独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

スピードアップはします

結論からいいますと、お勉強というのは多少、遅くてもよいというのが持論でございます。
といいますのも、やっていくうちに、問題を解くスピードなり、テキストを読む速さなりは、どんどん速くなってくるからでございます。
最初から序盤にかけては、もの凄く遅々たる歩みでございますが、ある程度、お勉強の方が進んで実力が備われば、自然と速くなって参ります。
テキストの読み込みにおきましても、問題集や過去問の演習におきましても、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目の方が総じて速いものでございます。
やることをちゃんとやっていけば、必ず速くなって参ります。
というのも、やるべきポイントや見るべきポイントがわかってくるからでございます。
具体的には、テキストのどこを憶えればよいのか、何が問われるのか、よく問われる単元はどこか、出題される表やリストはどれか、しつこく聞かれた重要語句・用語は憶えているかなど、読んだり解いたりする上で大切な情報が把握されるために、否が応にも速くなって来るのでございます。
例えば、引越しで見知らぬ町に住むようになったときは、最初はよく知らない道でどこに行くのも時間がかかるものでございます。
しかし、だんだんと何がどこにあってどのくらいの距離があるかがわかってくるにつれて、移動時間は短くなるものでございます。
お勉強も、これと同様の事情にあるのでございます。
的確でポイントを絞ったお勉強をしていけば、自然とスピードは増すものであることを、意識の片隅にでも置いてくださればと存じます。
ですから、序盤や中盤にかけて、自身の歩みの遅さに戸惑ったり、遅いからといって焦ったり、不安になったりする必要はないのでございます。
また、意図的に、速くやろうと考えなくてもよいのでございます。
やることさえやっていれば、速くなっていくのですから、目の前のやるべきことや自分の課題を確実にこなしていくほうが、よほど、スピードアップに貢献するものでございます。
無駄に速くやろうとして杜撰な勉強になった結果、ますます実力が付かなかったというのは、失敗談の典型でございます。
ちなみにわたくしは、速くやろうと考えてお勉強をしたことはありません。最終的には速くなることを知っているからでございます。
逆にいえば、ある程度のお勉強をこなしているのに進みが遅い、といいますのは、単に実力が付いていない証でございます。
実力とは、否が応にも速さと比例するものでございます。
そこそこ勉強はしているが遅いという人は、自身のお勉強を内容をきちんと点検してみて、重要語句や用語を確実に憶えているかどうか、定義や条件などの試験で問われやすいものをおさえているかどうかを確かめることでございます。
問題集や過去問でも、1つ1つの選択肢にまで検討を加えているかどうか、これまた、確認でございます。
お勉強におきましては、意識的に速くする対策などは必要はありませんが、実際に速くなっていないのは、お勉強のどこぞに欠陥がある証でもございます。
速さの点から、お勉強の内実をお確かめくださればと存じます。
実力とともに速くなるわけでありまして、速くやれば実力が付くわけではないのでございます。

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勉強方法の云々

結論からいいますと、勉強の方法云々といいますのは、ある程度のお勉強が進んでからとなります。
最初からベストのやり方を模索するよりも、泥縄式でも始めていくのが穏当な勉強方法かと存じます。
といいますのも、いい方法か悪い方法かというのは、ある程度の実力がないと判断ができないからでございます。
当の本人がまともに判断ができないのですから、得てして、何か人なり物なり言なりの根拠を持ってこなければならなくなります。
正しそうな意見を、現実感のある意見を、たくさん集めることになるかと存じます。
しかし、どれだけ意見をたくさん集めましても、それらを取捨選択し総合して、ある1つの方針なり指針へと組み上げていくのは、実に頭脳的な働きが必要となるものでございます。
それは、実に高度な作業であるわけでございます。
わたくし個人的には、情報という形で意見は集めはしますが、ある程度で集めるのは止め、いきなりお勉強に入るのを常としております。
いざやってみた方が、すぐに、よくわかるからでございます。加えて、こちらの方が先に述べた総合化よりも楽だからでございます。
教材の良し悪しなどは、その典型であるかと存じます。
よいものかどうかを、Webの数十ページに渡って調べに調べるくらいなら、書名と出版社名をメモって、どこぞの帰りに本屋によって実物を見たほうが、よっぽどマシな判断を下すことができます。
やってみないとわからない、というのは、結構たくさんあるものでございます。
スゲエ難しい、といわれているところが、それほどでもないことは、腐るほどある現象でございます。
逆に、簡単なものといわれているのに、どえらい手間取ることも、これまた多々あるものでございます。
お勉強の方法についても、また、かくの如しでございます。
多少不安ではありましょうが、ある程度の意見や情報が集まれば、エイヤっ!とお勉強を進めていくべきかと存じます。
考え違いをしている方がおられるかもしれませんので、ここで釘を刺しておきます。
ある方法を取れば、魔法の粉にかかったように、合格できるような勉強方法はございません。
また、その方法を取れば、お勉強がまるで唐人手品のように簡単になるものでもありません。
お勉強に苦労と努力は付き物でございます。
よい方法とは、簡単になったり即合格できるようなものではなくて、努力を成果・結果につなげてくれる方法がよき方法なのでございます。
わたくしは、勉強の負担を軽くしたりなくすような方法はいりません。
わたくしがほしいのは、確実に合格できる方法でございます。努力はいたしますから、かなりの高い可能性で結果につなげてくれる方法でございます。
わたくしは努力はしますし、相応の労力と時間、そして、予算を割く気持ちでおります。ただ、確実に合格したいだけなのでございます。
基本的に、最初から最適な方法を云々するよりも、まずは、お勉強を始めてテキストを3回、問題集を3回解くところまでこぎつけるべきかと存じます。
そして、そこから、最も適したお勉強の方法を模索していくべきかと存じます。
実力が付いてないのに、方法の適否は判断できぬように思います。
判断力がないために、ダメでスカめいた方法を選んでしまい、お勉強がおじゃんになるよりかは、泥縄式の試行錯誤の方が宜しいかと存じます。

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間違う練習

失敗や間違えがこたえる、気になってしまうという人がおられるかと存じます。
確かにそうかもしれません。
もっとうまく行く方法があるのに、こんな失敗をするのは馬鹿馬鹿しい、徒労ではないか、というわけでございます。
また、何か失敗してしまうと、無能力者の烙印を押されると申しますか、馬鹿というラベルを貼られるといいますか、非常にイヤな感情が沸き起こる人もおられるかと存じます。
お勉強におきましては、この点、理性にてしっかり割り切ってほしく存じます。
といいますのも、失敗したらダメなのは、だた本試験というその日だけだからでございます。
また、独学でありますから、どれほど馬鹿げた間違いをしようとも、誰に責任を取るわけでも、誰の目が気になるわけでもありません。
所詮は、1個人であるわたくし達自身の問題でございます。
アレな話ですが、くしゃみをしたときに、ちょっぴり漏らしてしまう経験をされた方もおられるかと存じます。
大丈夫かなとおならをしたら、アレしてしまったことも、恐らく多くの方がご経験済みかと存じます。
会社や電車の中、パーティ・会食中であるなら、非常に非常にまずいことでございます。
しかし、自分の家の自分の部屋なら、まったく少しも問題ではありません。
失敗や過ち、間違いといいますのは、一部の物を除けば、大変に相対的なものでして、気にすべきかそうでないかは、分かれるものでございます。
間違いや失敗をしてならないのは、先ほどもいいましたように、本試験のそのときでしかありません。
なら、それ以外の時は、やっても構わないと言うことでございます。
間違いや失敗にも、教訓やヒントがたくさんございます。いや、いってしまえば、それらの中にこそ、次の段階へと進む種子が潜んでいるものでございます。
間違えない・失敗しないことだけに注意しておりますと、次の種が取れなくなってしまうのでございます。
間違いや失敗をしても、通常のお勉強であれば、ほんとうに何てことありません。
本試験が著しく不利になるわけでもないし、誰かに嫌われることもないし、悪い評判が立つわけでもないし、悪いことは基本、何も起きないことでしょう。
間違っても大きな影響は、ないのでございます。
何度も間違ってもそれほどのものがないことがわかってきたら、「なあんだ、間違っても別にいいじゃん」みたいな蛮勇といいますか敵を呑むタイプの勇気も沸いてくるものでございます。
正解をすることも勉強の一部ですが、間違うこと・失敗することも勉強になる点、意識の片隅にでも置いていてくださればと存じます。
逆を言うなれば、通常のお勉強といいますのは、間違うための練習である、といってもよいかと思います。
また、同様の趣旨でございますが、問題を解くのにこんなに時間がかかるなんてダメだ、とか、テキストを読むのにこんなに手間取るなんてダメだなあ、などとお考えないようにしてくださればと存じます。
1秒1分を争うのは、唯一、本試験というごくごくごくごく、限られた時間でしかありません。
大体のことというのは、10分か15分、果てには30分遅れようが、なんともないものでございます。
陸上競技者やF1レーサー、空軍パイロットでもないのに、時間を気にするなど愚かであるかと存じます。
通常のお勉強の際に、時間が気になって焦っても、何1つ利となることはありませんので、この点も、考え直しをしてくださればと存じます。

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