独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

激昂したら

お勉強をしておりますと、ときに激昂するものでございます。
あまりに問題が難しいと、頭に血が上ります。
あまりに何がなんやら分からないときも、血が上ります。
説明不足のテキストの記述にぶちぎれることもございます。
問題集や過去問の解説も同様でございます。
おめぇ、何を解説してんだよ!と、さまぁ〜ず・三村風に突っ込みたくなるものでございます。
憶えたはずなのに完全なまでに忘れていると、これまた、自分のせいなのですが、かあっとしてしまいます。
理解したはずなのに、後でやってみると全然で、自分のことながら不甲斐なく、とさかに来るものでございます。
しかし、不思議なことに、なぜか、ムカついて怒っているときほど、お勉強をしてしまうのでございます。
お勉強七不思議のひとつでございます。
ムカついたり腹が立ったら、普通はやめるものでございます。もういいよ、てな感じでございます。
しかしなぜか、お勉強におきましては、そのまま、かっかとした状態で続けてしまうのでございます。
しかし、でございます。
頭に血が上っていて業ッ腹のときは、そのままお勉強を続けても1つも成果は生まれないのでございます。
そのままで、何時間やろうとも1つも理解したり憶えたりできないのでございます。
逆に、自体はどんどん悪くなるものでありまして、どんどんどんどん、分かっていたところは分からなくなって、そして、ますます、激昂してくるのでございます。
かあっと来た際は、まず、中断することが肝要でございます。
かあっとした状態では、間違っても以降のお勉強が円滑に進みません。マイナスのみ。
ならば、やめた方がマイナスにならない分、トクなわけでございます。
止めたら、なんでも結構でございます。
雑事なり雑用なりを、必ずすることでございます。
本棚の整理でも結構でございます。要らない本、去年一度も開かなかった本は多数あるはずでございます。
靴の整理、捨てる下着の選別、CDラックの整理、パソコンの周辺機器の整頓・埃とり、ベランダの整頓、玄関の整理など、探せば雑用の類はいくらでもあるかと存じます。
そして、その雑用を一生懸命、集中して行います。20分から30分程度でしょうか。
そうしますと、頭のお勉強の部分に溜まっていた血がほかに流れるのでしょうか、ふっと事態が見えてくるのでございます。
ときには、あーしたらいいんじゃないかという名案が沸いたり、自分の見落としていた点を発見したりするのでございます。
激昂した際には、気分転換というのがとても大事になってくるかと存じます。
イライラしてきて、うまくいかない予兆が出て来て参りましたら、意地を張らず、お勉強は中断することをお勧めしたく存じます。
また、詭弁ではありますが、イライラからの逃避先として、雑事なり雑用をストックしておくのも、結構であるかと存じます。野菜室の掃除などは、その筆頭であるかと存じます。

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気持ちを整える

お勉強には、やる気と切っても切れない関係がございます。
やる気がなかったり、湧かなかったりすると、お勉強といいますのは進まないものでございます。
では、このやる気とは、何かと申しますと、それは気持ちではないかと存じます。
人といいますのは、ほんとうに感情の生き物でありまして、いい気持ちなら疲れていてもお勉強ができてしまうものでございます。
逆に、気分が悪いときには、疲れてなくても、テキストの1ページすら読みたくなくなるものでございます。
お勉強は継続が大切でございますから、気分次第でお勉強したりしなかったりではよろしくありませんが、お勉強の能率や進捗というのは、気持ちの状態に強い因果のあることを意識の片隅においていてくださればと存じます。
では、問題なのが、気持ちをどう整えるか、でございます。
お仕事がらみや人間関係のどうしてもアレしてしまうものは、致し方がありません。
お給料とは我慢料、腐れ縁に逆縁などの言葉は、今でもしっかり根付いておりますが、やはり、それらの悩みは尽きないものでございます。
こうしたことは、どう思おうが、まあ、ぶっちゃけいえば、心のなかで何回ぶちのめしても変わらないものでありますから、考えないようにするのが賢明でございます。
わたくしたちが気持ちにおいてできることは、くだらないことやつまらないことでいっぱいにしないことでございます。
こうしたことは、普通に生きていたら引きも切りません。
歩いたらガムを踏んだ、ウンチを踏んだ、近所の犬が壁におしっこをする、ゴミを捨てに行ったら回収されていた、ゴミを出したらカラスが突いて散乱して、私生活がもろになってしまった、駐輪場の自転車が乱雑、頼んだ事ができてない、色々とございます。
電車に乗ることでさえ、不満や苛立ちはございます。
臭いポマード、きつい香水、近くで化粧、腋臭、異臭、体臭、濡れた傘があたる、並んでいたら順番を無視される、家を出て駅に着いたら定期やカードを忘れてたなど、何でもいらだちの元でございます。
しかし、こうしたことでいちいちむかついていたら、心のエネルギーは拡散するのみでございます。
読む物、見る物も気持ちには影響を及ぼします。
陰惨なニュースがよく目に付きますが、なんてことはない、そういうものをテレビ局はピックアップして放送するのでございます。
読み物も、最近は人の目を引くことに一生懸命で、見ると疲れてしまいます。
わたくしは、最近とみに雑誌を買わなくなりました。表紙倒れともうしますか、内容がないのでございます。これなら、識者のブログやまとめ系ブログを読んでいるほうがよっぽど満足があるものでございます。
お勉強を抱えているのでありましたら、まず、下らぬことで心を惑わせないことでございます。
そして、見る物と聞く物を選ぶ事でございます。
ニュースやテレビ、その他のwebサイトやブログなどは、お勉強後に見るのが賢明かと存じます。見てしまえば、どうしても影響を受けてしまうからでございます。
ならば、まずお勉強を済ませてから、気分転換なりで見るのが宜しいかと存じます。
お勉強がはかどらない際は、少し自分の心を確かめてみることでございます。
感情の使い方や、見る物や聞く物を変えてみるだけで、気持ちは変ってまいります。
気は持ちようとは、よく言ったものだと痛感する次第でございます。

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気はぬいたらあかんね

お勉強といいますは、まあ、基本は適当といいますか、根を詰めないようにするのが肝要でございます。
もちろんのこと、このことは真面目にやらないというわけではないのでございます。
やるときは真面目にやりますが、めちゃくちゃにがんばらないのでございます。
といいますのも、独学と申しますのは、基本的に監視をする人がおりませんので、やめようと思えばいつでも好きなときに止めてしまえるのでございます。
「もうすこしがんばろうぜ!」という人がいませんから、あまりに自分を追い込みすぎてしまうと、途端に嫌になってしまい、お勉強が頓挫なり挫折をするわけでございます。
無理を通せば、ほんとうに道理は引っ込むもの。
お勉強にがんばったら、後で長期のスランプに陥って、がんばった事がすべて水泡に帰したなんてこともございます。
この点、独学には独学の特性がございますので、よくよく考えてお勉強してくださればと存じます。
さて、独学の特性と申しますと、その他のサポートがないのも、その特徴であるかと存じます。
いってしまえば、すべてのことを自分でやらないといけないわけでございます。
願書は自分で取りにいかないといけませんし、資料は自分で探さないといけませんし、情報の取捨選択も、自分でやっていかねばなりません。
よい例えをするなら、わたくしたちというのは、超零細企業であるとお考えくださればと存じます。
それはちょっとという方は、まあ、自分の腕が頼みの職人、とでもお考えくださればと存じます。
2つに共通するのは、毎日が勝負という点でございます。
毎日がんばりすぎて、数ヵ月後に身体が動かなくなってしまえば、その時点でその事業はぽしゃってしまうのでございます。
専門学校等でありますと、まあ、質問体制や相談コーナーなどの、いうなれば福利厚生が充実してございます。
しかし、独学と申しますのは、この点、非常なほどの素寒貧でございます。
自分でやらずしては、何も始まらないものでありますから、気を抜けないのでございます。
基本的に、気を抜くのは本試験を受けた後だけ、でございます。
独学は、基本的に楽天的で、追い込まず、気を楽に行うものでありますが、それは、「気」を本試験まで維持せんがためでございます。
いったん気を抜ききってしまうと、再び元の地点に戻るのには結構な時間がかかります。
ゆっくりやっても構いませんし、多少、できなくても、わからなくても構いませんが、ただ、気だけは完全に抜かないようにしてくださればと存じます。
成長や実力の伸びというのは、想像以上に遅れてやって参ります。
この点も併せて、頭の片隅にでも置いていてくださればと存じます。

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