商売の損は一時の損、配偶者のしくじりは一生の損、などと、昔の人はうまくいったものでございます。
現代におきましても、完全に通用する言であるかと存じます。
基本的に、わたくしたちの日常において、危機的な事態を招くものというのは、そうないものでございます。
先にいいましたように、一生困るのが、配偶者の選択でございます。
ここを間違えますと、あとあとの人生におきまして、酷い目に遭うことと相なります。
逆に言えば、配偶者の選択さえ間違わなければ、それほどには困らないといった次第でございます。
借金にも性質がございますが、商売での借金といいますのは、儲けと不即不離の関係でありまして、仕方がない、という側面もあるのでございます。
商売には浮き沈みもありますので、いったん沈んでも、追々精を出すことで返すことはできていくのでございます。
大きな借金を抱えますと、人生が終わったような感がございますが、そうでもないわけでございます。
それ以上に、顔も合わせたくない人と、添い遂げなければならないほうが、よほどお金も寿命も無駄遣いをしているわけでございます。
よくよくに考えみれば、配偶者の損と商売との損では、前者の方に致命的なものがあるように、思う次第でございます。
さて、これら2つに限らず、人生でおきることを、指折数えていけば、それほどに徹底して悪いことなどそうないこと、恐れるものなどそうそうはないことが、理解できるように存じます。
と、いうことは、でございます。
起きては欲しくない多くのことについて、いくらでも改善の余地がある、ということでございます。
(ああ、やってしまった!)という失敗やしくじりであっても、何とでもなるといった次第でございます。
お勉強におきましては、間違いや忘却というのは、事の外、たくさん起きるものでございます。
しかし、それらをいちいち真に受けていては、少しもお勉強は進まないものでございます。
できなくなったのなら、もう一度やり直す機会にすればよいのでございます。
間違えたなら、そこんところをチェックする機会にすればよいのでございます。
忘れたのなら、記憶を改める機会とすればよいのでございます。
グダグダと気に病むよりも、取って返して、何らかのプラスの方の機会として捉えた方が、よほどに気持ちがいいし、実力の伸び・維持に資するように思います。
お勉強で舐める苦労など、実人生のそれと比べれば、本当に何ともないものでございます。
数千万の保証人になったわけでなし。天変地異で家が潰れたわけでなし。
難病にかかったわけでなし。大きな怪我をしたわけでなし。
ほとんどは、何とでもなるものでございます。
生まれてきたときは裸。五体があるだけ、儲け物でございます。
お勉強なんて、そんなもん・その程度のもん、と思っておれば、いくぶん、心にも余裕が生まれるように存じます。
今度の大忘却・大失点・大失敗も、よい機会とすべきが上策かと存じます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年9月30日 11:06 AM |
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朝晩、めっきりと涼しくなって参りました。
こうした季節の移り変わりのときが、風邪や病気のもと、でございます。
本当に、油断1つで風邪を引いてしまいます。
本試験が間近に近づいている人などは、億劫がらずに、ビニルのパーカーでも構いません、羽織れる長袖をもう1つ、持っておくべきかと存じます。
また、夜具の方も、寒ければ念のために暖が取れるように、毛布の準備はしておいても、損はないように存じます。
時の流れは、夏の猛暑もどこへやら、でございます。
さて、秋ともなれば、食欲の方も俄然に、増し増してくるものでございます。
思いますに、食欲の秋と申しますのは、食べ物自体がおいしいのもございますが、夏という期間に、ほとほと身体の方が疲労したから、かと考えるものでございます。
夏の暑さで、身体のあちこちが疲弊しているからこそ、もの凄く、おいしく感じるという次第でございます。
身体が欲しているのですから、太る云々はそれほど考えずに、お食べくださればと存じます。
十分に吸収され尽くされるかと存じます。
いうなれば、秋とは、夏のメンテナンスをしているときでもあり、そして、冬の準備をするときでもございます。
こういう心身ともに忙しいときに、食べ物をケチると碌なことはございません。
心を赦して、たっぷりと頂きますよう、ご助言する次第でございます。
さて、食べるのはいいのですが、問題なのは食べ過ぎでございます。
お腹が張ってぽっこりするのは、非常に苦しいものでございます。
そこで今回、お勧めしたいのが、トウガラシでございます。
トウガラシは、大きいのではなく、小指大くらいの大きさをしたミニトウガラシが良いかと存じます。
また、トウガラシは中国産ではなく、できるだけ、国産のをお勧めいたします。
食べ物がおいしくて、食べ過ぎてしまい、お腹が苦しくなってきたら、ミニトウガラシをかじるのでございます。
トウガラシは、干したものをそのまま、でございます。
辛いのが苦手な人は、1本丸々はきついので、ホンのひとかけらでも大丈夫でございます。
辛さに耐えながら咀嚼し、飲み込みますと、すうっとお腹の膨れが消えていくような感を得るように思います。
トウガラシは、皆様ご存知のように、食欲を増進させますが、同時に、消化も助けるようでございます。
学者の実験によりますと、少量のトウガラシは、胃の血流を良くして消化を助けるとのことでございます。
そういえば、トウガラシの入った食べ物は、ことのほか、箸が進むものでございます。
このトウガラシの性質を利用して、食べ過ぎの苦しさに対処する、といった塩梅でございます。
乾燥したトウガラシは、香辛料として一味加えるのにつかったり、保存料としても、有用な一品でございます。
煮物などにも入れておくと保ちがよくなりますし、味も何とも旨みが増すように存じます。
トウガラシの利用に精通すると、意外に料理のレパートリーが増えること、上手に使えば、薬にもなることをお知り置きくださればと存じます。
大きなスーパーや八百屋に行けば、乾燥した国産トウガラシが売られているように存じます。
お茶に入れれば、気付けにもなって、目もパッチリ、身体もしゃっきりします。
元気のないときや、どうしても気合を入れたいときに、1本口の中に放り込めば、これまでの倦怠感などどこ行く風でございます。
トウガラシ自体はかなり保つので、これを機に一袋でも、常備しておけば宜しいように存じます。
なお、大量のトウガラシの摂取は、潰瘍の原因となりますので、過剰摂取はお控えください。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年9月29日 4:04 PM |
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お勉強で大変なのは、お勉強そのものと言うよりかは、時間の捻出であるかと存じます。
本日のススメは、いかに時間を捻出するかについて、見ていきたいと思います。
時間について考える際に、最も重要なのは、役に立っていない時間を見つけることにございます。
例えば、なんの意図も目的もなく、ネットの網目の中にたゆたう時間でございます。
試しに、昨日したネット時間の内で、どのくらいが、今日という時間に役に立っているでしょうか。
振り返ってみれば、本当に、役に立っていないことでしょう。
下手をしたら、自分が何を見て、何を読んだのかすら、定かでないように思います。
こうしただらっとした時間は、お勉強に振り替える最たるものであるかと考えます。
とはいえ、こうした時間をお勉強に振り替える際は、急激に変えないように、とご助言する次第でございます。
まず、5分からですな、振り向けるのは。あとは、自由にネットなりをしても宜しいのでございます。
2〜3日の間は5分だけで結構でございます。
そして、追々と慣れてきたら、10分、15分と、振りかえる時間を増やしていくのでございます。
どうして、こんな風にするのかといいますと、急激に変えても元の鞘に戻るのみ、だからでございます。
急には生活は変らないし、習慣も変わることはないのでございます。
急に1時間や2時間の時間を変えないようにするのでございます。
1時間や2時間とはいえ、1日の4〜8パーセントを占めてございます。このあたりの割合を、踏まえておくべきかと存じます。
急には変えず、1週間なら1週間、1時間なら1時間を、だんだんとお勉強の時間に振り分けていくのでございます。
じょじょにやることで、だらだら時間への未練は薄れていきます。
次第に、何であんな無駄で詰まらないことをしていたのだろう、とさえ思ってくるように存じます。
こうなったら、しめたものでありまして、お勉強時間の捻出に、「仮」に成功したといってもよいように思います。
さてさて、こうなったとしても、まだまだ油断はできません。
ここが肝要なのですが、だらだら時間をお勉強に振りかえてみたときに、ストレスが高まっていないかをチェックするのでございます。
いらいらっとしてないか、何か心に来ているものがないかを、調べてみるのでございます。
このときは、お勉強自体の、わからない・できない・憶えられない由来のストレスは、度外視します。
だらだら時間が、自身にとってどのような時間であったかを計るためでございます。
もしかしたら、必要な時間かもしれないのでございます。
何か心にくるものがあるのでしたら、お勉強に振り分けただらだら時間を、少し元に戻してみるようにご助言する次第でございます。
心に晴れるものがあれば、それは、あなたにとって必要な時間であったのでしょう。
また、心には何にもない、逆に、やらなくなって清々した、というのでしたら、完全無欠の純粋なムダ時間でしたので、お勉強に振り分けて、大正解であったといえましょう。
時間の使い方というのは、実は、自分自身への取り扱いでもあるので、1週間か2週間、経過観察をしてみるくらいの慎重さでもっても、有用であるように存じます。
自分を無視して、自分の勉強もありますまい、と考える次第でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2010年9月28日 9:38 AM |
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