独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

原則として好き勝手

独学の利点というのは、原則として進め方が自由な点でございます。
何から勉強してもいいし、何時勉強してもいいし、どんな順序でやっても、誰から何かを言われるわけではありません。
あながち間違えても、さっさと自分でその責任を引き受けて、うまあく軌道修正していけば良いだけでございます。
ま、独学とは、あまりに自由過ぎて、逆に何をしたらいいのかわからないとっつきにくさがあるくらいでございます。
とはいえ、一方的にあーだこーだと言われる授業形式に比べれば、諸々の負担は軽いのではないかと存じます。
わたくしというのは、教えられることに絶望した人間でございます。
ひとつのところに閉じ込められて、読めばわかるようなことを朗読され、辞書かネット、その他の資料を読めばわかることを聞かされる時間が、年々厳しくなってございます。
特殊な技能や特別な技術の要ること、とても重要なことであれば、こちらとしても気を引き締めて聞くものでございます。
そして、まあ、重要なことでも我慢して過ごすこともできましょうが、どーでもいいこと、家でできるようなことを延々とやられると、損した気分になる次第でございます。
わたくしたちは、もういい年でございます。
一方的に教わることは、もういいのではないかと考える次第でございます。
それは、10代までの学習形態でありましょう。
わたくしたちは、学び育む(はぐくむ)ことができることを知っておくべきであるかと存じます。
必要な知識を得たり、前提となるものを追い求めたり、足りないものは補強したり、弱いところは強化したり、充実させていくことがいくらでもできるのでございます。
腹が減れば冷蔵庫を開けて焼き飯を作るように、誰かに作ってもらうことなく、自分で何とかできることは何かと多いものでございます。
わからないのであれば、新しい難問の解き方の練習と考えれば良いのでございます。
憶えられないのであれば、記憶力のトレーニングだと考えていけば良いのでございます。
落ち込んだり低調なときは、再度こうしたときが起きたときのシュミレーションなのだと見ていけば良いのでございます。
忍耐力がないのであれば、机の前に座ることから始めてみれば良いのでございます。
夜ダメなら朝にやってみる、後回しにしそうなものから手を付けるといった改善の余地はたくさんあるものでございます。
わたくしたちは、「一方的」に慣れすぎているきらいがございます。
うまくいきそうな方に舵を取るのは、わたくしたちの手に握られていることをご理解くださればと存じます。

(さらに…)

完全には忘れない

本日のススメは記憶についてでございます。
お勉強と記憶には、切っても切れない関係がございます。
殊、試験勉強におきましては、ふたつを切り離して考えてはならないのでございます。
それは、本試験という存在があるからでございます。
いくら一生懸命お勉強をしても、確かな記憶がなければ本試験では呆然として時が過ぎ行くのを待つのみでございます。
人生で味わいたくないことの筆頭が、無力感でございます。
全く実力未分化で本試験を受けたときの、周りは鉛筆をすらすらと動かしているのに、当の我が身は問題に何が書かれているかもわからない無力な状態に陥るようなことは経験したくないものでございます。
傷つきますわな。
確かな記憶と確実な知識が出来上がってこそ、お勉強は完結するものであることを、常々意識してくださればと存じます。
さてさて、とはいえ、わたくしたちは忘れっぽい生き物でございます。ときどき、隣で寝ている人の顔すら、常々忘れたいと思っているのか、忘れてしまうものでございます。
わたくしたちは斯くの如き忘れる生き物でありますから、日々お勉強を通して、記憶を新たにしているわけでございます。
とはいえ、ときに自分の憶えの悪さに嫌気が差すこともあるかと存じます。
しかし、こうお考えくだされば、記憶の真実がお分かりいただけるのではないかと存じます。
わたくしたちは、完全には忘れないということでございます。
記憶の取っ掛かりやらフラグメント、断片、素子、基体、ベースなどなど、皆さんのしっくり来る言葉でようございます。
わたくしたちは、お勉強をすれば、多少の何かしらの記憶は創り上げているという事実を忘れてはならないかと存じます。
お勉強後に見直しても。全く見聞きしたことがないとか、初見であるというわけではないのでございます。
わたくしごとではありますが、再受験することになった試験の再暗記の作業は、前年比の5割から6割の労力で記憶が完了した感がございます。
忘れていると思っていても、いざやってみれば、記憶を甦らせることは意外にできるのでございます。
わたくしたちは自身が憶えが悪いように考えていますが、実際のところは、単に思い出せられないだけなのでございます。
お勉強中には、(あーそうそう)とか、(これこれ)といった台詞を吐くかと思いますが、この言の通りに、記憶の何たるかは頭の中にあるのでございます。
問題は、思い出せられるかどうかなのでございます。
逆に言えば、思い出せるように憶えているのかどうかという点でございます。
憶えるということと思い出すということを、ごっちゃにしていないかをお確かめくださればと存じます。
憶えが悪いなら、2段階で記憶というものをお考えくださればと存じます。
「憶えるには」と、「思い出すには」のふたつの段階を踏まえれば、記憶の負担はより和らぐかと存じます。

(さらに…)

無いものとして

生兵法は大怪我の元と申します。
本当に大怪我をするかと存じます。車の運転でも、ちょっと自分が上手になったなと思ったときに、ぶつけたりこすったりするものでございます。
お金がなまじ財布にあると、何やかんやで無駄遣いして、あっという間に消失するものでございます。しかも、その金使いの荒さは元には戻らないのでございます。
そこそこ、ある程度、まあまあ。こうした状況にあるときこそ、身を滅ぼす魔物が隣に潜んでいると考えておけばよろしいかと存じます。
お勉強も同様でございます。
そこそこの成績、ある程度の実力、まあまあの点数。
こうした状態にこそ、落とし穴が待っていることをご理解くださればと存じます。
まあ、できるだろうとか、解けるだろうとかいって、目の前の誤りや間違いを軽視するようになるのでございます。
おそらく、本試験では軽く見たことが出題されて、やきもきすることでありましょう。
まあ、気持ちはわからなくはないのでございます。
そこそこの実力がありますから、模試などで点数は取れますし、全くのダメ圏であるかといえばそうでもありません。
テキストもまあまあ読めますし、問題集もそこそこに解けます。過去問もわりかし解けたり致します。
大体わかっていることばかりだから、お勉強に身が入らないのも想像できないことではないのでございます。
しかし、そうした緩んだ気持ちだと、あっという間に後進に追い抜かれてしまうものでございます。
試験は水物でございます。実力上り調子の人の追い込み加減は半端ではありません。
おそらく、現状が続けばそこそこ実力でも合格圏に滑り込むことはできましょう。
しかし、それは「現状」が続いたという条件付でございます。覚醒した追い込み人が100人も現われれば、あっという間に合格の席など奪われるのでございます。
そこそこの実力で、自分はできそうかなと思うことは、想像以上に危険であることをご理解くださればと存じます。
しかし、先ほどいいましたように、そこそこ程々まあまあの実力がありますと、やる気が出にくくなるのも事実でございます。
では、どうしたらいいかと申しますと、こうしたときには、生半可な実力など無いものとして考えていくとよろしいかと存じます。
実力はある程度ありますから、やり足りない箇所や欠けた部分を探すのは億劫でございます。
しかし、実力を無いものとして考えれば、最初から見ていく気持ちが湧いてくるかと存じます。
無いのですから、やるしかないわけでございます。
最初からやり直すのかといって気が重くなる人も居られるかと存じますが、「無いもの」と考えたとはいえ、そこそこの力は現に持っているのですから、わりかしすらすら進んでいくのでございます。
実際のところ、最初からやり直したほうが早い、とさえいうことができるかと存じます。
最初から見ていけば、何より良い復習になりますし、また、たくさんの勉強課題を見つけることでしょう。
個人的には、(アレも見ておきたい、コレも解いておきたい)といった、まだまだやらなくては感があるくらいで本試験を受けるのが良いかと考える次第でございます。
油断大敵と申しますが、本当です。サボりなどは小敵でございます。
中途半端な実力など無いものとして考えてやり直し、更に実力に磨きをかけてくださればと存じます。
合格できる力のみが実力であって、それ以外の実力などは無いも同然なのでございます。

(さらに…)