独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

「千里の道も一歩から」は、「一歩」の方を考えた方が楽だ、ということ

結論から言うと、ことわざ「千里の道も一歩から」には…

『千里の道も歩いてさえいれば、いつかは終わるんだが、歩いている最中に、例えば、100里先のことを一足先に考えると余計に疲れちゃう。』

『だから、目の前の一歩、二歩、三歩をどう踏み出すか、加えて、明日・明後日の一歩を、円滑かつ確実に踏み出すにはどうしたらいいのかを考えるべきでないかい?』

…という示唆を含むように考える次第です。

当該「千里の道も一歩から」は、よくよく語られることわざの1つでありまして、その意味は、「遠い旅路も一歩から始まることから、転じて、コツコツやるのが大事だ」てな意味合いであります。

しかし、わたくしが思いますに、この「千里一歩」のことわざには、『一歩の方を考えた方が楽だ』という意味も含まれるように解しております。

実感として、いくら分量があろうとも、終わらないものはないのでございます。

「やっていくうちに、大概のものは終わる」ということを、「知ってはいる」のです。

しかし、「終わるのはわかっている。やればいいのはわかっている。しかし、どう続けていくかが、問題なのだ」という塩梅なのでございます。

そこで、『一歩』が、重要な意味を帯び始めます。

「千里先」を考え出すと、その道程が頭に浮かんできますから、何だか気重になってしまいます。

そうすると「一歩」や「半歩」すら、めんどくさく物憂く感じるようになるのでございます。

だからこそ、先のことを考えなくて済む、目の前の「一歩」だけに視線を据えて、取り組んでいくわけです。

(受かるかなあ、どうかなあ)とか、(不合格になったらどうしよう)とか、(合格できるかな)なんてことが、頭と心を占めるようになったら、そんな「千里」めいたことは考えず、「一歩」先のお勉強だけを考えてやりましょう、という次第でございます。

わかりもしない遠い先のことを考えて消耗するのに比べたら、よほど気が「楽」になるかと存じます。

「千里の道も一歩から」は、楽をするための、自分を上手に騙すための方便でもあるように、考える次第でございます。

わかめを食べると如実に抜け毛が減る

以前に、「ひじきを食べると、抜け毛が減る」という雑文を、書いたことがございます。

今回の雑文のテーマは、ひじきのみならず、『わかめ』でも抜け毛が減ることでございます。

わかめをもりもり食べだして、如実に、抜け毛の現象を実感しているわたくしでございます。

わたくしは1人暮らしをしておりまして、お風呂は当然、わたくし1人しか使用しないわけでございます。

そして、「さまぁ~ず:大竹」に倣って、水周りをこまめに掃除をしているわたくしであります。

ボロ紙でごしごしと、排水溝の網に溜まっている髪の毛を掃除するわけですが、以前はごそっと、まるで「まりも」のような毛玉が出てきたのでございます。

かわいく言うと、となりのトトロの「まっくろくろすけ」であります。

もっとかわいく言うと、油断した冬の女性の、剃刀も刃こぼれする(または、剃るうちに電気シェーバーの電池がものの2分でなくなる)脇や脛の状態といった次第でございます。

それが、です。

わかめを頻繁に食べだすと、明らかに「減った」のでございます。

排水溝は、「つるっつる」の状態でありまして、掃除のし甲斐がないほどでございます。それくらい、抜け毛が減ったのであります。

・「湯通し塩蔵わかめ」の存在を知る

 わかめを頻繁に食べだした発端は、「湯通し塩蔵わかめ」という物産を見つけたからでございます。

これまで、乾物のわかめしか知らなかったのですが、フト、スーパーの海鮮売り場で売られているのを見て、購入したという次第でございます。

購入理由は、「安さ」でございます。

国産(鳴門産養殖わかめ)でありながら、200gで298円と、かなりのお買い得であったのでございます。

国産で乾物のわかめだと、200gを買おうとするとその倍はかかるように存じます。それが、3割4割減というわけでございます。

何故値段差があるかというと、手間がかかるからでありましょう。

湯通し塩蔵わかめは、いったん流水で塩を洗い流してから、水なりお湯で戻し、食べやすい大きさに切るという2~3手間がかかるのであります。

サラダ用乾物わかめ等と比べると、ちょっとだけめんどうなのでございます。手間賃分、割り引かれているという次第でございます。

しかし、別段、巨大な手間が生じるものでないので、この2~3手間であの安さなら、コストパォーマンス的に優れているかと存じます。

わかめは、お酢があればサラダにもなるし、スープや味噌汁の具材にもなるし、ポン酢があればお酒の一品にもなるしと、かなり使い勝手のよい食材かと存じます。インスタントラーメンとの相性も抜群でございます。

お勉強といいますのは、得てして、ストレスが溜まりがちになります。

また、ご結婚されている方は、隣で寝る配偶者の寝顔を毎日見ているでしょうから、更にストレスは募るものでありましょう。

わかめモリモリの食生活で、抜け毛の予防をお計りくださればと存じます。

わたくしは四国讃岐出身ですので、郷土に近い鳴門わかめを、強くご推薦したく存じます。ちなみに、鳴門は徳島県です。

ティファールの電気ケトルは、つまらない自己主張をしない

ティファールの電気ケトルが好ましい点は、「つまらない自己主張をしない」ところでございます。

台所用品といいますのは、長く使うものですから、下手に凝ったものは、時の経過とともに邪魔に、最終的には「目に付く」ようになってくるのでございます。

この点、ティファールの電気ケトルは、ただ「ある」だけで、少しも自身を主張しないのでございます。

つまり、「お湯が必要でないときは目に入らない」のでございます。

逆を言えば、「お湯が要るときには、俄然、その姿かたちが目に飛び込んでくる」という塩梅でございます。

ティファールの電気ケトルは、デザイン的に優れており、全体がすっきりしていながら、丸みを帯びていて、かわいらしい装いをしています。

この点、道具として抜群の機能性を誇りながらも、少しも無骨ではないのでございます。

機能的なものは得てして、つまらない姿かたちになるのですが、ティファールの電気ケトルは、それが「ない」のでございます。

色も、構成色が、本体の白、器具名表示の赤、蓋等に使われたクリーム色と、主張はあまりないが、用いるには十分であると言う、プラスしてマイナスしたともいうべき優れた色彩感覚でございます。

もちろんのこと、機能的にも優れております。

第一に、肝心の湯沸し機能ですが、十分に満足が行きます。

お茶を飲む際の、200ccくらいのお湯ならば、カップや急須、茶葉の準備をしていれば湧く待ち時間なので、非常に「テンポ」がよいのでございます。

次に、悩むことのない使い方です。

小学生でもわかる操作と1個しかないボタン。

蓋を開けて水を入れて置いてボタンを押すというシンプルな作業で、あとに何の作業もありません。

次に、安全設計。

お湯を沸かすということは、「水」を取り扱うことになりますが、加熱金属部分(加熱のためのコンセント的部分・アタッチメント)には、水が物凄く入りにくい構造となっています。

普通の使い方をしていたらまず、底にある内部に入り込む加熱部分には水が触れないので、感電の恐れはないように思います。

また、「水」を取り扱うということは、自分の手も濡れたままお湯を沸かすことも多々ありますが、上記の通り、まず、加熱金属部分に接触する事がないので、意図的にそうしない限り、感電はないかと思います。

加えて、「たっぷり」とした取っ手です。

すっと手が入るので、うっかり掴み損ねて下に落とすことが、考えられないように思います。

いらちなわたし自身が、今までに「そういう」経験が一度もないので、構成上、ほとんど起こりえない取っ手になっているように考えます。

ちなみにわたくし、バイクの立ちゴケの常習者でございます。(立ちゴケとは、スタンドを立てずに降りようとして転倒すること。)

このように、数ある家電の中で、有数の実質性を備えたのが、ティファールの電気ケトルであるかと存じます。

配偶者にお湯をぶっ掛けたいときも、すぐにお湯が沸くし、丸みがあって投げ易いので、この点でもよろしいかと存じます。

なお、ティファールの電気ケトルは、電気屋で買うことができますが、種類が少ないなと思います。

フランス製だからセンスがある、なんてベタなことは言いませんが、ティファールの電気ケトルは面白い曲線をしたものが多いです。

アマゾンで見て、洒落てるなーと改めて思いました。

まあ、ノーマルのケトルも、ベーシック調でいいのですが、「形」にこだわる人は、参考にしてみてください。

参考:ティファールの電気ケトル