独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

「千里の道も一歩から」は、「千里先」が正しい目的地である場合に限って成立する、ということ

結論から言いますと…

『目的地がちゃんとしているから、コツコツと、一歩づつ着実に進んでいくことに意味が出てくるわけで、目的地なり到達地、目標や目的が間違っていたら、千里・一歩はどうにもトンチンカンなことをしていることになってしまう。』

『故に、自分の誤りやミス、失敗に気づかないと、千里・一歩は、地獄への旅路になってしまう。』

『もし、間違っていることに気づいたのなら、その間違ったことやうまくいっていないことを変えることから、始めないといけない。』

…てな次第でございます。

ことわざ「千里の道も一歩から」は、コツコツやること、実直な努力の大切さを語っているわけですが、それも場合によりにけり、でございます。

当たり前といえば当たり前で、間違っていることを実直にやっても仕方がありません。

何か物事を成し遂げるには、「実直にやっていくこと」は、重要かつ重大な用件ではあります。おそらく、これに欠けて成し遂げられた大事などは、ないように思います。

しかしながら、「実直にやっていさえすれば、そのやっていることが重要なことになったり、有意味になったりするわけではない」という次第でございます。

この点、絶対に、取り違えてはならないかと存じます。

「一生懸命やればいい」が成立するのは、小学校の低学年の社会まででありましょう。

それ以外のところでは、ダメはダメだし、無意味は無意味なママでございます。

ダメや無意味になるものは、相応の根拠と歴史的積み重ね、経験科学的結論があるからこそ、「そう」言われているわけでございます。

ダメであったからダメなのであって、そのダメ事情を無視しても、結果は同じ『ダメ』でありましょう。

 大事なことは、「間違っていることを、間違ったまま、コツコツが大事を金看板に押し立てて、続けるな」ということでございます。

えぐい言い方ですが、破滅しないためには、そうすべきかと存じます。

 

 

「千里の道も一歩から」は、「一歩でも進んでおけば次が楽だ」ということ

結論から言うと…

『千里の道も、一歩進めば一歩分終わるわけだから、ちょっとだけでも歩いておけば、次に歩くときに楽になる』

…という次第でございます。

ことわざの「千里一歩」なのですが、わたしたちは現実問題として、「常に歩いている(作業をしている)(勉強している)」わけではありません。

当然、食べたり飲んだり寝たりしているわけでございます。

今日は、今日の歩みであって、明日には明日の歩みがあるわけでございます。

しかし、やはり、人は倦んできたり、飽きてくるものでありまして、それこそが、人間の生理でありますから、仕方がないように思うのでございます。

しかし、それでも、やらなくてはいけないときがあります。

そこで、作業や勉強に飽きてきた際に、どうしたらよいかというと、今日という日に、わずかな「一歩」でいいので、明日の分を進めておくのでございます。

1ページでも数センテンスの読解構いませんし、数問程度の問題演習でもよいのであります。

というのも、ちょっとだけでもやっておくと、何とも気持ちに余裕が生まれるからで、如実に気が楽になるのでございます。

(ここまで終わってたか)とか(ここまで進んでたんだ)てな、作業の先取り感が少しでもあると、明日という日に、何とも手がけやすくなるのであります。

そら、当初やるべきことの幾ばくかが、「なくなってしまっている」わけですから、それがちょびっとであっても、確実に「楽」になるのでございます。

わたくしは、ことわざ「千里の道も一歩から」は、『ちょっとだけでも手を付けておくと、次にやるときが楽だ』という意味もあるように、解しております。

有体に言えば、ちょっとだけ箸をつけておく、という次第です。

「ちょっとだけのこと」をするのに、多大な手間や巨大な労苦があるわけではありません。

この『精神的おトク感の呼び出し方』は、憶えておいてもよいかと存じます。

「千里の道も一歩から」は、「一歩」の方を考えた方が楽だ、ということ

結論から言うと、ことわざ「千里の道も一歩から」には…

『千里の道も歩いてさえいれば、いつかは終わるんだが、歩いている最中に、例えば、100里先のことを一足先に考えると余計に疲れちゃう。』

『だから、目の前の一歩、二歩、三歩をどう踏み出すか、加えて、明日・明後日の一歩を、円滑かつ確実に踏み出すにはどうしたらいいのかを考えるべきでないかい?』

…という示唆を含むように考える次第です。

当該「千里の道も一歩から」は、よくよく語られることわざの1つでありまして、その意味は、「遠い旅路も一歩から始まることから、転じて、コツコツやるのが大事だ」てな意味合いであります。

しかし、わたくしが思いますに、この「千里一歩」のことわざには、『一歩の方を考えた方が楽だ』という意味も含まれるように解しております。

実感として、いくら分量があろうとも、終わらないものはないのでございます。

「やっていくうちに、大概のものは終わる」ということを、「知ってはいる」のです。

しかし、「終わるのはわかっている。やればいいのはわかっている。しかし、どう続けていくかが、問題なのだ」という塩梅なのでございます。

そこで、『一歩』が、重要な意味を帯び始めます。

「千里先」を考え出すと、その道程が頭に浮かんできますから、何だか気重になってしまいます。

そうすると「一歩」や「半歩」すら、めんどくさく物憂く感じるようになるのでございます。

だからこそ、先のことを考えなくて済む、目の前の「一歩」だけに視線を据えて、取り組んでいくわけです。

(受かるかなあ、どうかなあ)とか、(不合格になったらどうしよう)とか、(合格できるかな)なんてことが、頭と心を占めるようになったら、そんな「千里」めいたことは考えず、「一歩」先のお勉強だけを考えてやりましょう、という次第でございます。

わかりもしない遠い先のことを考えて消耗するのに比べたら、よほど気が「楽」になるかと存じます。

「千里の道も一歩から」は、楽をするための、自分を上手に騙すための方便でもあるように、考える次第でございます。