お勉強におきましては、軽々しく深刻ぶらないことが肝要であるかと存じます。
つまり、試験勉強が始まってすぐの序盤で、自分のできなさ加減で頭を悩ませてはならない、というわけでございます。
どんな試験におきましても、クセをいうものがございます。
簡単とか、容易とか、果てには合格率50%以上といわれておりましても、そのクセなり傾向がわからないと、苦労するものでございます。
クセや傾向をわかっていないときには、その試験に適正があり、また、相応の努力を払ったとしても、言うほどに目立った成果もなく、成長の実感もないものでございます。
ですから、序盤の段階で、あーだこーだ思ってみても、仕方がないわけでございます。
そんなことで、心を煩わすくらいなら、わたくしたちにはもっと考えなければならないこと、知るべきことがたくさんあるように思う次第でございます。
序盤におきましては、出来・不出来を考えることなく、目の前のテキストの読破なり、問題集の完遂を目指してくださればと存じます。
さて、お勉強の中盤においてはどうかといいますと、まあ、これも、出来や不出来は考えずとも結構でございます。
というのも、ある程度の実力が付いてからでないと、わからないことも多々あるからでございます。
たとえば、ある定義なり表やリストが重要だといわれても、最初のうちはなぜそうなのか、わからないものでございます。
わからないものは、言うほどやる気も湧いてきません。
しかし、お勉強が進むに連れて、それらの重要性がわかるようになると、がぜん、やる気が沸いてくるわけでございます。
また、理解度もこれまでと異なり、どうしてそうなのかがわかるようになって参ります。
そうすると、なぜ、問題集や過去問なりの解説にて、そんな風に言っていたのかが、これまた、分かってくるのでございます。
お勉強におきましては、実力がある程度身につかないと、分からないことがございます。
そして、その実力は、ある程度の勉強時間が過ぎないと、身に付かないものもございます。
未だに事態は中盤でございます。
多少の不出来があっても、先に進めばわかるかな、時間が解決するかなどと考えて、全部ができないからといって深刻ぶらないようにしてほしく存じます。
さてさて、試験勉強の終盤となりましたら、出来と不出来を大いに意識しなければなりません。
逆に言えば、終盤になってから、己の出来・不出来を深刻ぶれ、というわけでございます。
本試験間近となりますと、徹底して自分の弱点や出来ないところ、間違えたところを潰して行かねばなりません。
逆に考えれば、出来ないところは失点ではなくて、1点の取れるところと考えてほしく存じます。
今はできなくても、それができるようになれば、1点となるわけですから、これが得点なのかと思いつつ、弱点の克服等にがんばるべきかと存じます。
基本的に、思い悩んで暗い気持ちで勉強しようが、あっけらかんと勉強しようが、成果が天と地ほどに変るわけではありません。
中盤後期から終盤では真剣に出来・不出来を検討して、学習計画に落としこんでいかねばなりませんが、そのほかの時期では、いうほど、深刻ぶらなくてもよいことを指摘しておきたいと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年5月7日 12:47 PM |
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お勉強を続けておりますと、気が重くなるときがございます。
といいますのも、やる前から、今日やる事の予想が付くからでございます。
あーしてこーして、これしてあれして、といった感じに、やる事が明白に想像でできてしまうのでございます。
もちろんのこと、お勉強の際の疲労や頭がウニになるような感触も、同時に頭の中に浮かんでしまうのでございます。
今日やる事が最初から最後まで浮かんでしまう、ということは、それほど悪いことではありません。
何と言いましても、自分のすべき事がわかっている証拠だからでございます。
しかし、気は重いのでございます。
また、やってやれないこともないことを、存分に知ってはいるのでございます。
だって、おとといも昨日も、やってきたことだからでございます。
しかし、さりとて、気の重さはあるといった次第でございます。
今日のお勉強を始める前に気が重いときは、30分だけがんばってみるようにすればよろしいかと存じます。
1時間も、2時間も、それ以上のお勉強をする事を考えれば、誰だって気が重いもの。
そこで、まあまずは、30分のお勉強をすることから、考えるのでございます。
わたくし自身の経験からいたしますと、30分の壁を超えれば、長々とお勉強ができるように思う次第でございます。
この30分は、スポーツで言います準備運動に当たるのではないかと考えます。
各種スポーツでは、身体を体操や軽い運動で温めてから、本格的な作業に入るかと存じます。
お勉強も、一種の頭のスポーツでございます。
ですから、30分の準備運動をして、本格的なお勉強に入っていけば良いかと存じます。
よっぽど難しいことや難解複雑なことをしなければ、30分を過ぎた後もお勉強を継続していけるかと存じます。
マラソンと同じような理屈でございます。
走る前から、ああ今日は10kmも走るのかあ、と思ったりすれば、やる気などは穴の開いたバケツの水のように漏れ出でることでありましょう。
走っているときは、ゴールのことを考えるのでなく、あの電信柱あの曲がり角あの信号まで、と手短な者を目指して走ると、疲れないと申します。
お勉強も、今日の勉強が何時間にもなることを考えれば、鬱々とするものでございます。
ならば、手短な30分という、それほど負担にならない時間から、考えていくといった次第でございます。
気の重いときは、まあまずは30分と、ゆるゆるっとしてそれ程気合も入れない程度から、お勉強を見ていってほしく存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年5月6日 4:07 PM |
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わたくしごとでございますが、最近、電車のなかでは本を読まなくなった次第でございます。
特に夕暮れと夜間は、ほとんど目をつぶっております。
これまでは、本を読んだり携帯をいじっていたりしていたのですが、どうも、電車のなかでそれらをすると、目がどえらく疲れるようになったのでございます。
年のせいかもしれませんが、電車のなかで本を読んだあとで家に帰り、パソコン等に向かいますと、どうもしょぼしょぼしてしまうのでございます。
疲れ目で目がしょぼしょぼしだしますと、どうも作業がはかばかしくありませんので、電車のなかでは読まなくなった次第でございます。
電車の車中というのは、電気は確かについておりますが、おそらく、光度や照度の面では、著しく低いのではないかと考えている次第でございます。
部屋の蛍光灯も明るくは見えていますが、実は、光度は低いといわれております。
蛍光灯だけの明かりで本を読むなと、昔の人は親から注意されたのではないかと存じます。事実、蛍光灯だけでは暗いです。
朝や昼間など、お日さまで光量が補えるのなら、読書や電車内でのお勉強も結構でありますが、薄暗くなった際は、目を労わるようにご助言させて頂く次第でございます。
移動時間を最大に利用する姿勢は正しくはありますが、目が疲れ切ってしまいますと、あとあとの作業に差し障りがあるかと存じます。
この点、社内でのお勉強の際は、ご留意くださればと存じます。
基本的に、目の疲れといいますのは、お勉強の大敵でございます。
本日のススメを読み終えた際は、どうかそっとまぶたを閉じてほしく存じます。
そして、そのまま30秒ほどで結構でございます、目をつぶっていてください。
眼球の表面や目尻の辺りがじんわりとしてきたら、目が疲れている証拠でございます。
是非とも、軽い運動をするか、顔でも洗って目の周辺のマッサージをするか、目薬を差すかなどの適当な処置をとるべきかと存じます。
一説によりますと、目が疲れると首に負担がかかり、首の負担が大きくなると肩が凝り、首と肩が凝り出すと背中に来て、背中に来たものは腰と膝に来ると申します。
目の疲れ1つとってしても、それが度重なると意外に大きな影響を身体に及ぼすものでございます。
もちろんのこと、目が疲れてきますと、お勉強に集中できなくなってしまいます。
目がしょぼしょぼしては、テキストや問題集の文字が、なんとも入っていきませんので、目の疲れにはご留意くださればと存じます。
ブルーベリージャムや乾燥ベリー、フルーツニンジンの味噌汁やサラダ、お金のある人はヤツメウナギなど、目にいいと言われるものを食すだけでも、疲れ方と次の日の目の重さが異なってまいります。
お勉強の能率と目とは相関関係にあることに、ご留意くださればと存じます。
目の疲労を抑えたり、労わる事を意識するだけでも、だいぶ成果は異なってくるかと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年4月30日 4:35 PM |
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