独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

フェレンギ人のバイブル 1〜3

『1. もし他人のものを拾っても、絶対返さないこと。』
自身が、やるかやらないかは別にして、こういう人がいるということは、胸にしておくべきである。
物を貸しても返さない人がいるのだから、物を拾ったなら、更に返さないのは自明の理である。
一言で言えば、物を落とすな、そして、物を落とすかのような扱いはするな、である。
もっと言えば、大切なものは外に出さず、しまっておけ、である。見せびらかすな。
取り返すために徒労を重ねるよりも、落とさないように・無くさないする。これ肝心である。
また、落とした当の本人が、忘れていることは多々ある。お金ですら、落とし主は出てこないときがある。(表にはできない犯罪がらみの資金や脱税で銀行にも置けないお金だろうけれども。)
こういう人・こういう事情もあるのだから、返そうとしなくてよかろう。
また、拾ったものが盗品なら、もうけもの。こちらは善意の第三者。
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『2. 正直な顧客はだますことができない。しかしやってみる分にはかまわない。』
正直な人、素直な人は、得てしてだますことはできない。
そして、常識を持つ人も、これまた、騙し難い。
中途半端に欲を持つことの愚かしさを知っているからだ。正直者は、ほんとうに騙されない。
しかしなかには、それを装う者もいる。
そして、欲を出して騙されたときに、正直者を装う者もいる。自分の動機や欲を棚上げして、騒ぐ。
騒ぐのが大きいほど、衒う者である。自身の欲を隠す者である。
目の前の人が本物かどうか、試してみる意味でも、「やってみる分には構わない」のである。
天はお見通しであり、天がそれをやっているのかもしれない。
ただ、騙すかどうかは、本人の道徳に拠るだろう。また、騙されたのなら、自身が正直者かどうか、改める機会とすべきであろう。
再度言う、中途半端に持つ欲ほど、身を損なうものはない。
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『3. ものを手に入れる時、必要以上に金を使わない。』
骨董を買うときに、どんなにほしくても、決めたそれ以上の額を使わない人がいる。
賢明な買い方かと思う。人は、意外に自分の買う「物」がわかっていない。知らない物を買うときは、得てして、大損する。
物の価値がわからぬ者が、得てして、余分のお金を使うのだ。知性の問題なのである。
また、お金を使うときは、財布の紐がかなり緩んでいることを知らなくてはならない。
家を買うと、なぜだか、ばったばったと家具を買い込む人がいるが、典型的な例である。
そのときこそ、〆に〆て、有用かつ長く使えるものを吟味し、よくよく考えてそろえていかねばならない。
紐が緩んでいるので、あっというまに、お金が飛んでいくのである。
「必要以上」というのは、自身の必要を知ってこそのものである。
必要を知る、要を知ること、お金のかなめを知ることが、よりよいお金の使い方であるように思う。
逆の、必要以下に払わない、としないところがいいと思う。
必要な分を払わねば、必ずどこかで取り返される。長い目で見ればほんとよくできている。

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良くも悪くも

お勉強をサボってしまうこともあるかと存じます。
それは受験生なら、誰でもやることでございます。それほど深く気にすることはないように思います。
確かに、サボりはよくないことでございます。
しかしながら、それが完全に悪なのかといいますと、そうでもありません。
自分はこういう状態になったらサボる、ということを知ったわけでございます。
以降で、そうしないよう、そうならないように注意をすれば、今後は、お勉強をサボらなくなるといった次第でございます。
ならば、そのときのサボりは、今後のサボりをなくす「よき」サボりと成るわけでありまして、振りかえ見れば、よいことになってしまうわけでございます。
逆もありましょう。
イヤだったけれども、無理をしてやったと致します。
これのみを取り上げれば、よろしきことでございます。
さて、しかし、この無理が発端となって、無理に無理を重ねるようになったとしたら、どういう塩梅になるでしょうか。
想像の通りに、ストレスは増し増し、嫌気は高じていくでしょう。
そして、ある一線を越えたときに、お勉強は放棄や挫折へと傾くといった次第でございます。
よかったことでも、後の進展が良くなければ、それは良かったことではなくなって、悪しきことになるわけでございます。
世の中の事象の多くは、何か特定のもので出来上がっているわけではないのでございます。
良いことと悪いこと、そして、普通のことでできている、といってもようございます。
友達が多い・お付き合いが多いというのは、確かによいことですが、結婚式によばれまくりのために、貯金がまったくないという方もおられます。
そら、毎月1回は結婚式に出席しておれば、その出費は相当たるものになるでしょう。
付き合いがよいというのも、よかれ悪しかれするのでございます。
さてさて、お勉強のお話に戻したく存じます。
今、そうであっても、これからそれをうまい方向に変えて行けば、いくらでもその失敗や失策はカバーできるものでございます。
テキストを読み直してみたら、、まったく憶えられていなかった。よくあることでございます。
しかし、1つ確かにいえるのは、これまでの憶え方では良くない、非効率であるという教訓を引き出したわけでございます。
それをどう変えていくかでございます。忘れていても、これから忘れ難い憶え方を編み出すことができたなら、万々歳でありましょう。
未来というのは、未だ来てないものでありまして、いかようにでも、変えることができるものでございます。
完全なる良し悪しなどないこと、そして、今の良し悪しなど先々で大きく変ってくることを、ご配慮くださればと存じます。

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タオルぐるぐる巻きで

暑ければ冷やせばよい、というのが普通の考え方でございます。
しかし、ひねくれ者のわたくしとしては、そのようには考えないのでございます。
わたくしが思うに、冷房の大半はムダでございます。
というのも、わたくしたちの涼しさというのは、身体で感じるよりかは、頭と脳で感じるがためでございます。
わたくしたちは、涼しくはなくても、それほど暑さを感じなくなることは可能でございます。
たとえば、インド人のターバンでございます。
インド人を真似て、頭にタオルを巻いておくと、結構、暑さに耐えうるのでございます。
農家のおばちゃんは頭に角隠しのようなものを装着しておりますし、おっさんは農協の帽子を被っております。
ラーメン屋の厨房のおっさんも、手拭を頭に巻いている人が多いかと存じます。髪の毛が落ちないための配慮に加え、厨房内の地獄の暑さに対する策のように思います。
単純な話、頭を外気と隔離して、ある一定の空気の層を作れば、暑さには耐えうるのでございます。
考えても見れば、身体というのは、暑さには意外に耐性があるものでございます。
乱暴な言い方ですが、100度のお湯がかかってもやけどで済むわけでありまして、逆にいえば、100度のものが触れても死にはしない、という塩梅でございます。
しかし、頭は殊の外、暑さには弱いのでございます。
体温計は42度までしかありませんが、どうしてかというと、体温が42度を超えると、脳に障害が出て来るのでございます。
わたくしが聞くには、脳がゆで卵のように、固まってしまうとのことでございます。
ですから、頭には髪の毛があり、そこに空気の層を作り、頭の温度が上がり過ぎないように、調整しているといった次第でございます。
頭は熱に弱いからこそ、暑さに対しては敏感に反応するのでございます。
お試しくださればすぐにわかるかと思いますが、頭にタオルなりをぐるぐる巻きにしておくと、空調の温度を数度上げても、結構快適なのでございます。
逆にいえば、あまり温度を下げると、身体が冷えるは代謝が落ちるわと、あまりよいことはないのでございます。
一晩中空調を効かすと身体の体調が悪くなる人は、どうぞ頭にタオルを巻いて寝てみてください。
また、台所でどうしても火を使うため暑く感じる方は、頭をスカーフか何かで巻いておくと、おしゃれかつ暑差が和らぐので宜しかろうと存じます。
ま、暑さが和らぐのではなく、暑さを感じなくなる塩梅ではありますが、体感温度は数度、違ってくるかと思います。
また、タオルぐるぐる巻き+扇風機+空調の3点コンボは、これまた、涼しさ倍増となります。
夏には汗をかくようになっておりますので、やはり、汗をかくほうがよいといわれております。
代謝が落ちてしまえば、元も子もありません。
が、暑すぎてバテてしまえば、これもまた、元も子もありませんので、冷やしすぎず、暑くなりすぎず、いろいろと工夫しながら、暑い最中を乗り越えてくださればと存じます。

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