独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

感謝のしどころ

わたくしたちのやる気というのは、時に「やるけどやりたくない」といった状態になることもございます。
プラスかといえばそうでもなく、やる気がないのかといわわれれば、そうでもない状態。
がんばればがんばれるし、やれる。
さぼっても、後でいくらでも取り戻すことはできる。
お勉強以外に、取り立ててやることはない。
やりだしたらやるけど、それまでが長い。
挙げてみれば、こうした状態をプラマイゼロ状態とでも、言うことができるかと存じます。
こうしたプラスマイナス0の周辺をうろうろするのはお勉強の常でありますが、それが長引くと、あまり気持ちの良いものではないかと存じます。
こうした、気の晴れないスッキリしない状態をどうしたらいいかといいますと、感謝の気持ちを持つことでございます。
世の中のことは、大概のことはアハハと笑って済むことが多くございます。
誰かの小言や陰口などアハハで終わりでございます。
嫌な奴に会ってもアハハでございます。
間違ったものを買ったりお釣りを間違われてもアハハで事は済むのでございます。
アハハと笑ってみれば、何かしら気持ちに余裕が生まれるものでございます。
そして、その空いたスペースに、感謝の気持ちを注ぎ込むわけでございます。
基本的に、お勉強とは絶対的に必要なものではありません。遠い孔子様の時代から、綿々と続く伝統でございます。
しかしながら、考えてみれば、何かを学べる状況自体、恵まれていると見ることもできるのでございます。
目の前のテキストにひいひい言ってみても、昨年の今頃はインフルエンザにやられて虫の息であったと思えば、健康である我が身がありがたくなるものでございます。
苛酷な労働環境で日々の残業が6時間、家に帰れば寝るだけという生活では、お勉強のおの字もできないことでありましょう。
家族の誰かが病気で床に伏せっていれば、お勉強のできる心身状態を維持するのは難しいことでしょう。
ころころ入れ替わる馬鹿部下の指導に頭を悩ますこともなければ、無能な上司の尻拭いをしたり、傲慢な資本主(金主)に頭を下げなくても良いのでございます。
雪だるま式に増えていく借金に身震いし、働いても増えるのは借金ばかりという逃げ場のない状況下にあるわけでもありません。
そんなことを考えていけば、お勉強のできることがなんて幸運なのだと思えるかと存じます。
調子の良い悪い、進捗の早い遅い、理解できたできない、憶えた忘れた、などと考えられること自体が喜ばしいことなのでございます。
こうした根本的にある喜びを噛みしめてみれば、地をなめるような低空飛行状態から、いともたやすく脱出できるかと存じます。

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やる気と掛け算

お勉強とは基本的に、絶対に必要なことではありません。
別にやらなくても、一家四人が路頭に迷うこともありませんし、電気・ガスが止められるわけでもありません。
なくても別に構わない、それがお勉強の真実であるかと存じます。
ほかにしたいこと・やりたいこともありましょう。また、単純にしたくないこともありましょう。ぼーと過ごしたいときもありましょう。
お勉強というのはだんだんとやらなくなったり、突然しなくなったり、油断をすると机から遠ざかっていくものでございますが、その理由は上記のような、絶対的には必要ではない事情があるからでございます。
無人島に幽閉されるときに、何を持っていくかといわれ、テキスト・問題集と答える人が絶無であることを意に浮かべればご理解していただけるかと存じます。
基本的に生存に必要ではないことをやるが故に、やる気や意欲というのは即断になくなっていくのでございます。
このためか、やる気や意欲というのは、気付いたらマイナスになっていることも多くございます。
テキストを見たくもない、問題集を触りたくもない、どうしてもしたくないといったような状態ともなれば、やる気がマイナスであると考えてもよろしいかと存じます。
このときが肝心でございます。
お勉強における調子と時間の関係は掛け算でございます。
つまり、やる気が「マイナス1」であれば、2時間、3時間とやったお勉強の結果は、掛け算ですから「−1*2」「−1*3」で、マイナスになってしまうのでございます。
余計に悪くなってしまうのでございます。
怪我をしているのに無理をして、更に悪化させるのと同様の理屈と申せましょう。
無理をしたお勉強が長期のスランプの原因になったり、お勉強そのものの中断へ誘うのは、やる気がマイナスなのに掛け算をしたからでございます。
やる気がマイナスのときは、逆でございます。そう、マイナスを掛けてやらねばいけないのでございます。
お勉強というのは、やらないほうが良いときもあることを、意識の片隅にでも置いてくださればと存じます。
やる意欲がマイナスのときにお勉強時間をマイナス1時間、マイナス2時間とすれば、掛け算ですから、最終的には「プラス」へと転じていくものでございます。
全くやる気が出ない、見る気もしなくなったときは、無理なお勉強はせずに、何かで生気を養いやる気を取り戻すようにした方が、最終的にうまくいくのでございます。
動機付けや自己管理といった類のものは、己を駆り立てるのみのものではございません。
「やる意欲がマイナスのときにはやらないほうが賢明である、なぜなら掛け算であるから」と、ちゃんとした自己の管理を施してくださればと存じます。

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ほかごとでも

お勉強に限らないことでございます。なんでも最初が難しいもの、大変なものとなってございます。
最初に職場に立ったときのことを思い出してほしく存じます。
1日目はぐったりと、3日経っても気疲れして、1週間はひどく疲れたのではないかと存じます。
まだまだ慣れは致しません。1ヶ月経っても、3ヶ月経ってもなかなかに疲れは引かないものでございます。
半年ほど経って漸く仕事にも慣れ、余暇を過ごす余裕も生まれてくるのではないかと存じます。
最初は簡単に見えていても、いざやってみると、見えなかった問題点が噴出しててんやわんやするものでございます。
最初の方は何かと手を焼き、うまくいかないことが多いかと存じますす。
大変であるからこそ、作業の難易度、量を見据え、自分の能力、経験、その他お勉強の進み具合を勘案して、現状の認識をしてくださればと存じます。
さて、これをお読みの方の中には、大変だからこそ「やれ」といわれた方もおられるかもしれません。
確かにその言は、一理どころか百理ある処世訓でございます。
大変なものは嫌でありますから、距離を取っていたりぐずぐずしていると、余計に嫌が募るものでございます。
イヤイヤ感が溜まりに溜まると、作業そのもの、お勉強自体を放棄することになりかねないのでございます。
だからこそ、大変なときこそ逃げずにやれという言があるのでございます。
この言は、100人中98人は賛同する正論でございます。
しかしながら、わたくしは、それもそうだが100%ではないと考える次第でございます。
一時、「がむしゃら」という言葉がもてはやされたときがございます。
確かに、歩兵を敵の要塞へ突撃させるためには、「がむしゃら」が指導方針として適切でありましょう。
しかし、いまどきそんな作戦案を提出する将官などございません。
そんな作戦を認可した政治家は次の選挙で落ちるのは目に見えているからでございます。
もっと被害の少ないやり方はないのか、それを考えるのが昨今の将官の役目であるかと存じます。
大変なときの行動は大切ではありますが、何か、壁にたまごをぶつけるような空しさや徒労感をもつようになったときは、がむしゃらではよくないサインでございます。
大変であれば、そこから逸れてみるのも一策であるかと考えます。
うまくいかないなら、どうしたらうまくいくかと考えてみたり、別のやり方はないかと模索するのもよいでしょう。
同じことでもやり方を変えると、ぐっとやり易くもなりますし、また、新鮮さも違うものでございます。
5分でテキストを何ページ読めるか、過去問1年分を復習まで含めて何分でできるか、30分でできないかなど、時間で作業を区切るのも一手でございます。
また、あーして、こーしてと今後の学習計画を立てるだけでも、良いかと存じます。
計画作りは、息抜きにもなるうえに、これからの進捗を踏まえるうえで重要な作業でもあります。
実行や行動は大切ではありますが、それがすべてではありません。
間違ったこと、誤ったこと、方向がそれている、などなど、ダメに向かって実行・行動しても無駄でございます。
やれ!やれ!と自分を駆り立てるような真似もほどほどにするのが肝心であるかと存じます。

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