな言葉が入り混じり、べちゃべちゃのうえにどろどろとして、筋道立てて考えられない状態も、「わからない」状態といっても良いのでございます。
「わからない」には、こうしたべちゃ・ぐちゃ型のわからないがあることを、お気づきくださればと存じます。
このべちゃ・ぐちゃ型のわからないが発生する最大の原因は、本当はわからないのに、わかったような振りをしたときに起きるものでございます。
独学というのは、基本的に飛ばし飛ばしで先にどんどん進む勉強法でございます。
いちいち、無数に出て来るわからないに構っていては、時間がどんどんスポイルされてしまうからでございます。
わからないことに遭遇しても、わからないを確めるにとどめて先に進み、後からじっくり手を付けていくものでございます。
ここでよく勘違いをなさっている人がいるのですが、独学はわからないは飛ばすにせよ、後でじっくりぎっちりどっぷりと取り組むのでございます。
本格的にやるときには、飛ばし飛ばししないのでございます。
そう、それは古典文献学者のように、1文字1センテンスまで、しっかり意味を捉えながら読んだり解いたりして理解や記憶に勤めるのでございます。
ここで重要なのは、わからないことに対して、決してわかった風に、わかったような気にならないことでございます。
わからないものはわからないものとして、扱わねばなりません。
わかる・わかると呑んでいたり、考えたくないからわかったような気になっていると、必ず後で致命的な失点を犯すものでございます。
また、わかったような気でいますと、ますますわからなくなってくるのでございます。
それは、きちんと整理もせず、区分も区分けもしないために、頭の中でわかっていることとわからないことの双方がごちゃ混ぜになってしまうのでございます。
これまでにわかっていたことまでも影響を受け、まずますチンプンカンプンになるのでございます。
これはアレだっけ、アレはこれだっけ?かなと右往左往、記憶はますます混迷の度合いを深め、そして、模試や本試験といった大切なときに、きちんと答えられずに涙を呑むのでございます。
ま、これは最悪の結果でありますが、わかったような風で理解や記憶の混濁をそのままにしていますと、どんどんわからなくなっていくことにご留意くださればと存じます。
お勉強をしていて、うーんと唸るようになったときは、頭の中がどうなっているかをお調べくださればと存じます。
整理がついた知識であるか、ちゃんと理解のできた言葉で考えているか、明確に捉えられているかを見てほしく思います。
こうして、いったん立ち止まって頭のチェックを行いますと、あそこが妖しいかも?!という不安箇所を見つけるものでございます。
ひとつの不明の箇所を潰すだけでも、目の前のわからないことに対して、活路が開くのではないかと存じます。
また、己が考え過ぎていないかも、要確認でございます。
試験には理解よりも憶えてしまうより他のない事柄は多数上るものでございます。
考え過ぎて頭の中がさまざまの知識や語句、概念でごちゃ混ぜになって、ますますわからなくなるというのも、当然ございます。
わかっていると言う状態は、一言で申しますと、すっきりしている、さっぱりしているといった風でございます。
わからないときには、頭のべちゃぐちゃ具合をお確かめくださればと存じます。

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