お勉強の困ったところは、努力の成果は将来にわたって発揮される点でございます。
今努力したことが即、現われるのでしたら、お勉強をする人はもっと多いのではないかと存じます。
しかし世の中は、明日の100より今日の50で動いております。
そら、借金・負債を抱えている企業や個人は、毎月の利払いと返済がありますから、どうしても現実的に、目の前のキャッシュに専念しなければならないことでありましょう。
しかし、でございます。
目の前のことのみに一生懸命であればうまくいくわけではありません。
確かに、登山では先のほうは見ずに足元を見て1歩1歩進む事に専念する方が、疲労は少ないものでございます。
しかし、視線が足元だけに固定されて、進む方向が間違えている事に気が付かねば、道に迷って余計に歩くは時間を食うはで散々な目に遭うものでございます。
船頭多くして船山に登るなんてことわざがございますが、そんなことないわ!ばかばかしいことわざだな!と言い切れないところが世の恐ろしくも可笑しいゆえんでございます。
例えば、子供手当でございます。
子供手当歓迎と言う人は自分が頂けるから歓迎するのでしょうが、子供が全員15歳以上となれば手当をもらえなくなる事を忘れてしまっているのでしょう。
手当を貰えるどころか、子供が15歳以降は税負担・社会保障負担が増えるわけで、死ぬまでほかの子供に向かう子供手当分の負担を引き受けるのです。
実質的に、将来に渡って自分たちが払う負担分を先に貰うだけなのに、「歓迎」なのでございます。一度、頭の中がどのくらいのメモリなのか、調べて見たいものでございます。
トータルで絶対に損になるのに、何が歓迎なのでしょう。そんなに手当分の現金が欲しいのなら、無利子の奨学金か県や市や町の低利融資を探す方が余程賢明でありましょう。
分数のできない大学生が騒がれましたが、さんすうのできない人が人の親をしているわけですから、驚くべきことではありません。
まさか子供手当欲しさに子供を生み続ける人も居られますまい。本当に朝三暮四を地で行く人たちでございます。いや、朝五暮(-七)でありますね。先に貰って後でどっかと取られるわけです。
損するのはわかっているのに歓迎する人がいるのですから、船が山に登るのも全くありえないことではないのでございます。
さて、わたくしたちは、目の前の事をするだけではなく、時には先の事をも計らねばならないわけでございます。
特にお勉強では、目の前の事と先の事とをバランスよく、見ていかねばなりません。
目の前のことだけに埋没するのは確かに集中できてマスターもできます。しかし、それは、その勉強するものの内容と方向性が正しい時に限ります。
全く傾向違いなところや試験に出そうに無いところ、ほとんど出題実績の無いところに埋没すれば、それこそ時間の無駄・労力の無駄でございます。
ですから、先のほうの本試験を見据え、過去問を調べて傾向を確かめ、その他の試験情報に接して自分の向かっている道が正しいのかを確かめなければならないのでございます。
確かめつつ1歩1歩、それがお勉強のコツではないかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年12月15日 9:11 PM |
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確かに、わたくしは根が単純でございます。
お目出度い人とも言われております。
暗示もあることでしょう。
効くと思えばどんな薬でも効く、効かないと思えば効かないプラシーボ効果もあるかと存じます。
しかし、敢えて強くいいたいのは、リンゴは良いと言う事でございます。
毎年、11月を少し過ぎた立冬のあたりからリンゴを食べ始めるのが常となっております。
毎日1個頂くのですが、最近では本当に、全く風邪を引く気がしないのでございます。
全く、でございます。ああだるいなとか、あー風邪を引きそうという感じが絶無なのでございます。
一度寝たら朝までぐっすりで夜はよく眠れるし、少し喉が痛くても次の日には治っているしと、本当に健康優良児でございます。
明らかに10代のときよりも、健康な気がしてならないのでございます。
毎年、冬になれば風邪を引いて数日は寝て過ごすのが常でしたが、この2〜3年は、風邪を引いても全くといってもいいほど寝込むことはなくなりました。
また、季節の移り変わりにぐったりするのが恒例であったのですが、この1年はあまり急激な体力ややる気の低下に見舞われなくなった感が致します。
そうなったのも、やはり季節のものを選んで頂いているからかと、個人的には考えております。(あと豆乳)
今年は、春は春キャベツの味噌汁やサラダ、夏はきゅうりにとまと、瓜、秋はじゃがいも・さといも・さつまいも、現在の冬では白菜、大根、菊菜などをパクパクと頂いております。
そもそも野菜といいますのは、野菜自身がその季節を乗り越えんがために身に備えた機能を頂くもの。リンゴを食べると言う事は、リンゴが冬を超さんがために蓄えた色々の天然物質を頂く事ではないかと考えております。
リンゴを食べるには、できれば皮ごとがよろしいかと存じます。農薬が心配な方は、王林などの黄緑色系のリンゴはあまり手をかけない=農薬を使わないと聞いておりますので、水道水でごしごし洗えば結構かと存じます。
ちなみに、ふじのような蝋(リンゴ蝋)がでるものは表面がべとべとしておりますが、天然のワックスなので気にしなくても良いかと存じます。
蜜入りのリンゴなど、甘いやら酸っぱいやら、甘酸っぱいやらで、口の中がたまらなくおいしく感じるかと存じます。
箱単位で買えば経済的ですし、リンゴは早々腐りません。
風邪を引いて寝込んでしまいそうな方、風邪を引いても休めないので、高価な風邪薬や栄養ドリンクで散在してしまう方、年末進行で風邪を引いても休めない方、毎年決まって風邪を引いてしまう方、喉が痛くなる方、くしゃみや鼻づまりが持病の方、寒さに弱い方。
是非ともリンゴを薬だと思って、常備し服用してくださればと存じます。今年の冬は1日1個のリンゴをお試しくださればと存じます。
お勉強も体力勝負でございます。風邪を引いたらお勉強どころではありません。
わたくしはどんな健康食品やサプリメントよりも、1個のリンゴを信じる者でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年12月11日 9:57 PM |
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お勉強におきましては、時に何をしたらいいのやらわからなくなることもあるかと存じます。
そうした時は取り敢えず、過去問を手に取ってくださればと存じます。
温故知新と申します。お勉強におきましては、過年度の古い問題が集った過去問を解くことで、いろいろとわかってくるのでございます。
昔から、作家といわれる人たちは、筆に詰まると古典に戻ったものでございます。
といいますのも、ネタというのはすぐさま尽きてしまいますし、何よりも、常に新しい物を書かねばなりませんから、新思想や新風俗など新しいものも尽きてしまうわけでございます。
例えば、わたくしの好きな谷崎潤一郎でございます。関西移住後、平安の王朝文学に関心が移り源氏物語を現代語訳をしたことはつとに有名でございます。通称谷崎源氏であります。
横浜在住時谷崎さんは、家でも靴を履く西洋一点張りであったのに、突然の平安回帰でございます。355度位の大反転でございましょう。
あの谷崎さんでさえ、古典に活路を見出しのたでございます。古典とは、洗練に洗練を重ね幾重もの批評に耐えた、実にタフな書き物でございます。たっぷりと栄養滋養が詰まっているわけでございます。
まあ、文学とお勉強を同列に並べるのは、非常にぶっ飛んだお話ではありますが、お勉強における古典こそ、過去問ではないかと考える次第でございます。
よく似ているのでございます。
洗練と言う意味では、過去問の問題は、数ある問題集など比較にならぬほど洗練され考え抜かれた問題でございます。
何しろ分野ごとの専門家が、1年という時間をかけて作成するのでございます。それも、これまで出した問題を踏まえ、そして、これからのその資格の未来と現状を踏まえて考えるわけでございます。
蓄積されたレベルが違うわけでございます。下手な問題集を新たに買うよりも、過去問を繰り返した方が実力が付くのは、単純に問題の質がよいからでございます。
次に、古典と言いますのは、読むほど新たな発見があるといわれておまりますが、これまた、過去問にもあるのでございます。
試験勉強の序盤では、過去問とは、1つの目標・到達地点でございます。
何はともあれ、過去問に書かれている事が読めなかれば、解く以前の問題でございます。
そこでわたくしたちは、テキストやら問題集やらで過去問のレベルまで追いつこうとするわけでございます。
過去問レベルに追いついた中盤以降では、今度は過去問の問題を何度も解いて物にする過程で、自分の実力を鍛え上げていくものでございます。
中盤後期から終盤に至って実力が付いてきますと、だんだん傾向やら問題の癖やらがわかってまいります。
ああ、こんな風に出してくるのか、とか、こんな風にひっかけてくるのねといった、最初のころではわからなかった問題の出し方や構成に目が行くのでございます。
試験勉強の終盤に到りますと、過去問の問題から、今後の試験で狙われそうなもの、最早、問われそうにないものを取捨選択して、自年度の本試験対策を練っていく次第でございます。
このように過去問とは、わたくしたちのレベルに応じて、見え方が異なってくるわけでございます。
例えば、太鼓と考えても良いかと思います。
実力つたなく「ぽん」としか叩けないなら、「ぽん」としか過去問太鼓は鳴りません。
力がめきめき付いてきて「どんッ」と叩けば、同じく「どんッ」と響くもの。
自信もついて「どかーん」と叩けば「どかーん」と返ってくるものでございます。
過去問に手ごたえを感じれば感じるほど、実力が付いてきた証拠でございます。
おそらくは、過去問の凄さを1番知っているのは、試験のプロたる専門学校の講師等の方ではないかと思います。
やればやるほど、接すれば接するほど、過去問の憎たらしいまでの完成度に息を巻いているのではないかと思います。
このように過去問は、古典名著のように、やるたびに新たな発見と示唆をわたくしたちに与えるものでございます。
「何をしたらいいのかしらん」、「何かテキスト読むのしんどいな」とか「いまいちやる気がないな」といった少しく停滞状態に居られる方は、過去問を紐解いてほしく存じます。
大半の人は、過去問を解くたびに、ああそういうことかあ、とか、ここに問題の狙いがあったのかあなどの発見があるかと存じます。お人によっては、おいらはまだまだだなと思う人も居られるでしょう。
自分が何をしたらいいのか、それを1番教えてくれるのは過去問でございます。
過去問をするから、何をすべきかが見えてくるのでございます。
トップレベルの実力の持ち主から、やり始めたばかりの素人まで、過去問は全受験生必読の「古典」であるかと存じます。
単に昔の問題を集めたもの、みたいな軽々しい扱いは、くれぐれもご法度でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2009年12月11日 7:16 PM |
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