独学といいますのは、じょじょに、だんだんと、ゆっくりと、というのが基本方針でございます。
といいますのも、急激な変化というのは、副作用も大きいからでございます。
たとえば、勉強時間でございます。
これまでに、お勉強の「お」の字もしてこなかった人が、一念発揮して数時間ものお勉強を開始したと致しましょう。
しかし、まあ、大半の人が、そんな数時間の勉強を3日と続けられないものでございます。
そして、まあ、8割くらいの人は1週間ともちません。
ほいで、最終的には、毎日数時間の勉強を1ヶ月も維持できる人というのは、稀になってくるのでございます。
こうした現象は、やはり急激な変化をもたらせたからでございます。
独学におきましては、いきなり数時間といわず、20分から30分くらいの、小学1年生の授業時間並みの短い時間からお勉強に取り掛かります。
それは、急激に現状の環境を変えないことに、眼目があるのでございます。
突然の長時間のお勉強が続かないのは、その反動たる副作用も大きいからでございます。
ですから、短い時間のお勉強とすることで、副作用を抑えつつ、お勉強に慣れて行くというわけでございます。
副作用はお勉強の時間以外にも、多々見られるものでございます。
よく見落とされていることとして、副作用は、実力の伸びにも現われる点でございます。
皆様方におきましては、お勉強が進むにつれて、不安の心がむくむくと湧き出るかと存じます。
このことも、ひとつの副作用なのでございます。
つまり、実力が伸びて色々なことが把握できるようになるからこそ、不安の種もまた見出すようになるわけでございます。
実力の伸びににおいても、副作用・反動という現象のあることを、意識の片隅にでもおいていてくださればと存じます。
副作用の存在は医薬品のみにあらず、反動は物理の世界のみにあらず、でございます。
劇的に実力が伸びて勉強ができるようになっても、心構えや姿勢をきちんと練っていかないと、徒に疑心暗鬼の状態となって膨れ上がる不安に苛まれるものでございます。
実力の上昇とともに、わたくしたちは、どんな問題が出ても動じない落ち着きや、ミスを犯してもリカバーする粘り強さも得ていかねばならないのでございます。
こうしたことは、一朝一夕のお勉強では出来上がらないものでございます。
わたくしは最近になって、進まない勉強・伸びない実力といったお勉強の歩みの遅さについて、ある「価値」を見出すようになってございます。
それは、その止まっているときにこそ、落ち着きやリカバーの精神といったものが涵養されているのではないかと考えております。
「お勉強に無駄はない」という思いを、再度深めたわたくしでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月7日 10:18 AM |
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単純に考えるというのは、実によい考え方のひとつでございます。
シンプルかつ明瞭に考えるというのは、伝統的な知的営みのひとつでございます。
皆様方におきましても、グダグダダラダラ、簡潔さと明瞭さに欠ける指示や命令の馬鹿さ加減に、辟易することもあるかと存じます。
「愛している」以外に何か言葉が必要でしょうか。電流が走るかのような単純さといいますのは、それだけで十分通じるものがございます。
逆にいえば、難解に複雑に考えたからといって、その分だけ通じやすくなるのかというとそうでもないわけでございます。
わたくしたちは考えているようにいて、考えていないものでございます。新しく考えているようで、実際には堂々巡りをしているものでございます。
であるが故に、できるだけ単純に考えてみることに光明が差すわけでございます。
しかしながら、馬鹿と天才は紙一重と申します。
最も単純かつシンプルに考える人というのは、英知に溢れた哲学者にもなりうるのですが、下手をすれば馬鹿にもなりかねないのでございます。
単純かつシンプルに、そして、「良く考える」といいますのは、馬鹿にはできない芸当でございます。
馬鹿は得てして、単純にしか考えません。
○○さんにこう言われたから。○○がこう言っていたから。テレビがこうこう言っているから。新聞にこうこう書かれているから。上の方針だから、などなどでございます。
こうしたことが、馬鹿者の言い分、または根拠でございます。正当性や根拠に意を傾けることなく、平気の平左衛門でそれをまさに「鵜」呑みなのでございます。
基本的に物事といいますのは、だめ・よいで割り切れるものではありません。
ひとつの側面のみで構成されているような状態・事態などないのでございます。
あっちを叩けばこっちが引っ込むものなのでございます。
お勉強というのはよいものではありますが、時期を誤れば、一生懸命になりすぎれば、婚期を逃すものでもあるのでございます。嗚呼!
わたくしたちは、単純化の罠に陥らないようにしなければならないかと存じます。
憶えられない→記憶力が悪い。できない→頭が悪い。
こうした図式がよく言われる愚かな単純化の例でございます。
憶えられないという問題に対して、記憶力が悪いから、と答えても、それはそうなのではありますが、そう結論付けても何も生まれてきません。
なじみやすいフレーズや図式で、現下の問題意識を薄めてはならないように思います。
得てしてできないといわれる人は、どうして理解できないのかを考えないまま、わからん・わからんとつぶやいているのみであったり、成果や結果が付いて来ていないのに惰性で勉強していたりといった傾向がございます。
自分から原因を突き止めようとはしていないのでございます。
考えるということは、まず、数量化すること(数字で考えること)、定義してみること、そして、細かく分けていってこれ以上は言えないというところまで細分化すること、今度は逆にこれ以上はいえないというくらいまでひとまとめにしてみることでございます。
頭というのは使えば使うほど良くなってまいります。悪しき単純化は、その成長を止めかねません。
シンプルなのはよいのですが、それも一面だけのこと。
単純化のし過ぎはご法度でありますので、皆様方におきましてはご留意してくださればと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月6日 10:52 AM |
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正直なところ、「物」の値段などあってないようなものでございます。
物や商品には、不思議な習性がございます。
店先で新品で売られているものでも、こちらがお金を出した瞬間に中古品となる、かの不可思議な習性でございます。
買った瞬間、何故か価値は大暴落し、売れに売れなく、売るにしても買い叩かれてしまうのでございます。
古本屋で売られている本を買って、即、売り場コーナーに持って行けば、すぐさまご体感できるかと存じます。
ぎょっとする価格での「買取」となる次第でございます。
買値と売価が一致する物など、ほとんどないのが実情でございます。
最近では、お金を出して空気を買うような世相を醸しております。
おそらく支援者に、エコ関係の職に就いている人が多数居るのでしょう。全く愚かなことでございます。
火星が舞台の某B級アクション映画にて、空気を売り買いしておりましたが、まさか自分が生きているときにそんな馬鹿げたことが起きるなど、白昼夢を見ている感じでございます。
言いだしっぺは日本有数の資産家なのですから、まずはお前からやれ、といいたいものでございます。
そんなことよりも、もっと優先すべきことがたくさんあるはずでございます。
あと最近驚いたのは、住宅についてでございます。
最近は無料住宅情報誌が多数出ておりますが、その値段設定でございます。
日本で「家」が高いのは、将来、土地が値上がりすると信じられてきたからでございます。
だからこそ、その値段になっていたわけでございます。値上がりを見越した価格であったはずなのでございます。
しかしながら、現、日本におきましは、600万戸の世帯用住宅が売れ残っているのでございます。
高度成長も終わり、インフラ事業も道路以外のものにシフトしてございます。
そして、20年後30年後には、マイホームを買った団塊世代の住宅が流通するようになるでしょう。
これもまた、値上がりの足を引っ張る一要因になるかと考えます。
さて、こうしたことを踏まえ、今後土地というものの値が上がるかどうかでございます。
わたくしは、大戦争か大災害でもあって、日本全土が焦土になり、供給過剰気味の住宅が総ざらえでもしない限り、値は上がらないと考えます。つまり、まず値は上がらないというわけでございます。
本当に、「値」があってないようなものが、堂々とまかり通っていることにご注意くださればと存じます。
そして、また驚くべきは、買い方についてでございます。
最近は頭金ゼロでも家が買えるようで、全く天を畏れない蛮勇のごとき買い方でございます。
本当に勇気のある買い方としかいいようがありません。金利というものの存在を知らないのでしょうか。
良心的バーテンダーという言葉がございます。
いくらお酒を売りたくても、浴びるように酒を飲む客が居れば、これ以上はお出しできません、というのが、真のバーテンダーのやることであると言うわけでございます。
頭金ゼロで家を売るなど、飲み客の肝臓や内臓がどうなろうとしったこっちゃないバーテンダー以上に酷い作為を感じるわたくしでございます。
お勉強の効能として、賢くなるという点を挙げることができるかと存じます。
賢さとは、いま自分が何をやっているか、何を見ているのかを理解できる能力であるかと存じます。
お勉強をしていて、ふっと何かこれまでと違うように物が見えるようになったら、成長の証でございます。
物の値段といいますのは、賢さを図る1つの指標でございます。お勉強に疲れたときなどは、物の値段で遊んでみることを推奨したく思います。
まだまだわからないものだらけですが、すこしずつ見えてくることに楽しさを憶えるかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月6日 9:21 AM |
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