独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

頭に血がのぼる

タイトルのままのお話でございます。
時折、全く読めなくなったり、解けなくなったり、書けなくなったりすることがあるかと存じます。
おかしいな、ついさっきまでは、スラスラできていたのにな、という思いを、味わったことがあるかと思います。
わたくしには、こういう現象がとみに多いものでありまして、昼過ぎともなれば、計算ミスはするわ、忘れ物はするわ、考えても名案は少しも湧かないわ、眠たいわ、メールの文章が1つも出てこず真っ白なことがよくあるのでございます。
それで、これではたまらんちん、というわけで、原因を探求していたのでありますが、体調不良や疲労は別にして、ある原因を見出したのでございます。
それが、本日のススメにある「頭に血」でございます。
できないときの自分をアレコレ思って見ますと、大概、頭がぽわぽわしていたり、ぼわぼわしているのでございます。
そのほか、頭がぼおっとなんとも空虚で白濁しているときや、非常に頭が重いときも、事が捗らないことを発見したのでございます。
これらこそが、頭に血がのぼった状態ではないか、というわけでございます。
脳というのは1番血液を必要とするところのようで、そういえば、考えに考えたり、読むに読んだり、解きに解いたりすると、だんだんと頭も重くなってくるものでございます。
それは即ち、頭の脳にどんどんと血液が入っていっているからこそ、その血流の分だけ、重くなるのではないかというわけでございます。
ロダンの考える人は頬杖をついていますし、考えるときというのは、机に肘をのせて頬杖付いて考えるのも、頭を使うと増加した血液分だけ、頭が重くなるからでは、と考え付いたのでございます。
頭のぽわぽわも、これまた、血流増加現象の1つではないかと、考えた次第でございます。
ですから、試しに、頭が重くなってきたり、ぽわぽわしたり、いくら考えても頭の中が真っ白のときは、一旦作業は中止して、他事をするようにした次第でございます。
大事なのは立ち上がって何かをすることかと存じます。座っていると、足の方に血が回らないからでございます。
その中でも、最も効果があったのが、散歩でございます。
30分ほど歩いて作業を再開すると、驚くほど進捗は上がりました。
そういえば、会議では少しも案が出ないのに、休憩の移動の際の立ち話でふと、打開案が出るのはよくあることでございます。
以上の事は、わたくし自身の頭への観察から引き出したものでありますので、お読みの皆さん全員に適うものではないかと思いますが、「頭の血」の観点から、作業の進み具合を見ていくと、意外なる改善につながるように思います。
結局、お勉強というのは、頭がよく動くときによく進むものであり、乳白色に濁った頭では、どれほど意思の力を用いても、進むのは遅々たるものになるかと考える次第でございます。
うまくいかない状態なら、その状態のままグダグダ続けるよりも、、さっと作業を切り替え何か他事をするなり身体を動かすなりして、再度、仕切りなおしたほうが、心身と進捗ともによいものがあるかと思います。
我が事ながら、意外に「頭の血」は、事の成否を握っているように思うのでございます。

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スピードアップはします

結論からいいますと、お勉強というのは多少、遅くてもよいというのが持論でございます。
といいますのも、やっていくうちに、問題を解くスピードなり、テキストを読む速さなりは、どんどん速くなってくるからでございます。
最初から序盤にかけては、もの凄く遅々たる歩みでございますが、ある程度、お勉強の方が進んで実力が備われば、自然と速くなって参ります。
テキストの読み込みにおきましても、問題集や過去問の演習におきましても、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目の方が総じて速いものでございます。
やることをちゃんとやっていけば、必ず速くなって参ります。
というのも、やるべきポイントや見るべきポイントがわかってくるからでございます。
具体的には、テキストのどこを憶えればよいのか、何が問われるのか、よく問われる単元はどこか、出題される表やリストはどれか、しつこく聞かれた重要語句・用語は憶えているかなど、読んだり解いたりする上で大切な情報が把握されるために、否が応にも速くなって来るのでございます。
例えば、引越しで見知らぬ町に住むようになったときは、最初はよく知らない道でどこに行くのも時間がかかるものでございます。
しかし、だんだんと何がどこにあってどのくらいの距離があるかがわかってくるにつれて、移動時間は短くなるものでございます。
お勉強も、これと同様の事情にあるのでございます。
的確でポイントを絞ったお勉強をしていけば、自然とスピードは増すものであることを、意識の片隅にでも置いてくださればと存じます。
ですから、序盤や中盤にかけて、自身の歩みの遅さに戸惑ったり、遅いからといって焦ったり、不安になったりする必要はないのでございます。
また、意図的に、速くやろうと考えなくてもよいのでございます。
やることさえやっていれば、速くなっていくのですから、目の前のやるべきことや自分の課題を確実にこなしていくほうが、よほど、スピードアップに貢献するものでございます。
無駄に速くやろうとして杜撰な勉強になった結果、ますます実力が付かなかったというのは、失敗談の典型でございます。
ちなみにわたくしは、速くやろうと考えてお勉強をしたことはありません。最終的には速くなることを知っているからでございます。
逆にいえば、ある程度のお勉強をこなしているのに進みが遅い、といいますのは、単に実力が付いていない証でございます。
実力とは、否が応にも速さと比例するものでございます。
そこそこ勉強はしているが遅いという人は、自身のお勉強を内容をきちんと点検してみて、重要語句や用語を確実に憶えているかどうか、定義や条件などの試験で問われやすいものをおさえているかどうかを確かめることでございます。
問題集や過去問でも、1つ1つの選択肢にまで検討を加えているかどうか、これまた、確認でございます。
お勉強におきましては、意識的に速くする対策などは必要はありませんが、実際に速くなっていないのは、お勉強のどこぞに欠陥がある証でもございます。
速さの点から、お勉強の内実をお確かめくださればと存じます。
実力とともに速くなるわけでありまして、速くやれば実力が付くわけではないのでございます。

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勉強方法の云々

結論からいいますと、勉強の方法云々といいますのは、ある程度のお勉強が進んでからとなります。
最初からベストのやり方を模索するよりも、泥縄式でも始めていくのが穏当な勉強方法かと存じます。
といいますのも、いい方法か悪い方法かというのは、ある程度の実力がないと判断ができないからでございます。
当の本人がまともに判断ができないのですから、得てして、何か人なり物なり言なりの根拠を持ってこなければならなくなります。
正しそうな意見を、現実感のある意見を、たくさん集めることになるかと存じます。
しかし、どれだけ意見をたくさん集めましても、それらを取捨選択し総合して、ある1つの方針なり指針へと組み上げていくのは、実に頭脳的な働きが必要となるものでございます。
それは、実に高度な作業であるわけでございます。
わたくし個人的には、情報という形で意見は集めはしますが、ある程度で集めるのは止め、いきなりお勉強に入るのを常としております。
いざやってみた方が、すぐに、よくわかるからでございます。加えて、こちらの方が先に述べた総合化よりも楽だからでございます。
教材の良し悪しなどは、その典型であるかと存じます。
よいものかどうかを、Webの数十ページに渡って調べに調べるくらいなら、書名と出版社名をメモって、どこぞの帰りに本屋によって実物を見たほうが、よっぽどマシな判断を下すことができます。
やってみないとわからない、というのは、結構たくさんあるものでございます。
スゲエ難しい、といわれているところが、それほどでもないことは、腐るほどある現象でございます。
逆に、簡単なものといわれているのに、どえらい手間取ることも、これまた多々あるものでございます。
お勉強の方法についても、また、かくの如しでございます。
多少不安ではありましょうが、ある程度の意見や情報が集まれば、エイヤっ!とお勉強を進めていくべきかと存じます。
考え違いをしている方がおられるかもしれませんので、ここで釘を刺しておきます。
ある方法を取れば、魔法の粉にかかったように、合格できるような勉強方法はございません。
また、その方法を取れば、お勉強がまるで唐人手品のように簡単になるものでもありません。
お勉強に苦労と努力は付き物でございます。
よい方法とは、簡単になったり即合格できるようなものではなくて、努力を成果・結果につなげてくれる方法がよき方法なのでございます。
わたくしは、勉強の負担を軽くしたりなくすような方法はいりません。
わたくしがほしいのは、確実に合格できる方法でございます。努力はいたしますから、かなりの高い可能性で結果につなげてくれる方法でございます。
わたくしは努力はしますし、相応の労力と時間、そして、予算を割く気持ちでおります。ただ、確実に合格したいだけなのでございます。
基本的に、最初から最適な方法を云々するよりも、まずは、お勉強を始めてテキストを3回、問題集を3回解くところまでこぎつけるべきかと存じます。
そして、そこから、最も適したお勉強の方法を模索していくべきかと存じます。
実力が付いてないのに、方法の適否は判断できぬように思います。
判断力がないために、ダメでスカめいた方法を選んでしまい、お勉強がおじゃんになるよりかは、泥縄式の試行錯誤の方が宜しいかと存じます。

(さらに…)