独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

散らかりとお勉強

いざ、お勉強を始めると、部屋や机が散らかっているのが気になるものでございます。
このとき、集中力が欠けている!とか、勉強への意欲が足りない!などと考えてはいけないのでございます。
それは、ごく自然な現象であるからでございます。
お勉強というのは、整理整頓と相性の良いものでございます。
お勉強でアンダーラインを引いたり、ノートにまとめたり、書き込みをしたりするのは、そっくりそのまま、難しい内容や複雑な規定の整理と整頓をしていることにあたるのでございます。
記憶においても、整理整頓と相性が良いものでございます。
ぐちゃぐちゃめちゃめちゃなものは、まず憶えません。
たとえば、「575555546468463313」という無規則の数字を憶えることができるでしょうか。
まず、憶えることができないでしょう。
そこで整理整頓でございます。
携帯の番号や電話番号のように、「575-5555-4646」「846-3313」という風に区切ってみれば、あら不思議、がんばれば憶えられる気がするから不思議でございます。
まったくの無規則状態に、細分化する、3桁・4桁で区切るといった「理」を整えたからこそ、憶えやすくなったのでございます。
このように、お勉強においては、整理と整頓に強い因果関係のあることを、ご理解いただければと存じます。
さて、ここから、話は飛びます。ひとつの試論でございますので、お目汚しの程、お願いしたく存じます。
お勉強は、整理整頓と相性が良いのであれば、混乱・混沌とは相性が悪いはずでございます。
では、お勉強になぜか集中できない、お勉強の捗りが悪いというときには、身の回りの乱雑さに、その原因の一端を見出すことができるのではないかと考える次第でございます。
そんなことはない!ゴミなど無い!散らかっていない!と言われる方がほとんどであるかと思います。
しかし、本当にそうでしょうか?
本棚には捨てても良い、なくても良い本や雑誌が詰め込まれていないでしょうか?
戸棚・引き出しの掃除をしたのはいつでしょうか?机の上に、使いもしないものが無いでしょうか?
キャスターの書類入れはいつ使ったのでしょうか?見てもいないファイルやフォルダは無いでしょうか?
要らない家具・邪魔な家具・使ってもいない道具・器具は無いでしょうか?
おそらく、よくよく考えれば、身の回りに無用のものを発見するかと思います。
それが、お勉強の邪魔をしているものであるかもしれないのでございます。
人間は環境の生き物でありまして、身の回りのものから強い影響を得ております。
一度、お勉強をする場所から無駄・無用の長物をどこかの部屋に持っていってみてください。
お勉強空間を、必要最低限のものしかない空間へ変えてみてください。ぐっと集中力が増し、お勉強の効果も上がるのではないかと考えます。
再度申しますが、人間は環境の生き物でございます。身の回りの無駄・無用からも、何らかの影響を受けております。
もしかしたら、本来お勉強に向かうはずのエネルギーが、周りの無用物に流れていると考えられないこともないのでございます。
無駄・無用を排することも、理であることをご理解いただければと存じます。

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時間の確保は

さし当てって、勉強時間の確保は、試験勉強の最大のコツでございます。
お勉強にはいろいろなコツがございますが、大切なのは時間を如何に確保するかでございます。
あればあるだけよい、というのが、その実際であるかと存じます。
しかし、細切れ時間を活用しても、やはり足りないのが時間でございます。
では、どのようにして時間を確保すればいいかと申しますと、「惰性でやっていることをやめる」、このことに尽きるかと存じます。
これは、やっていて楽しいこと・やめたくないことをやめるというのではないのでございます。
これらはこれらで、とても大切な意味を持ってございます。
良い息抜きでありましょうし、心底リラックスできる役割を有してでございます。
いつもいつも緊張ばかりでテンションが上がったままだと、神経の方が保ちません。
うつ病だけでなく、躁病も、神経の自助機能が衰えた結果でございます。そうならないためにも、多少の息抜きは、人生に必須の時間なのでございます。
リラックスタイムを持たないというのは、身体を、神経を切り売りしているとお考えくださればと存じます。
お勉強時間の確保するには、こうした自分にとって大切な時間を削ってはならず、それ以外で捻出することが肝要でございます。
その削る筆頭が、先ほど言いました、「惰性の時間」でございます。
やってもやらなくてもよいことは、本当にたくさんございます。
ニュースをチェックといいながらテレビをだらだらと見たり、新聞を読んだり、ネットを徘徊してBBSやブログを読んでみたりと、やらなくても良いこと、もっといえば、無くても困らないことはたくさんございます。
わたくし、先日ブックマークを整頓したところ、全部で400サイトほど、ブックマークに保存されておりました。
しかし、ブックマーク内にあるサイトの8割には行っていないことがわかったのでございます。
そこで、お気に入りの保存を行ってから、その大部分を消去した次第でございます。1週間たちましたが、全く支障なし!でございます。
本当に必要かどうか考えれば、もっといえば、なくなったら困るかどうか考えると、意外になくても良いことに気付くかと思います。そこに、時間を捻出する生起が潜んでいるかと存じます。
大切なこと、楽しいことを制限するのは厳しいものがありますが、そうでないことを潰すのは、あまり抵抗感がないかと考える次第でございます。
大切なこと、楽しいことをやめるには巨大な勇気が要りますが、そうでない、取るに足らない惰性ごとをやめるのには少しの勇気で十分かと思います。
たとえば、本屋・コンビニの立ち読みをやめるだけでも、時間を幾分か稼げるように思います。そして、立ち読みなどせずとも、十分に生きている己を発見するのではないでしょうか。
時間を確保するために最も肝腎なことは、まず目先のちょっとした行動を変えることにあるかと考える次第でございます。

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忠告を買った

人は過ちを犯すものでございます。
おそらく、試験勉強を続けていくと、テキストや問題集の買い間違えを犯すかと存じます。
本棚の隅か机の端っこに、それら買い間違えの教材・買ってもやらずじまいの教材が鎮座ましましておられることかと思います。
では、それらはどうしたらいいかといいますと、「捨てる」の一文字しかないのでございます。
新品同然で一度も見ていないかもしれませんが、捨てるしかございません。
しかし、こういっても、捨てる人などいないことをわたくしは知ってございます。
そして、いつか役に立つかもしれない、やるかもしれないと心中考えていることも手に取るようにわかるのでございます。
なぜそんな風に思うのかといいますと、わたくし自身が捨てなかった人だからでございます。
しかし、いくつもの買い違えを経験するに従い、誤って買った教材をする時間など無いこと、そして、それらを使わずとも合格できた事実があること、合格後はいの一番にそれらを捨てることを経験した次第でございます。
本当に要らないのでございます。
お勉強を継続していけば、自然と実力も伸びてまいります。そうすると、自分にとって必要な問題集や実力を更に伸ばしてくれる教材の目利きも同時に伸びるのでございます。
目が肥えた状態で買い間違えの教材を見ても、少しもやる気は起きず、いやいやながらやるのみでございます。そして、結局、途中でやめて他の上質の教材に向かうものでございます。
絹や綿の下着の心地よさに慣れた人が、それ以後、化学繊維でできた下着に戻れないのと同様の理でございます。
再度申し上げますが、買い間違えた教材ややりそうもない教材、衝動買いしてやる予定のない教材はお捨てになるようにご助言する次第でございます。
それは、忠告を買ったのだとお考えくださればと存じます。
こういったタイプの問題集、こういうテキストは、あなたには会わない、ダメ、使わないという忠告を、「天」からご購入したのであると、想像力をお伸ばしくださればと思います。
物を買ったと思うから、捨てられないのでございます。
おそらく、皆様の押入れの中にはやろうと思って買い込んだ趣味の道具が、本棚には読もうと思って買った本がそのまま眠っておられるかと存じます。
それらも、同様の理屈でございます。
(あなた自身は、それらの趣味に興味を持っているつもりですが、実は、見栄や流行に流されているだけですよ)という「天」の忠告を受けているとお考えくださればと存じます。
先だってわたくしも、読みもしないシェイクスピアを捨てた次第でございます。買っても一度も読んでいないし、そもそも、演劇など全く興味の範疇に無いわたくしでございます。
本代は、「見栄で本を買うな」と言う忠告を買ったことにして、処分した次第でございます。金輪際、ネームバリューや筆者が有名だからといって本を買うことはないかと存じます。
そう考えたら安いものと考えた次第でございます。
教材を買い間違えたときには果断に捨て、ダメ教材の教訓と経験を買ったのだとお思いくださればと存じます。
結局、ゴミはゴミでございます。
もったいないのはお金ではなく、己の時間と空間をゴミで占めることでございます。

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