新人への指導の如きタイトルでございます。
しかし、体育会風の「黙って動け!!」という語調でないことに、ご留意くださればと存じます。
「黙って、手足を動かしませう」程度のニュアンスがこめられているのでございます。
人間、意図的に何も考えずに行動に移った方が、効率効果衛生的なことがあるのでございます。
わたくしの生活には、何も考えずに作業をすることが多くございます。
たとえば、風邪対策でございます。
わたくしの風邪は扁桃腺から始まるので、のどに違和感を感じたときは即、イソジンうがいを行います。
地下鉄列車汽車滑車。どこにいようが、のどに異変を感じたら薬局に飛び込みイソジンを購入、一膳飯屋にでも入りうがいをするでございます。
のどの異変からイソジン即断うがいに至る時間が、短ければ短いほど、風邪の症例は軽く治療期間も短くなったのでございます。
このときに気をつけていることは、即、行い、そして何も考えないことでございます。
薬局に行ってもイソジンの値段なぞ、全く考えません。
イソジンでありさえ、うがい薬でありさえすればよいのでございます。
どこでうがいをしようかな、などについても全くアタマを使いません。
一膳飯屋だろうが、公衆便所・駅トイレだろうが、水があればよいのでございます。
風邪には反射的な対処を行っているわたくしでございます。
「何も考えず、何かを行う」ということが、実に効率的に作用する場合がございます。
逆に考えたからといって、すべてがうまくいくわけでもございません。
お勉強の前になんだかんだアレコレと思い考えれば、その分、お勉強のエネルギーが蒸発するものでございます。
何も考えずに取り組む訓練を行うと、グッとお勉強の質が高まるものでございます。
「あーめんどくさ」と思ってテキストを手にしていたのを、何も考えないように、影響を受けないようにするだけで、気持ちよくエネルギーを発散させることができるのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年11月16日 10:55 AM |
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「ああ、困ったナァ」と悩んでいても、仕方のないことでございます。
『沈思黙考』−深いところまで思考を潜らせて考える、というのが実際的な意味でございましょう。
浅いところでアーダコーダとしていても、獲れるは昆布ばかりでございます。
毎日おかずが、昆布ばかりではしょっぱい浮世になるばかり。
結局のところ、浅瀬で一生懸命考えたところで、名案には至らないのでございます。
アワビ獲りのように考えるが、名案を生むコツでございます。
名案というものを、アワビの如く、海の底にあるものと仮定するのでございます。
事態を打開する名案とは、得てして簡単には獲れないものでございます。
アワビと思って掴んでみたら、トコブシだったというのは、多々あることでございます。
考える行為をグッーと沈めることで、名案とは得られるものでございます。
事態を打開するための思考とは、アップアップした沈みがちなものではないのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年11月15日 11:41 AM |
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合格しても黙っているのが人のため、そして至るや我が身のためなのございます。
誰にも聞かれないのに、「あたくし、合格したざますのよ、オホホ」といえば、ご友人一同から村八分にされること畢竟でございます。
かのジェントルマン、白洲次郎さんは自分のことを一切話さないことで有名な御方でございました。
ついで奥様の白洲正子嬢も、知ったかブリの人を見ては「あら、お勉強ね」と茶化したものでございます。
自分のことをべらべら話すのは、「馬鹿にして」と自分から公言しているのと同じなのでございます。
知性というのは、秘めることで熟成するものでございます。
内面に満ちた知性こそ、美しさの根源でございます。
内面に満ちきった知性は、行き場を失ったといって消えさるものではございません。
出口をお肌に移し、えもいわぬフェロモンとなるのでございます。
花の華や 目には見えぬが 鼻にはわかる −
香水のごとくに、知性とは身にまとうものになるのでございます。
オニも18と申しますように、男性女性ともにお肌というのは、18をピークに数年は横ばい後は衰えるばかりでございます。
深剃りをすれば肌が荒れるようになったり、細かいアゴヒゲがキレイに剃れなくなったりするのは、お肌の弾力性がなくなってきたことが遠因なのでございます。
女性の肌云々については、わたくしの身の安全を考え、細かくは述べないものとします。
衰えゆく我が身を補うものが、知性でございます。
お肌や精力の衰えとともに、熟成された知性が生きてくるのでございます。
そう、ある年齢に達したら、知性で世渡りをしなければならないのでございます。
合格云々についてべらべらおしゃべりになることは、せっかくの知性の熟成を止めているが如しでございます。
樽詰めしたブドウジュースを、片っ端から飲んでいけばワインが出来なくなるのと同じことなのでございます。
3度聞かれて「合格してますの」と小声で言う奥ゆかしさが、身を修める術であると、甘納豆好きの祖母によくいわれたものでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年11月13日 11:37 PM |
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