独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

おかしいな

試験勉強といいますのは、不安との戦いでございます。
試験勉強といいますのはそういうものでありますから、不安は仕方のないことでございます。
どうしたって、合格者と不合格者とに分けられてしまいますから、もともとが不安を抱く構造・システムなのでございます。
しかも、不合格者になる可能性の方が大きいのですから、なおさらでございます。
その不安を打ち消すには、お勉強をするしかないわけでありますが、これまたアレなのでございます。
傍目から見ますと、やればやるほど不安は消えて、自信が増しているように見えるのですが、実はそうではないことが多々なのでございます。
お勉強が進めば進むほど、やるべきことは増えて参ります。確認すべきこと、復習すべきことも同様に増して参ります。
これら「べきこと」が、新たな不安の種となるわけであります。
しかも、できるようになっても、憶えたとしても、(きちんと記憶できているだろうか)とか、(忘れないだろうか)とか、(本番できちんと思い出せるだろうか)、(本試験で解けるだろうか)といった不安がもくもくと湧いてくるのでございます。
また、ほんとうに実力が付いたかどうかは、当の本人にとってはよくわからないことでございます。
たとえ、模試や予想問題にていい点数・成績が出たとしても、気休め程度でありまして、だから、本試験に打ち勝つ実力が付いているのかどうかと言われると、微妙なのでございます。
基本的に、お勉強を続けてさえいれば、本試験にてもそれは必ず発揮されるものでございます。
お勉強の不安とは大半が取り越し苦労でございます。
しかし、簡単には消えないし、気持ちの消耗に繋がるから厄介なのでございます。
自身に実力が付いたかどうか、不安を憶える方は、「おかしさ」「違和感」をもとにお考え下さればと存じます。
逆にいうなら、そう思わない時・場合は、取り敢えずは大丈夫でございます。(もちろん、定期的な復習で記憶や理解の維持は欠かしてはなりません。)
見直してみて、(おかしいなあ)と感じる時は、やり直す価値はございます。
ふと目にして、(なんだかなあ)と感じる時は、復習する価値はございます。
直感と申しますか、カンといいますか、ゴーストのささやきと申しますか、そういうものを大事にしていけば宜しいかと存じます。
お勉強を続けていくうちに、こうした感性は磨かれてまいります。
「変」、「おかしい」がわかるようになったら、それが実力の証でございます。
不安というのは、一種の防衛機制でありまして、上手に用いれば、よき復習の原動力となるものでございます。
しかし、いたずらに不安に振り回されるのも賢明ではありません。
おかしいなという自身の感じ方から、実力の判定とお勉強の機会をお設けくださればと存じます。

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しくじり話

「ケアレスミスをなくす」−このことは、お勉強で必須の作業でございます。
全くわからないがために間違うのは構わないのでございます。
それはそれで仕方がないからでございます。
しかし、ケアレスミスの類はそうではありません。
8割〜9割のところまで、正解に漕ぎつけているのに、間違うわけでございます。
割に合わないといいますが、これまで払ってきたお勉強の努力と引き合わないと申しますか、まったく丸損と断言しても過言ではないかと存じます。
ほんとうに損しかしておりません。得るところは絶無でございます。
これをお読みの皆様方におきましては、本試験が近づくごとに、ケアレスミスの類から目を離さず、根絶する勢いで臨んでいただきたく存じます。
しかしまあ、お勉強でのミス話、しくじり話というのは尽きないものがございます。
わたくしのミスで鮮やかに記憶に残っておりますのは、問題文の読み間違えでございます。
設問では、「5つの選択肢の中から、誤っているものをひとつ選べ」と言われているのに、なぜか正解の選択肢を選んでしまうのでございます。
ご丁寧にも問題文には、「誤っている」という箇所に太文字・アンダーラインという装飾までしているのにもかかわらず、でございます。
恥の上塗りと申しましょうか、このミスには続きがありまして、設問は「誤っているものをひとつ選べ」ですから、選択肢の正誤は正解4・間違い1と相なるものでございます。
しかし、なのでございます。
頭は「正解を選ぶ」先入観でいっぱいでありますから、なぜか個々の選択肢の判別が「○、×、×、×、△」てな感じになってしまうというわけでございます。
各選択肢の選別すら、思いっきり間違えているわけでございます。
しかも、当の本人はそのときまじめに解答しております。
正真正銘に、まっすぐに間違っているというわけでございます。頭が倒錯しているとしか言いようのないしくじりでありました。
そのほかに、解答用紙への記入ミスでございます。
正解を導き出したはいいが、なぜだかそれを解答用紙にマークするときに違う番号に丸をつけたり塗りつぶしたりするのでございます。
わたし自身、例えば、正解肢が「3」と導き出したのに、なぜだか解答用紙の「2」にマークしていた事がありました。
2と3を間違うはずがないのに、なぜだか、間違えた番号をマークするのでございます。
頭が錯乱しているとしかいいようのないミスと今でも思う次第でございます。
これらのほかにも、語句や用語の読み間違い、数字の読み取り違い、意味の勘違い、意味の取り違い、見落としなどなどもやって参りました。
皆様の考える以上に、ミスというものはございます。
決して油断しないように、目の前のお勉強にお臨みくださればと存じます。
できるなら、犯したもろもろのミスはメモしておいて、直前期あたりで一度、再確認してくださればと思います。

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点への意識あれこれ

日々のお勉強では、それほど正解・不正解をシビアに考えなくても結構でございます。
ですから、況や点数についてをや、でございます。
試験勉強の序盤はいうまでもなく、中盤においてですら、正解・不正解、点数の高低は考えずとも結構でございます。
逆に間違えて痛い目に遭ったほうが、実力の伸びが早いくらいでございます。基本的には気にしない方針で、お勉強をお進めくださればと存じます。
しかし、本試験がだんだんと近づいて参りますとそうはいってられなくなります。
「点」というものを、強く意識せざるを得なくなってまいります。
しかし、「点」を意識するとは、いったいどういう事なのかというわけでございます。
60点だったあと少し!、70点だった合格できる!と騒ぐ事なのでありましょうか。
または、30点だった、50点だったと点数の低さを気にかけることでありましょうか。
はっきり申しますと、そんな「点」の意識など、ハナクソのようなものでございまして、別段、意識するものではないかと存じます。
そんな事よりも、自分が何をどう間違えたのかを徹底的に追及する事が肝要であるかと存じます。
点数で重要なのは、本試験その時の点数のみでございます。
模試や本番形式の問題集でどんな点を取ろうとも、本試験には直接的に影響を与えません。
模試等でよい点なら、本試験に加算点があるというのなら、点数に大騒ぎする理由はございます。
しかし、そんなことはありませんから、点数についてあーだこーだ考えるのは無用であると、述べておきたく存じます。
先ほどもいいましたように、点数以上に大事な事がありますから、それを消化するのが先決でございます。
基本的に、やるべきことや確認事項や復習リストの内容を消化しようとするならば、点数などを気にしている余力などないかと思います。
まずは、気にする方向性といいますか、気にする利害をきっちりおさえて上で、点数というものをお眺めくださればと存じます。
さて、「点」でございます。
わたくしたちは合格するためには、ある程度の点を確保しなければなりません。
しかし、その点を確保するためには、時にはくだらない暗記をしたり、わけのわからぬ単に試験だからやらされるようなことをお勉強する羽目に到るかと存じます。
そこでは、覚悟が必要でございます。
合格するのに必要な犠牲・コストだと思って、飲み込んでいくしかありません。
わたくしたちは現実的な意味での「1点」を取ることが必要なのでございます。
理屈はいろいろありましょうが、高尚な試験理論や高度の方法論がありましょうが、要は「点」を取るのみでございます。
実戦的なお勉強といいますのは、まさにかくの如しでございます。
実戦の外に居る人なら(くだらないな)と思うことでも、実戦の只中にある人にとっては、重要なのでございます。
試験の当事者はわたくし達自身でございます。
やるからにはやらねばならないのでございます。
この点、勘違いなさらないようにしてくださればと存じます。

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