独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

慎みや恥じらいが色気の時代もございました。飽きられないためには、現代においても未だ重要且つ効果的な技術かと存じます。
吉永小百合の演技や、小津安二郎の女優の使い方を見て研究するがよいでしょう。55くらいまで美しく見える技術がそこにございます。
人間というのは、単調なものにはすぐに飽きるようでございます。
多分に何か、複雑めいたこと、迷宮めいたこと、奥深いこと、隠されたものを求めていくのが、人の性のようでございます。
骨董の茶碗などは、最たるものでありましょう。
うわ薬のかすれ具合を目にして、その模様から想う風景や印象を味わうというのは、門外漢からすればナンノコッチャでございます。
しかし、最初はわからなくても、だんだんとお茶碗の模様に味わいを感じるようになるのでございます。
味わいという言葉は、意外な奥深さがございます。
以前には、思いもよらなかったことを意識できるようになったり、見た目だけで触れずに質感を味わえるようになったりするのが、「味わう」と申します。
しかし、味わえるようになるのは難しいといわれております。
正確さを期すのであれば、味わいを味わうというのは、困難というよりかは、「なかなか起きない可能性の低さ」をいうべきでありましょう。
楽しみ回路と申しますか、それが働かないと何事につけ、味わいというものは感じられないのでございます。
味わいを楽しむ回路が、つながるというか通じない限り、いうような楽しみを享受できないのでございます。
お勉強というのも、同様であるかと存じます。
お勉強のすべてに楽しみが絶無であるならば、おそらく歴史に淘汰されていたことでありましょう。
しかし、未だお勉強という行動様式が残っていることから考えてみますと、なかなかに味わえるものがある証左であるかと存じます。
わかる楽しみとでもいいましょうか、お勉強にある程度の量と時間を投入すれば、なにかと楽しめる要素を発見できるものでございます。
それを大切にすることでございます。
つまらん、めんどくさい、だるいと思うだけでは、お勉強の能率を自ら落としているだけで、無駄極まりありません。
それよりも、何かを楽しむ、味わう気持ちで臨むことでございます。
お勉強をしているといつの日か、「あ!」と回路がつながって、これまで見えなかったことが見えることが現出いたします。
そうすると、気合や精神力を入れないとできなかったお勉強の取り掛かりは改善され、力を抜いてさっとお勉強できたり、理解や記憶が進んでいくものでございます。
楽しめることや味わえることに、人は抵抗をあまり感じないものでございます。
そういう段階まで、自分を進めさせることができれば、ほぼ合格は目の前にあるかと存じます。

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今と先

今と先のふたつをバランスよく考えることでございます。
今と先の両者を踏まえて考えるほうが、単独で頭を捻るよりはるかに考えやすいものでございます。また、名案や突破点を見つける考え方でもございます。
たとえば、(わたしはどうしたらいんだ?)と現実だけ見つめて続けて頭を抱えて悩んでも、それほど解決には向かいません。
同じように、(わたしはどうなるんだ?)と将来のことだけを思い悩んでも、建設的な考えは浮かびません。
今と先をバランスよく考えると、たとえば「将来的には、〇〇という状態になっておきたいので、今はコレコレをしていこう」と確かで着実、前進的な思考ができるのでございます。
考えてみれば、こうした今と先を同時に考えるのは、日常生活に溢れています。
たとえば、第4水曜日は不燃ゴミの日だから押入れの掃除をしようとか、旅行に行くから必要なものを買い物しておこうなどと、いくらでも類似の考え方をしているものです。
お勉強にも、こうした普通の、毎日の生活で行っている考え方を応用でございます。
単純に「勉強をする」「勉強をしないと」と考えるよりも、「〜だから〜する(〜しよう)( 〜しておこう)」「〜のために〜する(〜しよう)( 〜しておこう)」「今は〜なので、〜する(〜しない)」と考えていくほうが、力強いものがございます。
人間、なかなか理由や意味、意義のないことには手をつけません。
詰まりに詰まった押入れの片付けや膨大なデータ量となったハードディスクのバックアップなど、何の考えもなく、理由も意味も意義もなく着手することなどできないものでございます。
何かのきっかけでもない限り、それ単体での実行など不可能でございます。
家の片隅にダンボールや粗大ゴミ、壊れた電化製品の小山ができてから、パソコンから異常な音や熱を発するようになって着手するものでございます。
日々のお勉強でも、理由・意味・意義のあったほうが、現状を客観視できます。
お勉強の意味が明白なほうが、やる気の出が違うのはいうまでもございません。
先のことに多少の見当がつけば、今の行動がしっかり定まってくるのでございます。
今のお勉強に熱が入らないときは、先のことをあまり考えていないときでございます。
先のことに不安を憶えるときは、今のお勉強をきちんとしていないときでございます。
今と先をバランスよく考えて、身を処していくことでございます。

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だれの予想?

お勉強の教材には、普通の問題集のほかに、過去問や予想問題集がございます。
それらをどう使っていくかを見ていきたく存じます。まず、普通の問題集でございます。
普通の問題集はテキストの理解度を試すように使っていけばよいでしょう。
テキストの理解は問題集があれば楽になります。
自力でテキストのすべてを理解しようとするより、問題集の問題の出され方や解説の口調をダシにするわけでございます。
普通の問題集は、テキストの隣に置いて使っていけばよろしいでしょう。
次に見るのは、過去問と予想問題集でございます。
どちらがお勉強で大事かと申しますと、断然に過去問でございます。
というのも、予想問題集というのは、過去問を元に作られるからでございます。
過去問が先にあって、予想問題集があるというわけでございます。
ですから、わたくしたちも、過去問の演習が未だ不十分であるなら、無理して予想問題に進まなくてもよいのであります。
元ができていないのに、その先に進んでも効が少ないものでございます。
過去問をしっかりやってこそ、予想問題集の意味があることをしっかりご理解頂ければと存じます。
また、予想問題集というのは、誰が予想しているのかも重要でございます。
もちろん、問題集ですので、個人が予想するものではありません。どういった出版社が予想しているか、これが大切なのでございます。
当然ではありますが、優れた出版社の予想問題集を使うのがセオリーでありまして、ダメ出版社や多少本が裁ければいいだろうのやる気のない出版社を避けるのが肝腎でございます。
ここにも、過去問の演習が効き目を現します。
というのも、出版社の実力を計るには、解説の良し悪しを見抜くのが一番だからでございます。
過去問演習のときに解説を熟読するかと存じますが、同時に、解説の吟味眼も磨かれているのでございます。
たくさんの予想問題集が販売されるかと存じます。このときの選択に、鍛え上げられた吟味眼が生きてくるのでございます。
ダメ教材の解説は、得てしてダメでございます。解説を読めば、どの予想問題集が良くてやりがいのあるものか、わかるのでございます。
もちろん、よき予想問題集は実力を倍化させるものでございます。こうして、磐石の実力が培われていくのでございます。
ふたつの理由から、まずは過去問であり、予想問題集はその後となります。
問題集の順序と重要性と意味とを、履き違えないようにしてほしく存じます。

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