独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

新体調管理

身体が資本と申しますが、まさにその通りでございます。
お勉強は健康であってこそ可能でございます。風邪を引いていたりお腹を壊していれば、到底できかねるものでございます。
皆様方におきましては、体調管理はシッカリして頂きたく存じます。
そこで、手軽な体調管理として、食べる量を減らすことが挙げられるかと存じます。
実は、現代という時代は、栄養過多で体調を崩すようになっておりまして、少し食べる量を減らして腹7分程度に済ませて、とんとんとのことでございます。
現代の食生活は、普通に食べていても、得てして高脂質で高たんぱく、高カロリーのものになりがちでありまして、その分だけ、食べる量を抑えないといけないというわけでございます。
かつて貧困という言葉が連想させたのは、痩栄養失調で血色の悪い痩せこけた子供たちでありました。
しかし、いまや、事態は変わってきているのでございます。貧困は、次第に肥満に席を譲ろうとしているのでございます。
その背景にありますのは、技術革新と流通の進歩でございます。食品加工技術と農作物の生産技術が相まって、どんどんと食べ物の価格が落ちたのでございます。そのうえ、コストを下げるために大量に生産します。そして、流通の発展により、隅々にまで「食品」を低コストで運ぶことができるようになりました。
このため、雪崩を打つように貧困地帯に食品が搬入されていっているのでございます。
「いいことではないか」と思う方が居られるかと存じます。しかし、そうではないのでございます。
加工済みの食品がどんどんと流れ込んでいるのでございます。ここでハッとされた方も居られるかと存じます。
そうなのです。ハンバーガーやチョコレートといった高脂質・高糖質・高カロリーの食品がどんどんと貧困と呼ばれる地域で売られるようになっているのでございます。このため、貧困層にこそ、肥満が見られるようになってきたのでございます。
大量生産される安さから、凄まじい食生活となるのでございます。朝から飲み物は清涼飲料にチョコチップクッキー、シリアル、インスタントラーメンを食べるのでございます。昼・夜も、言うまでもなく加工食品の嵐でございます。子供たちも、そうした加工食品を喜びますので親御さんの方もついつい食べさせてしまうようでございます。
現在では、チーズやバターも、大豆由来の植物性脂によって、本物と遜色のない味のものが出回ってございます。これがまた安いので、みんなパンにたっぷり塗って食すのであります。
お菓子や加工食品の方が、野菜・穀物よりも安くてそのうえ味もいいわけですから、ますます、肥満へ拍手がかかるわけでございます。
逆に言うなら、新鮮で安全な野菜や自然に近い穀物というものが食べられなくなったというのが、貧困の新時代の形になってきているわけでございます。
栄養過多・カロリー過多・脂質過多が貧困の新しい形なのでございます。時代が変わってきていることを、ひしひしと感じるものでございます。
おそらくは、あと数年で、自分たちの持つ貧困観を変えていかなければならなくなるかと存じます。
こうした栄養過多の問題は、対岸の火事ではありません。わたくしたちにとっても、事情は似たようなものでございます。
ほっといても食べ過ぎに、栄養過多になる時代でございます。
健康の問題は食事から。いつもより、食べる量を減らしてみると意外な身体の軽さと快活な気分を感じるかと思います。
人間、多少空腹の方ががよろしゅうございます。
体調管理の一環として、食べる物と食べる量のチェックからお始めくださればと存じます。

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○○君思考

「客観視する」などと聞きますと、なんだか物苦しく感じるものでございますが、客観視とは、うまくいかないときの特効薬でございます。
現状の自分の見方でうまく行っているのであれば、客観的な視点など必要ないのでございます。
しかし、自分の見方とか視点とかいわれるものは、得てして不十分でございます。
単純に考えても、まず、自分の背中を見ることができませんし、鏡がなければ顔形すら見ることもできません。
意外にわたしたちの視野や視界というのは、狭くて不十分なのでございます。めがねを外すと何も見えなくなる人だっているでしょう。
わたくしたちは目から多くの情報を得ていますが、その目が不十分なのでありますから、思考も得てして欠けたものになりがちなのでございます。
このため、自分だけのものの見方に固執すると、得てしてうまく行かないのでございます。
うまくいっていないのは、大方は自分の視点がボケていたりズレていることに原因がございます。
ですから、いったんは自分の見方を止めて、どこぞ違う角度から見ない限りは、いいアイデアや手立て、手法などは思いつかないのでございます。
故に客観視、お客さん思考が必要となってくるわけでございます。
さて、先ほどもいいましたように、客観視せよといいましても、何をどうすればいいかわからないというのが実際であるかと存じます。
以下は、客観的に考える便宜といいますか、こうしたら客観的に物事が見えてくるよというひとつの試みでございます。お目汚しの程、ご了承くださればと存じます。
まず、ひとつの言葉が必要となってまいります。それは、自分の氏名でございます。
わたくしたちは言葉で考えておりますが、そこ言葉の節々に自分の氏名を入れてみるのでございます。
例えば、『ああ、できへんな、どうしょうかいな。○○君(自分の名前)』と考えて行くわけでございます。
『何がダメなのかね。○○君(自分の名前)。』とか、『どうすれば忘れなくなるのかね。○○君(自分の名前)』とか、『ミスを無くすのはどうしたらいいの?○○君(自分の名前)』といったのが塩梅でございます。
できれば、○○君のところはフルネームで、名字と名前で入れていってほしく存じます。
ま、○○君のところは、自分のあだ名でも結構ですし、旧姓でも構いません。
こんな風にして、考える合間合間に、自分の名前を入れて行くのでございます。
何回と言うレベルではなく、もう、何十回と自分の名前を入れてみてください。
すると、だんだんと考えている自分がどこか遠くに行ってしまい、なにやら会議室かどこかで誰か(※)と次善策を練っているような心持ちになってくるのでございます。
意識が跳ぶと言うのではないのですが、何となく高い次元から我が身を見れるようになるのでございます。
いってしまえば、自分のことが他人事になってしまうのでございます。
ですから、次第に愚痴がでなくなって参ります。会議で愚痴ってもしゃーないしという感じだからでございます。建設的に物事考えられるようになります。
また、他人事のような感じだからでしょうか、不思議とウンザリ感やメンドクサ感が感じなくなるのでございます。
故に、比較的やる気が出て来るのでございます。
客観視とは、わかってくるというか、自分の力のなさに気付くとか、まだまだ努力の量が足りないとかがクリアに見据えることではないかと考える次第でございます。
客観視とはそれほど難しくはないことを、この「○○君思考」でお試しくださればと存じます。
※ このときに感じる誰かが、自分のもうひとつの人格(ペルソナ、超自我)とのことでございます。

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ラスボス思考

ラスボスというのは、ラストのボスを略したものでございます。
昔風で言えば真打、今風で言えば真犯人、影の支配者、本当の悪役、裏で糸を引いていた人、などなどと言われるものでございます。
芝居映画ドラマゲームでよくある、演出のひとつでございます。
どうしてこうしたものがあるかといいますと、至極簡単にお話をひっくり返せるためでございます。
実に簡単に驚かせる上に、印象に残せるメリットもございます。
だいたいお話といいますのは、小さいことから始まって、一見は小さなことがだんだんと膨らむ過程で話が進んで行き、そのままで終わると締りがないので、最後でどんでん返しと言うわけでございます。
のっぺりと話が進んでそのまま終わってしまうと、見る方としては何のおかしみもありませんので、こうした技法があるわけでございます。
さて、この「ラスボス」でありますが、意外に実生活にも当てはまる現象であるかと存じます。もう2〜3個くらいは裏があるよということでございます。
弱り目に祟り目、2度あることは3度あるといいますように、自分ではこれでもう終わりだろ、仕舞だと思っていたら、何かがぽこんと顔を現すというわけでございます。
お勉強におきましても、「ラスボス」的なことはたくさんございます。
自分ではできたと思っていても、全然できていなかったことは多々ございます。
まあできるだろと思っていたら、模試等で痛い目に遭うこともあるかと存じます。
大丈夫と思っていたら全く解けずダメダメの嵐で、ダメかなあと思っていたらシッカリ憶えていた・解けていたなんてこともあるかと思います。
よほどの幸運に恵まれない限り、お勉強というのは、自分の思うように終わらなし進まないのでございます。
あーして、こーしていけば、まあいけるだろうと思ってやってみたら、なんてことはない、全くの見当違いでヒイヒイ脂汗を流すものでございます。
お勉強といいますのは、どこかでどんでん返しが、下手をしたら振り出しに戻るようなことが残っているのでございます。
重要なところなのにすっぽり抜け落ちていたり、他の受験生は重要視してシッカリやっているのに、当の本人はまったく見てもいないことがあるのでございます。
新事実の発見でやるべきことが発生したときは、やべえなあ、とか、めんどくさいなあと思うでありましょうが、これこそ「ラスボス」と思い直して奮起していただきたく存じます。
テキストの読み直し、問題集や過去問の解き直し、憶え直し、まとめ直しなどなどでございます。
まあでも、これまでやってきたことがあるので、予想以上に早く終わるかと存じます。
新しく生まれたやるべきことをグダグダ愚痴るよりも、まあ、あるよね程度に感情を抑えて、やっていくしかないかと存じます。
お話といいますのは、最後の最後は大団円で終わるものでございます。その前の、よくある演出が「ラスボス」でございます。
これを切り抜けないとダメなんだよなあ、うまく行かないんだよなあと考え直して、目の前の「べき」ことにお励みくださればと存じます。

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