独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

意外に便利、ペン立ては

お勉強といいますのは、整理整頓が肝要でございます。
お勉強とは異物との戦いでございますから、非常に高いストレスに晒されるのでございます。
ですから、普段では気にならない程度の散らかりでも、お勉強が始まった途端、癪に障るようになるのでございます。
普段でありましたら、多少、ペンが書けないものでも怒り心頭しないものでございます。
ちょっと、いらっとくるだけでありましょう。
しかし、これがお勉強のときにあたると、至極カチンとくるのでございます。もの凄くいらいらっと、ムカムカっとするのでございます。
こうした感情は、意外な力を持って、わたくし達のお勉強への集中を妨げるものでございます。
ですから、こうした自身がイライラするような事態に陥らないように、お勉強の場所を整えておく必要があるのでございます。
お勉強の際に、意外に散らかりが目立つのが、お勉強に必須の文具類でございます。
これが机の上だけならまだしも、棚とか、引き出しの中等々のあちこちに散らばってありますと、非常に乱雑な感じを与えるものでございます。
もし、お勉強の環境に、文具類が散乱しているようでありましたら、是非ともペン立てを使うことを、お勧めする次第でございます。
机の上やそこかしこにある、ペンやマーカ、鉛筆その他の文具類をペン立てにまとめて立てかけるだけで、たいへんすっきりするのでございます。
しかも、道具が一箇所にまとまっておりますので、使いたいときには、そこに手を伸ばせば済むわけでございます。
書こうとして適当なペンがなかったり、線を引こうとしてマーカーがなかったりして、その辺りを探すような無用なストレスのもとを防ぐ事ができるわけでございます。
また、お勉強を始める際にも、乱雑でない机だと気持ちがよいものでございます。始める前のストレスも、幾分か和らぐのではないかと存じます。
お勉強が終わった際に、使った文具をまとめてペン立てに、どがっと突っ込むだけでも、ああ終ったなあという、清々した気持ちになるものでございます。
是非とも、この気持ちのよさを味わっていただきたく存じます。
なお、ペン立てには、何でもかんでも、手当たり次第に文具類を入れるのはお勧めできません。
といいますのも、要らない・使えない・気に入らない文具類の墓場となってしまうからでございます。
どういうことかといいますと、インクがなくなったなどの書けない文具類は、即ゴミとなって捨てられるものでございます。
つまり、使えない即、ゴミとして消える、わけでございます。まったく書けないものは、なくなるわけです。
しかし、文具類には、グレーゾーンのものがございます。
ときどき書けなくなって、そこら辺にいたづら書きをすれば書けるようになる、気難しい文具類の事でございます。
また、書けはするけど重かったり大きかったり太かったり手触りが悪かったりで、どうにも気に入らない文具類もございます。
こうした準ゴミである、灰色の文具類がペン立てに、得てして溜まってくるのでございます。
理由は明白。捨てないがためでございます。
いつか使うだろう、使えるからと、えんえんとゴミ文具が実質的な居座り続けるのでございます。
そうすると、良品の文具類が圧されたり、また、手に取ったときに気に入らぬ文具にあたったりと、要らぬストレスの原因となるのでございます。
使えるかもしれないが使えない・使わないグレーの文具類も、基本的にはゴミでございます。
この際、お捨てになってくださればと存じます。
道具のストレスといいますのは、意外に影響がございます。
ペン立て1つでできる、ストレス予防でございます。

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愚図の先延ばし

先だってのススメで申しましたように、お勉強といいますのは、実にランダムなものでございます。
お勉強をすれば力は付きますが、しかし、それがいつ付くのかはよくわからないのでございます。
個人差が厳然としてございます。
そして、この個人差すら、個人の内側では、コロコロと異なりますから、いっそうお勉強の実情といいますのが見えにくくなっている、このように考える次第でございます。
ですから、わたくしたちと致しましては、たんたんと目の前のお勉強に処するしか、やる事がないわけでございます。
たんたんとやる、継続する、こうしたことがお勉強のコツでないかと存じます。
しかし、こうしたことをやっていくには、時間を確保しておく事が必要でございます。
ある程度の時間を確保していないと、実力上昇の偶然ともいえる機会を逃してしまうからでございます。
このための時間確保には、すぐに終ることや済むことは、即断に処置する事でございます。
愚図の先延ばし、と申します。
ぐずぐずとする人、だらだらとする人、とろとろする人といいますのは、お持ちになっている性格もありますが、半分くらいのお方は、常に何かを引きずっているのでございます。
それは1ヶ月前の事であったり、1週間前の事だったり、昨日の事、下手をしたら午前にあったことを、未着手のまま、あれこれと心を煩わせているのでございます。
心の中は、過去のあれこれでいっぱいでありますから、そら、目の前の事を即断に手を付けられないかと存じます。だって、心では、過去のことを手がけているわけですから。
過去のことといいますのは、たとえば、出さないといけない書類であったり、確認事項であったり、単にサインをして送り返すだけのものであったり、どうしたって払わないといけない公共料金であったり、溜まった郵便物の処理であったり、そういった雑事でございます。
めちゃくちゃに大事な事であればもう既にやっております。行けるトイレを我慢する人はおりません。
基本、さっさとやっちまえば済むだけの雑事を、明日あさってに先伸ばす必要はまったくございません。
髪の毛ほども、明日まで保持する必要はありません。
ならばすぐに済ませて、その分だけ時間を確保すべきなのでございます。
とろいから先延ばしをするのではなく、先延ばしをしていくから、どんどんと動作が重くなってくるのでございます。
現在、心を煩わせているものの価値を一度、値踏んでくださればと存じます。
ほっとんどのことが、意味がなく、そして、有用でもなく、そして、利することもない事が判明するかと存じます。
過去の遺物で占められていた心をご解放してくださればと存じます。
上手くやろうが適当にやろうが変わらないことに、時間と精神を割かないようにご助言したく存じます。
これだけで、時間も確保できるうえ、なんともいえない開放感を得られるかと存じます。

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すぐないは、ないも同然

お勉強といいますのは、非常にランダムなものでございます。
確かに、一生懸命やれば実力は伸びるものでございます。
しかし、それがいつ伸びるのか、というと非常に曖昧で、不確かなのでございます。
振り返ってみれば、「できる」という現象といいますのは、気付いたらできていた、気が付いたらできるようになっていた、というのが正しい事情であるかと存じます。
○○を何回やればできる、とか、××という方法を取ればできる、と明白にはいえないかと思う次第でございます。
お勉強は、薬のような薬効を求めてはならないように存じます。
朝晩の食間に5粒飲めば効く、というものではないのでございます。
今日やっても明日やっても伸びないかもしれません。
しかし、やっていれば必ずできるようになる、というのが偽りのないところでございます。
このように、お勉強といいますものは、不確かでありながら確かなところのある作業でございます。
成長や伸びのランダムさに振り回されないよう、ご注意くださればと存じます。
さて、お勉強といいますのは、ランダムでありますから、わたくしたちとしては、あまり多くの事はできないものでございます。
たんたんと、目の前の事や課題、自分のすべきことを消化してゆくのみ、でございます。
しかし、わたくしたちが確実にできる事がございます。
それは、お勉強の環境を整えることでございます。そこで誰にでもすぐにできるあることを述べたく存じます。
それは、必要不可欠なものは切らさない、という事でございます。
お勉強に絶対的に必要になるものは、必ずすぐに取れるように、使えるようにしておくのでございます。
文具類は必ず用いるかと存じますが、切れていたり書けないものはないでしょうか。
赤ペンやマーカーなどは、使おうとしたときに必ず目的を達せられるようにしておかねばなりません。
切れていたら即、予備の2本目のマーカーに手がのびるくらいに、準備をしておかねばならないのでございます。
ちなみにわたくしの、筆入れセットはぼってりと大きく、まるで、太った子ネコ程度の大きさがございます。
というのも、えんぴつやペンといった文具類を、複数個用意しているからでございます。鉛筆削りすらも2個入れております。
こうしておくことで、物を切らさないように、たとえ、切れていてもすぐに使えるようにしているのでございます。
なにゆえ、こうしているかというと、取りに行く手間と時間をなくすためでございます。
これは、お勉強中に切れていることを知って、取りに行けばいい、という問題ではないのでございます。
取りに行く事を防がんがためなのでございます。
取りにいきますと、確実に集中が途切れるからでございます。
(あそこの戸棚に取りに行こう)と席を立つ、これだけでわたくし達の集中は途切れるのでございます。
じゃ、立ったついでにトイレに、いや、コーヒーを、などなどと雑多なものが頭と心に入ってくるのでございます。
再び席についたときは、5分かそこらの時間が経っているでしょうし、おそらく、集中度は低下して、元の状態に戻すのに結構な意思力が必要と相なることでありましょう。
集中状態に入ったら、出来る限り、言葉を換えて言うなら、絶対にそのものを終らせるまでは、ある程度の目途がつくまでは、席から離れてはなりません。
離れると、余計な手間と時間を食い、また、作業の質が落ちるからでございます。
使おうと思ったものがないのは、自分で自分のやる気と集中に水をぶっかけるようなものでございます。
こうした準備は、100%確実に。こちらの側で整えることのできるものでございます。
ならば、わたくしたちは、できることはきっちりとやるべきであるかと存じます。
お勉強そのものはわたくし達の自由になりませんが、お勉強の周辺については、アレやコレやとできる事があるように考える次第でございます。

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