独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

緊張緩和

本試験ともなれば皆、緊張するものでございます。基本的に受験生全員は緊張いたします。
とはいえ、緊張しているからといって、皆が皆ガチガチに震えたり、嘔吐感を憶えるほどには、緊張しないものでございます。
なかには、緊張の上に緊張し、上がりに上がってしまう方も居られるかと存じます。
持って生まれた資質や性格ですから、一概に言えませんが、緊張してしまう問題の勘所は、その度合いにあるかと存じます。
はっきり申しまして、これまでにどれだけお勉強をしてきたかによって、緊張は和らぎもしますし強くなったり致します。
結論から言えば、緊張するようではまだまだ、勉強量が足りないのでございます。
正直な実感として、緊張していつもの力を出せなかったというような人は、勉強量が足りません。緊張して何もできなかったという人も同列でございます。
緊張して力が出なかったのではなくて、もともと力が無かったからこそ実力を発揮できなかったのでございます。
勉強量の絶対数が不足しているからこそ、強烈に緊張をしてしまうのでございます。
本当にみっちりお勉強を継続してきた人は、本試験ともなれば実感として、(もうやれやれ)という気持ちであるかと存じます。
本試験で漸く、日々の勉強から解放されると清々しているものでございます。
勿論、緊張はするのですが、早く本試験を受けてとりあえず、日々の勉強を止めたいという気持ちでいっぱいなのでございます。
そっちの気持ちが緊張の数倍もありますから、緊張しているけど気付かないか、それほどひどく緊張しないのでございます。
やって来た人のみが、緊張を和らげる事が可能なのでございます。
本試験にてあまり緊張しないという人は、勿論その人の神経が図太い、面の皮が厚いなどあるでしょうが、本当のところは「やってきた」というのが1番大きいのではないかと存じます。
逆に言えば、どんなに精神的に強い人でも、勉強量が全く足りなくて準備不足で試験に臨めば、できるかどうか不安で過度に緊張する事でありましょう。
緊張しないようなるのは、自己暗示やその他のメンタル何たらに頼るよりかは、きっちりとお勉強をこなす方が早いかと存じます。
手のひらに書いた「人」の字を何万文字飲み込もうが、練習不足がそれで解消する言われはありません。
緊張を和らげいつもの実力を発揮するには、やっぱし、お勉強をするしかないと思います。
この点、本末転倒しないようにご注意下さればと存じます。

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猛勉強できる時

試験勉強のある時には、バリバリと猛勉強できる時がございます。
代表的なのは、本試験間近の追い込みでございます。
本試験が近づけば、従来の勉強の2倍から3倍くらいの勉強が出来てしまうものでございます。
例えば、これまで過去問1年分を解くのに1日かかっていたなら、追い込みでは倍の2年分・3年分の演習をしてしまうといった塩梅です。
どうして直前ともなれば、こんな倍々の勉強ができるかといいますと、単純にがんばれるからでございます。
本試験が近づけば、目前に迫る本試験の日を意識せざるを得ません。日々の試験勉強に実によい緊張感が生まれます。
テンションの高さは、通常の倍はあることでしょう。試験勉強に大集中できるわけです。
また、実力の面での充実も、猛勉強の原動力となります。
実力は脂がのった状態で、勉強したことはすぐに血となり肉となり、どんどん記憶に蓄えられていきます。
自分の実力の伸びを体感できる事ほど、やる気を生むものはありません。
勉強できる→実力が付く→それを感じる→やる気UP!→ますます勉強する→ますます実力が付く。。。という感じに、よい循環に入っていけるのでございます。
こうした好循環は、何も本試験間近のみならず、お勉強の時折で発生致します。時には、非常にやる気と意欲がわいて、ばりばりっとできちゃうものなのでございます。
しかしながら、でございます。
こうした好循環は、意図的に、自分からどうこうして生み出せるものではないのでございます。
意外に身の置かれた環境というものが、要因として強く影響するのでございます。
先ほど述べました追い込み時の猛勉強と好循環というのは、本試験が近いからこそできる話でありまして、本試験まであと半年といった時には、いくら気合を入れて(やるぞ!!)と燃え上がっても、尻すぼまりで終るでありましょう。
好景気が人為的に創造できないように、おそらくはお勉強の好循環も個人的なアレコレでできないように思います。
しかしながら、それはいつ日か必ずやって参ります。要はその時に、どう備えているかでございます。
独学では、少しでもいいので日々のお勉強の継続を推奨しますが、それは、このお勉強好循環を逃さないためでございます。
毎日とりあえずでも机に向かっていると、(あら?できるじゃん?)という瞬間に遭遇するものでございます。
一気にまとめてやる、というのは、どうでもいい雑用や雑務におきましては、適切な方法論であるかと存じます。
しかし、お勉強におきましては、あまりしてはならない方法でございます。
「まとめて」いる間に好循環を逃してもおかしくありません。それは何時来るかわからないのです。
逆に言えば、日々にお勉強が単調でつまらなく、あまり伸びの実感が無くても、のん気に構えておけばよいと言う事になります。
それは好循環前の、いうなれば嵐の前の静けさなのであります。
そこで、(ああもういいや)とサボってしまうとその後に来る好循環を逃すのがよくあるセオリーでございます。
やっぱり、続ける事が第一であるかと存じます。

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不安は仕方なし

試験勉強といいますのは、不安との戦いでございます。
外から窺えばしゃらっとしている人でも、不安というものはあるものでございます。
本試験が近づいてまいりますと、どんなにしっかりしている人であっても、ちゃんとした勉強をしてきた人であっても、精神的に少し不安定になります。
本当の事をいえば、「少し」ではないように思います。
何しろこれまで、見たいものを見ず、睡眠時間を削り、時間を捻出して勉強してきたのでございます。
しっかりした勉強をしてきた人ほど、諸々の不安を抱えるかと存じます。やって来た事を無駄にしたくない、受からなかったらどうしよう、きちんと解答できるだろうかなど、不安の種は引きこもらないのでございます。
このため、ちょっとしたことで揺れ動いてしまうのでございます。
例えば、インターネットのちょっとした書き込みが気になったり、軽い間違いや物忘れがひどく心の重荷になってウジウジしてしまう、などでございます。
基本的に、試験勉強をする者全てにとって、不安というものをなくす事はできません。
なんてたって、不合格になる可能性の方が断然高いのですから、不安を抱かざるを得ないのです。
不安は不安で仕方がなく、自然現象のようなものですから、不安の影響をもろに受けて、右往左往したり、やけのやんぱりになったり、それか、毎日暗く過ごすのも面白くありません。
まずは、受験生の皆が皆、試験の不安と戦っている事実を意識してくださればと存じます。
しかし中には、(できる人たちはこんな不安など感じていないんだろうなあ)と思われる方も居られるかと存じます。
それは確かにいるでしょう。しかし、それは本当にごく少数で、誤差の範囲くらいの人数でございます。
試験に圧勝できるなんて人はほんとに数えるくらいでありまして、1パーセント強の人数でありましょう。
合格者の殆ど大多数は、不安と戦いながら受験して合格を果たしてきたのでございます。
先ほどもいいましたが、成績や実力の上の人の方が不安は得てして強くなりがちでございます。
受かって当然位の人の方が試験勉強のプレッシャーと不安はきつく、受かるかどうかわからない、でも合格できそうくらいの人の方が軽いくらいでございます。
「自分だけがそうではなくて、皆が皆そうである。また、これまで多くの人がこの不安に打ち勝ってきたのだから自分だけが勝てないわけもない。」
っと、こんな風にお考え下さればと存じます。
不安も不思議なもので、この不安も特別なものではなくごく自然なものと考えられるようになれば、心持ち気も軽くなるものでございます。
不安を抱くのは仕方がありませんが、それ以降のことは工夫が可能でございます。
不安を抱えたままで居ないことでございます。

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