独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

考え苦しむ

苦しんで考えても、意味のないこと・仕方のないことがございます。
たとえば、気が小さい、臆病だ、人に自分の意見が言えない、背が低い(胸が小さい)、器量が良くない、頭が悪いなどの、精神的・身体的なことでございます。
そのほか、持病について、家族の病気や怪我、障害について、愛別離苦に関することもございます。
また、お金(収入)のことについて、手形・売り掛け金の入出金について、仕事についてなどなども、一部、考えても仕方のない要素を含んでございます。
こうした事柄につきましては、苦しみに苦しんで考えても致し方がございません。
考えはどんどん悪い方に傾いてしまいますし、そのうえ、考えに考えたとしても問題が解決するわけではありません。
優秀な頭脳を持った医者・研究者・エンジニア・立法家が何十人と日夜、病気その他の問題を直そうを奮起していますが、うまく解決の途が見つからないのでございます。
況や我々をや、でございます。
考えてどうにかなるのか、しっかり考えれば妙案が沸くのか、変化が生まれるのか、改善するのかどうか、このあたりを良く良く見極めてから、考えるべきなのでございます。
下手に考えても、苦しみが募るばかりで、ストレスで体重がもりもり増えるか、度を越して体重が減りに減って幽鬼の如くなるのがオチでございます。
考えても仕方のないことを考えるのは、ブロック塀に生たまごを投げつけて崩さんとする試みのようなものでございます。
何百個、たまごをぶつけてもブロック塀はブロック塀のままでございます。割れたたまごの掃除と、たまごの代金と疲労と徒労感のみが物憂く残るのみでございます。
最終的に、身体を壊すのがオチでありましょう。
考えてしかるべきこと、考えて意味のあることは考えてみてもよいのですが、仕方のないことは考えないように明白に区分けするのが、日常生活をうまく進めるエッセンスであるかと存じます。
さて、考えないようにすべきことがあるのが、わたくしたちの日常でありますが、考えに考えてもよいのがお勉強の世界でございます。
お勉強の世界におきましては、苦しみに苦しんで考えても良い世界なのでございます。
まず、本試験という最終期限がありますので、苦しみ考えるのはその日までと明白な期限が切られてございます。
そして、苦しんで頭に汗をかいた分だけ、良く理解し良く憶えられるという面がございます。
また、苦しんで何日も考え続けると、大概のことは解決して、点数に貢献するようになるのでございます。
もちろん、考えに考えて苦しみ抜いても、考えが解決に及ばないこともありましょうが、なあにそんなものはもう捨て問にしてしまい、全く手を付けないようにすれば良いだけの話でございます。
逆に、考えに考えたことについては完全に割り切れますので、すぱっと心の整理が付いて気持ちが良くなるくらいでございます。
問題で遭遇しても(ハイハイ、できないできない、ごくろうさん)と他の問題に尽力するようになるのでございます。
このように、お勉強におきましては、苦しみに苦しんで考えてもよい「利」がたくさんございます。
どんどんと頭を酷使して、涙汗脂汗を流してくださればと存じます。考えに考えれば、お勉強の大半はうまく行くものでございます。

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したくないから頑張る

すらすらとできる人は、居ることにはいるのでございます。
まあ、全受験生のうち、2〜3%くらいの人は、すらすらっとできた人でありましょう。
「できる人」の絶対数は、あるのでございます。
ただ、それはごく少数であって、多数ではないのでございます。
皆様におきましては、母数の特定一部を引っ張り出してきて、それで全体を語るような真似はしないようにしてほしく存じます。
たいていの合格者はお勉強に四苦八苦し、あれやこれやの工夫を重ね、たとえば、どうしても忘れてしまう事項を紙に書き出して外で何度も目を通したり、わからないところに付箋をはさんで、それこそ週に5回は読んだり調べたりして、合格者の列にやれやれと参列したのでございます。
したり顔をしている人も、内実はそれなりの努力を払ってきたのでございます。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、と申します。
合格後はそれほどでもない顔をしていて、当の本人もかつてのがむしゃら振りを忘れておりますが、本心では二度とあの受験勉強に戻りたくないことでしょう。
皆、再度の試験勉強をしたくがないが故に、試験の1ヶ月前ともなれば、凄まじい「追い込み」を駆けるわけでございます。
もう二度と勉強をしたくないから、頑張って合格者になったのでございます。
この点、御勘違いをなさらないようにしてほしく存じます。
凄くできるから凄く勉強をするわけではなく、したくないからやるのでございます。
お勉強をしておりますと、特に独学ですと、ときにとっぷりと無力感に包まれることもありましょう。
(ああ、こんなんじゃ、受かりっこないなあ)とか、(おいらってだめだなあ)と思うこともありましょう。
しかし、大半の受験生は平均的な人であって、平均的な学力と能力の持ち主同士の戦いでございます。
あなたが頭を抱えているところは、大半の受験生も頭を抱えていることでしょう。
あなたがわからないところは、大半の受験生もわからないなあと思っているでしょうし、暗記ができないところは、同様にできていないでしょう。
では、どうして、平均的な人間同士の間で合格・不合格の差が生じるかというならば、意思力ややる気も重要な因子ではありますが、先ほどいった「しなたくない」という強い感情の存在であるかと存じます。
どっちかつうと、お勉強の原動力は、人生設計やプランといった理性的に引き出されたもの以上に、感情の方に傾くものでございます。
特に、「もうしたくない!」という感情ほど、強いものはありません。だからこそ、再受験組の人たちは、鬼気迫るものを持っているわけでございます。
実際にはほとんどいない、やる気と意思と能力に満ち溢れた「できる人」像を作り上げて、そこから現状を判断しないようにしてくださればと存じます。
大半の受験生は、どろどろっとした感情のうねりの中で、お勉強に臨んでいるものでございます。
合格というのは、合格した者勝ちでございます。
名実や内容はどうであれ、もっとも自分がやる気を引き出せる、コア・源泉・大元のようなものを忘れないようにしてほしく存じます。
それらこそ、やる気の真の原動力でございます。

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カンタン客観視

夜明け前が1番暗いと申します。
恋愛映画やロマンスも、大団円の直前が最も暗く、ふたりの関係も怪しくなるのが常でございます。
場面(舞台)を下げるから上がることができるのでございます。
下がるから上がるのでございます。
ずーと下がり続ける、たとえば、どろどろした恋愛・不倫物を2時間も見続けて御覧なさい。
本当に何の感興もなく、ただ、生ぬるくて苦いだけのコーヒーを飲みながら、つまらない彼話・彼女話を聞かされる以上にうんざりするものでございます。たまりません!どうでもいい!!
主人公の境遇が上がりっぱなしの、つまらないコメディや社会派ドラマ、また、ただひたすら愛を育むだけの恋愛物を2時間も見て御覧なさい。
映画館なら銀幕に、リビングならテレビに、自室ならディスプレイに茶碗を投げつけたくなることでしょう。ふざけるな!どうでもいい!!と。
再度、申し上げます。下がるから上がるのでございます。
苦しい場面、悲しい場面、くじけそうになる場面があるからこそ、最後のハッピーエンドが映えるのでございます。
もし、お勉強のときに苦しい境遇にあるのでしたら、映画やドラマの脚本を思い浮かべてくださればと存じます。
試験勉強の序盤であれば、(もうそろそろ第一幕の終わりの頃だね)と、中盤であれば、(クライマックス向けにこの位は落とさないとダメだろうね)と、終盤であれば、(大団円に向けての準備)くらいに考えればよろしいかと存じます。
お勉強におきましては、うんうんと3日も頭を捻ったすることがありましょう。
これまでの知識や経験を総動員しても、何のことやらわからないことに遭遇することもありましょう。
1週間考えても、なんだかすっきりしないこともあるでしょう。
絶壁のように聳え立つ、ややこしい規定群にぶつかることもありましょう。
そのほかまだまだございます。
憶えたはずのことを忘れていたり、解けていた問題が解けなくなっていたり、重要語句や用語が頭から抜け落ちていたり、何をしていたんだろうなあと臍を噛むときがありましょう。
でも、まあ、いってしまえば、それは実力が付く前の前兆、大団円前の兆しでもあるのでございます。
脚本化・映画化・ドラマ化の手法を以って、現状をお眺めくださればと存じます。
さすれば、もっと冷静に現状を把握できるようになるかと存じます。
こういうのもあって然るべきかな、と思うようになれば、徒に落ち込むことも、悲嘆することもないかと思います。
客観的に見ろといわれると難しく思えますが、脚本風・映画風・ドラマ風に眺めようとすると、比較的容易に己を見ることができるかと存じます。

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