順風満帆には行かないのがお勉強でございます。
計画通りには、予定通りには事が進まないのがお勉強の現実でございます。
あーしよう、こーしようと思っていても、当の本人の実力が伸びないがために頓挫することなど、ざらでございます。
皆様におきましては、うまくいかないのが本当のところで、うまくいく方が「虚」である、くらいにお考えくださればと存じます。
とはいえ、そうは思っても、坊主ではありませんのでそう悟れないものでございます。
気は急いたり焦ったりするもの。動かない・進まない現実に、地団駄踏むこともございます。
頭ではわかっていても、なかなかにそんな風に虚心坦懐状態になれないのも、現実でございます。
しかしながら、「よい」と「わるい」は、デジタル的に二者択一的に切り分けられるものではありません。
よくなくてもよい状態と、よくなくて本当にダメな状態のふたつがあるのでございます。
換言すれば、よい「よくない」状態と、よくない「よくない状態」とがあることでございます。
同じ、よくない状態でも、よいとわるいがあるのでございます。
皆様方におきましては、よい方の「よくない」を目指すことをご助言したく存じます。
悪い方のよくない状態とは、停滞している状態でございます。
やってはいるけど進歩がない、変わり映えしない、やった感が無い、やろうと思えばもっとできる、といった、何とも煮え切らない・割り切れない状態のまま、1週間が続いたときは、少しく振り返りのときであるかと存じます。
停滞状態に止まっていることは、本当によくありません。
動かなければ水も腐ります。
やる気など、水以上に痛みやすいものですから、停滞したままでい続けると、やる気もどろどろに濁って、劣化酸化乳酸化など、あらゆる負の名称の元でダメになって行くのでございます。
悪い「よくない」とは、停滞したままずるずる下降線を描く状態のことでございます。
いま一度、やろうと思った原点やこれまでにやってきて生じた変化などを振り返って欲しく思います。
もし、何にも変化がないのであればどうしてそうなのか、一考するのもよいでしょう。
最も単純に言えば、わたくしたちは、合格できる状態へと変化していかねばなりません。
それなのに、何の変化の前兆もなければ、変化のしようがないわけでございます。
変化の兆候すらないのは、手法ややり方とうに誤謬がある可能性が「大」なのでございます。
よい「よくない」とは、これとは逆でございます。
できない事態・わからない事態が解決に向けて動いていなくてもよいのでございます。
しかし、なんらかの変化の前兆を感じていればよいのでございます。
わからなくても、こーしたらあーしたらといいう挑戦の実感、たとえ、忘れても記憶の萌芽が出来上がっている感じなど、何らかの変化を感じ取れているなら、必ず問題は解決に向けて動き始めます。
人間の能力は伊達ではありません。本当にふっとできるようになったり憶えられるようになります。
変化がなければできるようになる変化もないことでしょう。変化が見られるなら、いい方向に進む変化も生まれることでしょう。
すっごくいい状態なら現状維持が最適ですが、そうでないなら、そのままでいることほど、よくないこともありません。
すっぴんのままでいることほど、亭主を悲しませることはありません。「淡い化粧」という言葉の冥利をお考えくださればと存じます。
同じ「よくない」状態にしても、幾ばくかはよい方へ傾くよう工夫をお重ねくださればと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月5日 10:09 AM |
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一寸先は闇と申します。
人間、先のこと、それも1時間先のことも正確に言い当てることは難しいのでございます。
よく言われますのは、いつもどおりに、やれやれ後は眠りに就くだけというときに、1本の電話・ほんの数行のメールが予想していた日常を大きく破ることがございます。
わたくしも先日、同じような「一寸先闇」に遭遇致しました。
お風呂後に頂き物のヨーグルトを食したのでございます。
しかし、このヨーグルトが体質に合わなかったのか、それとも、強力無双の善玉菌・武闘派の乳酸菌たちが揃っていたのでしょうか、お腹がぐるぐると痛みだしたのでございます。
けれども、それは、牡蠣や貝に当たったときのようなキリキリ・ギリギリする痛みでもなく、また、お腹が冷えたときのような脂汗を掻くものでもありません。
何と言いましょうか、腸内環境を清浄に戻さんと、善玉菌と悪玉菌の全面戦争が始まったような、ごろごろする痛みなのでございます。
腸はぴくぴく蠕動してトイレに誘います。しかし、そのトイレは不快なものではなく、何か身体にこびりついていた老廃物が削り取られて行くかのような感じで、トイレ後はすっきりするのでございます。
そういうトイレ行が、何度も何回もございました。まさに、止まるところがない、という感じでございます。
夜中にトイレに起きることなどないわたくしにとっては、一体なんでこのときに、こんな全面抗争に巻き込まなければならないのかと、理不尽さに歯噛みしたものでございます。
ようやく朝方になって抗争の終結がついたのでしょう。お腹は小康状態になったというわけでございます。
さすがのわたくしも、ヨーグルトを食べると腸内菌同士の大戦争が始まるなど予想だにも致しません。
「これが一寸先は闇か」とことわざの妙なるのを痛みとともに体感した次第でございます。
さてさて、お勉強についてでございます。
お勉強といいますのも、一寸先は闇が続くものでございます。
暗夜のなかを船で行くが如く、先が見えない中をゆっくり進むのがお勉強でございます。
しかしながら、でございます。
わたくしたちは明るい場所に居ると、闇に居たときのことをすっかりんと忘れてしまうものでございます。
闇の中にいたときは、この先はどうなるのかと心細く・不安げに思っていたのに、明るいところに出るや否や途端にそうしたことは忘れるのでございます。
いったん合格するや否や、お勉強時に味わってきた負の部分など、まるでなかったかのように感じるようになるのでございます。
こうしたことから考えますと、お勉強時の諸々の不安などは、それほど実体のある確かなものではないといえるかと存じます。
「一寸先は闇」ということわざは、先にどんな災いがあるかわからないことを示唆しているわけですが、逆に言えば1寸先に明かりありとも言えなくはないのでございます。
先のことはどう転ぶかわからないのが偽らざる事実であるかと存じます。あの人が、あの会社が、なんてことは日常茶飯事でございます。
夜明け前が1番暗いと申します。明けぬ夜はないと申します。
結局のところ、暗くて先が見えぬとはいえ時間が経てば闇夜は晴れるのですから、一喜一憂する勿かれ、なのでございます。
やることさえやっていけば、穏当に受かるのが試験でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月2日 9:24 AM |
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お勉強といいますのは、本当に終わらないものでございます。
終わらせてやろう!といくら2〜3日の間、炎のように奮闘しても、ひとつも終わらないのがお勉強の現実でございます。
いや、もっと正確に言うなれば、「終わらせること」や「止めてしまうこと」はできるのでございます。
しかし、(おいらはこれでいいや)と本試験の数ヶ月前に終了宣言をして、勝てるのかどうかといえば全く勝てないでしょう。
自分から勝利を捨てるようなものでございます。
お勉強を始めれば、本試験まで果てには合格までお勉強は終わらないのが、お勉強の真実でございます。
何ゆえに多くの受験生が本試験に向けてがんばるのかといいますと、もちろんのこと、合格証書を得るためでございます。
しかし、実際のところ、「早く終わらせたい」「早く解放されたい」といった理由を挙げる方が現実的かつ実際的ではないでしょうか。
お勉強をしている人というのは、とても逆説的でありまして、一刻も早く終わらせたいが故に、目の前のお勉強に励むのでございます。
ただ、皆こうしたことを口に出さないのは、そんなことを言うのは恥を憶えるからでございます。
誰からも強制されたわけでないのに、自分からやりだしたのにもかかわらず、途中でしんどいとかめんどいとか言い出すのは、恥知らずの言い分でございます。
ですから、受験生の多くはそうした愚痴めいたいことを言わずお勉強に励むのでございます。
しかし内心は、(早く終わってくれえ!)と思っているものなのでございます。
早く終わらせたいが故にがんばるのが受験生の真実なのでございます。
さて、とはいっても、がんばればお勉強が終わるわけではありません。
お勉強といいますのは、本試験で合格点を取るまでは終わらないからでございます。
途中で中断したり止めたりすることもできますが、そんなことをしたらこれまでに培ってきたものを腐らせるのが関の山。
終わらせたいのに終わらない、やってもやっても後からやるべきことが出て来るのが、お勉強の真実でもあるのでございます。
こうした終わった感がしないのは、あまりよい精神状態とはいえません。うんざりが恒常化すると一気に老けてしまいます。
では、こうした精神状態をどうしたらいいかといいますと、今日やったことを上手に終わらせることが大切であるかと存じます。
「上手に終わる」とは、どういうことかといいますと、お勉強の最後にちょっとした指針や指標、メモを残す作業を加えるのでございます。
たとえば、(今日はここからここまでやった、難しいところはなかったけどやばいところは3箇所ほどあった)などと、今日やったお勉強内容を振り返ってみるのでございます。
振り返えみれば、(全然わからんから、明日もう1回見てみよう)とか、(今日の分は、全般的に易しいから、後日、時間をかけて憶え込んでいけばいい)とか、(できると思うけど、3日後・1週間後、念のため確認してみよう)といった諸々の課題を見出すことかと存じます。
こうしたことを、カレンダーやメモ帳、手帳に張るなり書いたりして、次のお勉強につなげて行くのでございます。
こうすると、今日したことは一端の結末を向かえ、なんとも、終わった感ややり終えた感が生まれてくるのでございます。
というのも、今日やったことは未来のお勉強に活きることとなるからでございます。
お勉強におきましては、大きく終わらせようとするよりも、小さく終わらせて行った方が賢明であるかと存じます。
別れ上手は恋上手と申します。物事の締め方(〆)ひとつで、事態は変わるものでございます。
次回のお勉強に繋がるよう、日々の勉強を〆行くのがよろしいかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年10月1日 10:11 AM |
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