独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

完全半日休み

日々のお勉強といいますのは、どうしても雑事や雑用に追われて押されているものでございます。
落ち着いてやってはいるつもりなのですが、時間に急かされている気もするものでございます。
ゆっくりと腰を落ち着けてやりたいものだ、と思うものでございます。
しかし、なかなかに完全に休みの日を設けるのは、難しいものがございます。
まずご家族の居られる方も居られるでしょうし、ご友人、ご交際相手が居られますでしょうから、完全に1日を自分のものにするというのは、難しいのでございます。
しかし、我が身自身の事情が完全な休みを阻害している事もあるかと存じます。
例えば、何かを補充しなければならない、買い物に行ってこないといけない、洗車しないといけない、押入れの片づけを、掃除を、DVDを見たり溜まった録画を見なければならないなどなどでございます。
こうした我が事の雑事が完全な休みを埋めているといいますか、占めているのではないかと存じます。
そこでわたくしが実践しているのは、半日だけを100%休むと言うことでございます。
1日が完全に休めないなら、半日だけでも完全な自由時間を設けようと言う塩梅でございます。
この半日休みのときに、自分のやりたかったこと・すべきこと・挑戦してみたかったことを手がけるわけでございます。
しかし、この半日休みは、手帳やスケジュール表の日程欄に「この日は半休」と書くようなものではありません。
もっと計画的でアグレッシブなものでございます。
まず、雑事雑用は先取りして済ませてしまいます。やらなくていいことはやりません。
どうしてもしておかねばならないこと、済ませておかねならないことを優先して済ませてしまいます。
やろうと思っている事を書き損じのメモ用紙の裏にでも書き出して整理します。
(こんなもの酒を飲むときのアテにしたらいいわい)、(お茶を飲むときの手持ち無沙汰の埋めにしたらいいわ)と優先順位を調節し、しなくてもよさそうなものはやらないようにします。
先に言ったDVDや録画の鑑賞など適当に酔っ払ったときで十分でございます。酔いを醒ますような作品こそわたくしたちの滋養でありまして、そこそこの作品・出来損ないの作品・練れていない作品・二番煎じの作品などの酔いを醒ませられない作品など無用でございます。わたくしたちには残された時間がありません。
掃除や洗濯などもざざと済ませます。洗車もやれば1時間でできます。面倒ならGSに行けばよし。
やるべきことをどんどん前倒しで処理しその分の時間を、完全な半日に充てるのでございます。
また、半日の完全休みなら、周りの人の理解も得られるのではないかと存じます。
だらだらっと、休みでもあるけれどもやらないといけないものもあるという状態はスッキリしないものでございます。
いや、スッキリしないことがお分かりいただけるかと存じます。
そのくらい、完全半休は落ち着いて、どっしりとやりたかったことに取り組めるのでございます。おそらく、中途半端な休みの倍は、物事が捗るのではないかと存じます。
もちろん、ぐだぐだと、だらだらと、アレもしてコレもする休日もようございます。それはそれで、気の張る平日の神経をじんわりと解きほぐしてくれるかと存じます。
しかしそれのみではなくて、完全なる半休日を設ける過ごし方もあることを、意識の片隅にでも置いていてほしく存じます。

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お勉強後は小片付け

別段、雑巾がけをしろとか掃除機をかけろというのではないのでございます。
お勉強後は一刻も早くその場から離れたいとは存じますが、まあ、一寸片付けや掃除などをしてくださればと思います。
理由は単純、すっきりするからでございます。
そして次の日も、幾分気持ちよくお勉強のスタートを切れるからでございます。
先ほどもいいましたが、大層な事をするわけではありません。
まず、机の上に散らばった文具類を仕舞いましょう。
そもそも、机の上が乱雑に見えるのは、この文具類があっちこっちに転がっているからでございます。
ですから、ペン立てや筆箱、その他、クッキーの空き缶で結構でございます。
使い終わった文具類は、そこに仕舞いこんでしまいましょう。これだけで、机の上に清浄さが生まれてくるかと存じます。
文具を入れる筆箱なり空き箱がない方は、早速明日にでも買ってくるようにご助言したく存じます。全く損のない買い物でございます。
次にメモ用紙等を、元あった場所に仕舞いましょう。
メモした紙が一番上に来ているときは、それを破って保存するなり張るなり捨てるなりして処理いたします。
メモは常に、書ける白紙の状態にしておくのがコツでございます。
メモは書いたものをスグに処置しないと、そこで必ず停滞いたします。物事の進みが遅いときは、どうぞメモ用紙がどうなっているかをお確かめくださればと存じます。
未決状態のまま何日もたな晒しされているかと存じます。停滞状態から脱したいのであれば、こうした止まったメモを処分・処置してまいりましょう。それだけで、多少動いていくはずでございます。
このくらいはお勉強後に、必ずして頂きたく存じます。
以下は中級者向けでございます。
18センチくらいのミニ箒を取り出して、消しゴムのカスなどを集めてゴミ箱に捨てましょう。
黄色の化学ぞうきんを手にして机の上やスタンドの埃を拭いましょう。
ザブトンを手にして外で何回かはたきましょう。
ハンドクリーナーでざっと机と椅子の周辺の塵芥ゴミをきれいにしましょう。
ざっとのこんなものでございます。
ここまでやると、また再び座りたくなるような空気になっているかと存じます。
やはり、きれいで整頓されたところでこそ、お勉強という知的な作業は捗るかと思われます。
まあ、15分とかかるものでもありませんので、最後の力を振り絞って、特に、お勉強がうまくいっていないときこそ、掃除をして場の空気なり雰囲気や流れを変えていただければと存じます。
徐々に、変わっていく感じを味わえるかと思います。
良く終える者が、良く始められるのでございます。
良く終えてこそ、良き始まりがあるのでございます。
説教臭くなりましたが、机の上が汚い人や営業者がくっちゃくっちゃな人は、どこぞ何かあると踏んでよろしいかと存じます。
お勉強の空間も同様であるかと思います。

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努力が空回りするとき

やっているはずなのに、成績は芳しくない。
やってきたのに、実力が付いていない。
お勉強をしているにもかかわらず、結果や成果が付いてこないときがございます。
お勉強が最も嫌になる瞬間でございます。
誰も徒労など味わいたくありません。やったからには、それなりの見返りが欲しいものでございます。
しかし、なのでございます。
本当に「やって」きたのでありましょうか。
本当にやったのであれば、「力」は間違いなく付く筈なのでございます。
お勉強は芸術やスポーツとは違って、才能を必要としないものでございます。
芸術やスポーツの世界では、やったからといって必ずしも力は付きません。
どれ程努力をしても、天賦の才能の持ち主の前ではくすんでしまうものでございます。
お勉強は、この世で数少ない努力がそのままストレートに表れる世界でございます。
ですから、努力の空回り感があるときは、どこぞが間違っていると考えた方がよいのでございます。
成果や結果が付いてこないと思うときは、本当に自分がやってきたのかどうかを、数字を使って確かめてくださればと存じます。
やって来た、やったと言うけれども、では、いったい何ページを読んで、何問の問題を解いてきたのか、という塩梅でございます。
やってきたことを紙に書き出してみると、思った以上に少ない数字がそこに現れるかと存じます。
今週はがんばったなあ!と思っていたら、日々1時間とちょっと位しかお勉強をしていなかったり、テキストの1章も読めていなかったりするわけでございます。
空回りを感じる人に、多く見られる現象と致しましては、(やらなくては・・・)という後ろ向きの思いの元で、ただ何となく始めて、時間が来たので何となくお勉強を終えるといった「あいまいタイプ」が多いかと存じます。
そう、お勉強の始めも終わりもぼんやりとしていて、どう始めてどう終わったか、ハッキリつかめていないのでございます。だからこそ、やった感じしか残っていないのでございます。
試験におきましては、確実な記憶と確かな知識のみがモノを言います。
これらはやはり、ぼんやり始めてあいまいに終わる勉強とは、相容れないのではないかと存じます。
努力が空回りしている風に感じるときは、まず、やっていること・やってきたことを数字化・軽量化してくださればと存じます。
数字は現実を締め付け、たがに嵌める力がございます。
ぶよぶにょにたるんだ現在を数字で引き締めてくださればと存じます。そうすることで、自身のお勉強の事実が見えてくるかと思います。
その見えてきた確実な事実を土台にして、改善や工夫の手立てを取れば、確かな手ごたえがあるかと存じます。
きちんとした地盤の上でこそ鉄筋コンクリート作りの頑丈かつ堅牢の建物が建つのでございます。
確かな事実の上にこそ、効果的な対策が取れるものであります。
確かな事実の認識から、現状の空回りを打破してくださればと存じます。

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