独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

あるべき場所に

基本的に、お勉強といいますのは、気が重いものでございます。
少なくとも、朗らかな気分でやれるものではないかと存じます。
そこで大切になってくるのが、いかにすっきりした気分で、お勉強に臨むかでございます。
本日のススメは、そうするための一工夫をご紹介したく存じます。
気持ちよくお勉強をするには、まず、物の場所を明確に決めておくことでございます。
テキストは、問題集は、過去問は、どこに置くかを、決めておくのでございます。
もちろん、教材類ばかりでは限りません。
文具類、ノート、メモ帳、メモ用紙、ポストイット、マーカー、下敷き、カードなど、もろもろの道具の置き場所を決めておきます。
物を使い終わったその都度、物をどこに置くか考えるのは、酸素と時間の無駄でございます。
また、適当に物を置いていくと、あれはどこに置いたのかわからなくなるという、要らぬ手間を食うこととなります。
物の置き場所が決まっていないのは、目に見えませんが、意外にロスと相なります。
もちろんのこと、毎回置く場所を変えると、どこにあるのかわからなくなって、イライラしてしまいます。
そんなほかごとに頭をつかうから、お勉強に向かうときには、頭がへとへとになっているのでございます。
あるべき場所にあるべき物があるだけで、無用のストレスを減らす事ができるかと思います。
専門学校や図書館の自習室、カフェ、その他ファストフードのお店だと、妙に落ち着いて勉強ができるのも、そこには、無用の物がないからでございます。
物がなければ、あるべき場所も当然ございません。
逆に言えば、物があるべきところにない物は、それだけ、ストレスの原因になるわけでございます。
まあ、上記のことは、お勉強に限らず、生活一般、お仕事やお家事一般にも通じるものがございます。
たとえば、電車の切符やバスの整理券を入れておく場所を決めておくと、どこに置いたのか不安になることは絶無と相なります。
これが決めておりませんと、読んでいる本の間に挟んだり、財布や鞄の適当なところにしまい込んだりして、改札口にて要らぬ手間がかかったり、余計な運賃を支払わなければならなくなるわけでございます。
ちなみにわたくしは、ズボンのミニポッケに切符類を入れるようにしております。18のときからの、変らぬ習慣と相なってございます。
「あるべき場所にあるべき物を」は、多くのことに応用いただけるかと存じます。
何かを変えたい、変わりたいと思うようでありましたら、まず、場所の考察から着手してくださればと存じます。
そして、その場所がない場合は、無駄な物・ゴミ・捨てられない物を、勇気と理性を持って処分くださればと存じます。
新しく始めるには、古い物を捨てねばならないことに、ご留意くださいまし。

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出来と不出来

お勉強におきましては、軽々しく深刻ぶらないことが肝要であるかと存じます。
つまり、試験勉強が始まってすぐの序盤で、自分のできなさ加減で頭を悩ませてはならない、というわけでございます。
どんな試験におきましても、クセをいうものがございます。
簡単とか、容易とか、果てには合格率50%以上といわれておりましても、そのクセなり傾向がわからないと、苦労するものでございます。
クセや傾向をわかっていないときには、その試験に適正があり、また、相応の努力を払ったとしても、言うほどに目立った成果もなく、成長の実感もないものでございます。
ですから、序盤の段階で、あーだこーだ思ってみても、仕方がないわけでございます。
そんなことで、心を煩わすくらいなら、わたくしたちにはもっと考えなければならないこと、知るべきことがたくさんあるように思う次第でございます。
序盤におきましては、出来・不出来を考えることなく、目の前のテキストの読破なり、問題集の完遂を目指してくださればと存じます。
さて、お勉強の中盤においてはどうかといいますと、まあ、これも、出来や不出来は考えずとも結構でございます。
というのも、ある程度の実力が付いてからでないと、わからないことも多々あるからでございます。
たとえば、ある定義なり表やリストが重要だといわれても、最初のうちはなぜそうなのか、わからないものでございます。
わからないものは、言うほどやる気も湧いてきません。
しかし、お勉強が進むに連れて、それらの重要性がわかるようになると、がぜん、やる気が沸いてくるわけでございます。
また、理解度もこれまでと異なり、どうしてそうなのかがわかるようになって参ります。
そうすると、なぜ、問題集や過去問なりの解説にて、そんな風に言っていたのかが、これまた、分かってくるのでございます。
お勉強におきましては、実力がある程度身につかないと、分からないことがございます。
そして、その実力は、ある程度の勉強時間が過ぎないと、身に付かないものもございます。
未だに事態は中盤でございます。
多少の不出来があっても、先に進めばわかるかな、時間が解決するかなどと考えて、全部ができないからといって深刻ぶらないようにしてほしく存じます。
さてさて、試験勉強の終盤となりましたら、出来と不出来を大いに意識しなければなりません。
逆に言えば、終盤になってから、己の出来・不出来を深刻ぶれ、というわけでございます。
本試験間近となりますと、徹底して自分の弱点や出来ないところ、間違えたところを潰して行かねばなりません。
逆に考えれば、出来ないところは失点ではなくて、1点の取れるところと考えてほしく存じます。
今はできなくても、それができるようになれば、1点となるわけですから、これが得点なのかと思いつつ、弱点の克服等にがんばるべきかと存じます。
基本的に、思い悩んで暗い気持ちで勉強しようが、あっけらかんと勉強しようが、成果が天と地ほどに変るわけではありません。
中盤後期から終盤では真剣に出来・不出来を検討して、学習計画に落としこんでいかねばなりませんが、そのほかの時期では、いうほど、深刻ぶらなくてもよいことを指摘しておきたいと存じます。

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まあまずは30分

お勉強を続けておりますと、気が重くなるときがございます。
といいますのも、やる前から、今日やる事の予想が付くからでございます。
あーしてこーして、これしてあれして、といった感じに、やる事が明白に想像でできてしまうのでございます。
もちろんのこと、お勉強の際の疲労や頭がウニになるような感触も、同時に頭の中に浮かんでしまうのでございます。
今日やる事が最初から最後まで浮かんでしまう、ということは、それほど悪いことではありません。
何と言いましても、自分のすべき事がわかっている証拠だからでございます。
しかし、気は重いのでございます。
また、やってやれないこともないことを、存分に知ってはいるのでございます。
だって、おとといも昨日も、やってきたことだからでございます。
しかし、さりとて、気の重さはあるといった次第でございます。
今日のお勉強を始める前に気が重いときは、30分だけがんばってみるようにすればよろしいかと存じます。
1時間も、2時間も、それ以上のお勉強をする事を考えれば、誰だって気が重いもの。
そこで、まあまずは、30分のお勉強をすることから、考えるのでございます。
わたくし自身の経験からいたしますと、30分の壁を超えれば、長々とお勉強ができるように思う次第でございます。
この30分は、スポーツで言います準備運動に当たるのではないかと考えます。
各種スポーツでは、身体を体操や軽い運動で温めてから、本格的な作業に入るかと存じます。
お勉強も、一種の頭のスポーツでございます。
ですから、30分の準備運動をして、本格的なお勉強に入っていけば良いかと存じます。
よっぽど難しいことや難解複雑なことをしなければ、30分を過ぎた後もお勉強を継続していけるかと存じます。
マラソンと同じような理屈でございます。
走る前から、ああ今日は10kmも走るのかあ、と思ったりすれば、やる気などは穴の開いたバケツの水のように漏れ出でることでありましょう。
走っているときは、ゴールのことを考えるのでなく、あの電信柱あの曲がり角あの信号まで、と手短な者を目指して走ると、疲れないと申します。
お勉強も、今日の勉強が何時間にもなることを考えれば、鬱々とするものでございます。
ならば、手短な30分という、それほど負担にならない時間から、考えていくといった次第でございます。
気の重いときは、まあまずは30分と、ゆるゆるっとしてそれ程気合も入れない程度から、お勉強を見ていってほしく存じます。

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