お勉強の進め方として典型なのは、ノルマ方式でございます。
つまり、「1日○ページ読む!」とか、「○問ずつ問題演習をする!」といったように、日々のお勉強の分量を、あらかじめ決めているわけでございます。
ノルマ方式でお勉強を進めておられる方も、多数おられるのではないかと存じます。
ノルマ方式は管理が楽、という点がございます。グダグダ考えず、とりあえずそれだけやればよい、という気楽さがございます。
しかしながら、ノルマの影には、きつい・厳しい・続かないという副作用がございます。
だいたいにおいて、ノルマが課せられる裏には、報奨金やごほうびといった「あめ」がございます。
アメとムチとがあってこその、ノルマ方式なのでございます。
実際問題、「あめ」なくしては、ノルマという「ムチ」は通用しないのでございます。
アメとムチの背景には、動物の調教がございます。
びしっとムチで叩いて芸をやらせば、必ず後で甘いものを与えたり撫でてやったりするわけでございます。
だからこそ、猛獣でも命令や指示に従うのでございます。
もし、「あめ」の部分を考えずして、ムチだけを振るえば、あっという間にかみ殺されることでしょう。
お勉強でも同様に、ノルマであるムチばかりを強調し、「アメ」を考えずにいたら、あっという間にお勉強は挫折や放棄に傾いて行くものでございます。
ノルマ方式というのは、表裏一体と申しますが、表の部分と裏の部分とを踏まえてこその方法であることをご理解くださればと存じます。
単純に、○ページやるといったノルマ表記だけでは、何かそこに、ごほうびを設定しない限り、継続できないのでございます。
独学におきましては、厳密たるノルマではなく、目安という形で、日々のお勉強の進捗を管理するものでございます。
目安という形であれば、柔軟に対応できるのでございます。
時間の取れないときでも、(目安の分だけは済ませておこう!)という発奮材料にも使えます。
勉強時間がほとんど取れない日なら、目安のなんとか半分だけを済ませてしまい、残りは翌日や翌々日にまわすといったことも可能となります。
調子がよく、目安以上のお勉強ができれば、それ以降の勉強を先取りしたことになるので、先々で余裕を見ることができるでしょう。
休日・祝日が多い月なら、その日にたくさんのお勉強を済ませて、以降のお勉強を少なくすることもできます。
また、目安方式は、ノルマ方式と同じ効果も得られるものでございます。
つまり、目安の分だけお勉強してしまえば、その日の勉強は完全に終了となります。
1日のお勉強の明白な終わりが、そこにあるわけでございます。
それさえやればいい、という気持ちのすっきり感・割り切り感をも享受できるといった次第でございます。
目安という形で考えていくと、お仕事や生活の変化に応じて、お勉強が可能となります。
ノルマノルマの一本調子で行くよりも、目安という融通の効く形式の方が、何かとお勉強は続いていくように思う次第でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年8月3日 5:10 PM |
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独学におきましては、行き当たりばったりのお勉強を、強く忌避するものでございます。
というのも、今日は5ページ、明日は15ページ、明後日はゼロ、明々後日は3ページなどと、変えていくと、お勉強が一定化せず、なかなか習慣とならないからでございます。
これが、裏に綿密な学習計画などがあったり、試験範囲に精通していて、ここはこの程度が限界、あそこはこのくらいでもできるといった、調整の後でのページ数なら結構至極なのでございます。
そのまま続けても、まったく支障はないかと存じます。
しかし、背景に何もなく、ただ適当なページ数を進めるような泥縄のお勉強をしているのなら、考えをお改めくださるよう、ご助言する次第でございます。
正直、そういうやり方の方が、面倒くさいのでございます。
まず、テキストならテキストの、問題集なら問題集のページ数から数えるべきでございます。
そして、章ごとに単元ごとに、どれだけのページ数が割かれているかをも、数えるべきでございます。
そうすれば、何を何日でやるには、何ページずつやればいいか、ということに目算がつくのでございます。
おそらく、毎日のお勉強が一定化していない方は、これから何をするのかへの見当が、まったく付いていないかと存じます。
日々のお勉強が、どういう計画のもとで、どういう意図のために行われているかですら、把握してもいないでしょう。
ページ数を数え、何がどれだけあるのか、もくじにメモなりでもすれば、実感が湧いてくるように存じます。
1章が25ページあって、今週中にやり終えたいのなら、残り日数で25ページを割ればよいだけの話。
あと4日あるのなら、1日あたり6ページ強と相なるかと存じます。
何にも考えずに5ページやるのと、または、何の意識もなく10ページやるのとでは、「6ページ」の方が圧倒的にやりやすくなるかと存じます。
それは、明白な終わりがあることを知っていての、「6ページ」だからでございます。
これだけやればこの章は終わると思ってのお勉強と、先のことを何も知らずやるお勉強、適当に進めて気付いたら章が終わるといった見通しの薄いお勉強とでは、やはり、前者の方がやる気の維持が簡単なのでございます。
何となくお勉強が続かない方は、まず、何ページ進めるかを明白に知るために、数を数えることから着手くださればと存じます。
また、ページ数を数えていくうちに、ぼんやりと試験の全体像を見えてくるかと存じます。
正体不明の敵と戦うよりかは、対戦相手がはっきりしている方が、よっぽど戦いやすいことでありましょう。
今日明日にでも構わないので、数を数えていない方は、もくじの内で数えられるものは手あたり次第に数えて、余白にでもメモしてくださればと存じます。
なお、それら細かな数字は、中盤から終盤にかけて役に立つ指標にもなります。今のうちに済ませておいてください。
数を数えるなど、幼稚園の年長組か小学生の低学年だけがやることではありません。
大人にでも有用な手段なのでございます。地味な作業を無駄とは思わず、お数え下さればと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年8月1日 5:33 PM |
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わたくしたちの努力というのは、目に見えないほど小さいものでございます。
しかしながら、それらはいくら小さくても、厳然としてあるものでございます。
努力をイメージするのには、キレイ好きな皆様の部屋の片隅にございます、綿ボコリを思い浮かべれば良いかと存じます。
あの綿ボコリには、それそこ何千何百もの、小さなホコリから為ってございます。
真っ暗な部屋に、1条の光が差し込みますと、目には見えなかったホコリを見ることができます。
十分な光度があるときには見えませんが、ホコリというのは、席を立っただけで、歩いただけで、もくもくと部屋のなかにたゆったているのでございます。
ただ、わたくしたちの肉眼では、そこにあるはずのホコリを見えないだけなのでございます。
綿ボコリとは、見えないホコリが積もりに積もって、ようやく、視覚できるに足る大きさとなった次第でございます。
努力というのもまた、かくの如きものでございます。
わたくしたちは、そのときそのとき、その瞬間で成長なりを実感できないのでございます。
日々の勉強では、おそらくは「できた!」という感じを抱かないかと存じます。
わたくし自身、今日の勉強でレベルが上がったぞ!みたいな体験をしたことがありません。
しかし、ある程度の時間が経ってから振り返ってみますと、明らかにできるように、何かしらの成長を実感できるのでございます。
もちろん、継続が前提でございますが、できた実感はないけれども、できるようになっていくのが、わたくしたちなのでございます。
日々の努力といいますのは、まさに、ホコリのようなものであるとお考えくださればと存じます。
努力といいますのは、すぐに形になるものでもありませんし、自力で形付けることができるものでもないのでございます。
続けていたら形になっていた、というのが、最もしっくり来るかと存じます。
ホコリを集めて綿ボコリを自作は出来ませんが、ほっておいて時間が経過すれば自然とできていたのと、非常によく似ているものでございます。
こつこつ、地道になどと申しますと、かび臭い処世訓ではありますが、確実に為す方法であるといえるかと存じます。
素早く、速く、効率的に「綿ボコリ」を作ることはできるでしょうが、どこかいびつで脆いのも事実でございます。
また、人によって、作れるか否かは大きく分けられることでしょう。
それよりも、やることをやり続け、自然と為るように仕向けた方が、結果が確かである以上、賢明ではないかと考える次第でございます。
努力とは積もりに積もらせて用いるもの、できあがるものであることに意をお払いくださればと存じます。
さすれば、むやみやたらに焦ることもなくなるかと思います。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年7月30日 12:45 PM |
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