独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

運のため

合格者のお話を伺っていますと、共通するものを発見するのでございます。
それは、運という要素でございます。
確かに、試験というものは、テキストや問題集を繰り返し、過去問をみっちりやり、模試等で仕上げをしていけば、大概受かるものでございます。
しかしながら、それだけではないのも事実でございます。
何か実力や努力を超えたもので、合格にリーチがかかるように思えるのでございます。
というのも、試験におきましては、どーにも解けない問題やどーにも対処・対策の仕様がない問題が出題されるからでございます。
また、普段は犯さないようなミスや失敗をしてしまうこともございます。
試験には、どうにもならない失点の可能性があるわけでございます。
そこに登場いたしますのが、「運」でございます。
どんな難問奇問珍問であれ、わたくしたちには点が取れる可能性がございます。
5択問題であれば20%、4択なら25%の確率で正解できる可能性が確実に存しているわけでございます。
こうした問題で運良く点数を拾うことができれば、合格ギリギリであった人は合格圏に、合格圏にいた人は安全ゾーンに、合格ライン以下であった人はライン上に滑り込めるわけでございます。
わたくし自身を振り返ってみても、珍問の答えを何故だか憶えていたり知っていたり、または、思い出すことができた経験がございます。
試験は水物といいますが、やはり、運の要素があることをご留意くださればと存じます。
試験にはわけのわからない問題が出ますが、それは大部分の受験生も同様でございます。
寡聞にしてわたくしは、奥義や秘伝、虎の巻で合格したという人の存在を耳にしたことがありません。
ごく少数いるかもしれませんが、大概の合格者は穏当な勉強で合格しているものでございます。
いたずらに未知の問題に振り回されず、結局、目の前のことを淡々とこなして行くしかないように考える次第でございます。
ただ、運は合否に強い影響力があるとはいえ、運だけで試験に受かるわけではありませんので、取り違いをなさらないようにしてくださればと存じます。
プロの占い師でさえ、運転免許の筆記に受かるのに占いや予知能力を使ったという話を聞きません。
おそらく、運転教本を読んだことでありましょう。
運を商売にしている人でさえそうなのですから、況や我々をやでございます。
運は運。わたくしたちは、できることを淡々とこなすのが上策であるかと考える次第でございます。
偶然は準備をしている者に現われると申します。さもあらんと思います。
逆にいえば、お勉強という準備をしなければ、偶然すら起きないというわけでございます。
運のためにも、結局やらなくてはならないもの、それがお勉強なのでございます。

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間違えること

多くの人が、間違えることはよくないことだと考えておられます。
しかしながら、事はそれほど簡単ではないことにご留意くださればと存じます。
間違いが良い変わるかは、一概には決めることができないのでございます。
たとえば、本試験でございます。
「本試験では間違えてはいけない」と言われれば、まさにその通りと考えるのではないかと思います。
しかし、でございます。
絶対に正しいかといいますとそうでもないのでございます。
本試験では間違えてもいい問題があるからでございます。つまり、誰にも解けようがない難問や見たことのない奇問、出題ミスかと訝られる珍問が出題されるためでございます。
こうした問題は間違えても良いものでありまして、もっといいますと、こうした問題など捨ててしまってその他の問題に時間を振り向けた方が賢明なのでございます。
「本試験では間違ってはいけない」という文言は、一見正しく見えてもそうではないのでございます。
日ごろのお勉強でも同様でございます。
間違いがよいか悪いかは一概には言えないのでございます。
本試験までの時間を受験期間などと申しますが、この期間を「訓練期間」と読み替えても支障はありません。
訓練期間とは、間違ってもよい期間ということができます。
基本的に、安定して何かをできるようになるには、ある程度の失敗が必要となって参ります。
訓練中には間違って失敗しあれこれと試行錯誤をして行くからこそ、次第に間違わないようになり、確実にできるようになるわけでございます。
お勉強を「訓練」といっても問題がないどころか、お勉強の真実を語っているように思うのでございます。
間違うからこそ、よく考えるし、憶えてやろうと意気込むのでございます。
個人的には間違うからこそ、記憶によく残ると考えてございます。
逆に、スムーズに理解したり憶えたりして間違わなくなったものの方が不安が残るくらいでございます。
このように、日ごろのお勉強は間違わないようになることを目標にしつつも、間違っていった方がよいという何とも二重の構造になっているわけでございます。
ですから皆さんには、失敗や間違いを恐れず、気にせず、気に病まず目の前のことや復習に精を出してくださればと思います。
とはいえ、絶対的にダメな「べからず」の間違いもございます。
100%してはならない「間違い」とは、点の取れる問題を落とすことでございます。
基礎・基本の問題、頻出している問題、過去に問われたことのある問題、テキストで太文字になっている問題を落とすことは、お勉強において絶対にやってはならないこととなってございます。
唯一、お勉強でやってはならない間違いがこれらのことと言うことができましょう。
逆に言えば、これら以外のことは間違ってもハイハイくらいの取り扱いでいいわけでございます。
間違うことは結構ではありますが、点のとれる問題は絶対に間違わないようにお勉強することも劣らず大事でございます。
間違いの取り違いをなさらないように申し上げる次第でございます。

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ぐっすり寝ること

行楽のシーズンでございます。街を歩けば子供連れの一団に遭遇するかと存じます。
小さなお子様は夕方になると大概、背負われながらぐうぐう寝ているものでございます。
疲れたのだなあとほほえましい思いが致しますが、ぐったりしているご両親の顔を見ると、冷や水をぶっかけられたような現実感に戻るわたくしでございます。
ま、子供はよく寝るものだ、と頭に浮かべてほしく思います。
さて、お勉強についてでございます。
お勉強のタイプには、理解するお勉強、調べるお勉強、確認するお勉強に、憶える勉強などがございます。
「勉強」といっても一本調子ではなく、やる性質はあれこれと違っているのでございます。
以前のススメにて、記憶は夜作られると申しました。
先だって、子供はよく寝ると申しましたが、ではなぜ子供は寝るかといいますと、見聞きしたものを記憶に納めんがために、眠たくなるのではないかと考える次第でございます。
子供にとってお出かけは新しいものの連続でありまして、それら見聞きしたものをフルに脳に納めていかねばなりません。
だからこそ、夕方になればぐうぐうと寝てしまうと考えるわけでございます。
とはいえ、記憶と寝る関係は子供のみに限らないと考えます。
といいますのも、いい大人でも美術館や博物館に行き、柄になく絵画やら書、工芸品その他の展示物などを見てまわりますと、大概眠たくなるからでございます。
ま、入場料の元を取ろうと、まなこを通常の倍は開いてらんらんと観てしまうからかもしれませんが、新しいものや珍しいものを見聞きすると、大人でも眠たくなるものでございます。
それは、見聞きしたものを記憶に納める脳のメカニズムと考えるわけでございます。
逆にいうのなら、何かを記憶に納めたり残したりするには、寝たほうが良いということができるかと存じます。
もっと逆にいえば、眠らないと記憶の着床は悪いということができましょう。
当ススメにてはこれまで、睡眠時間を削って勉強しよう!なんてことは一言もいっておりません。
なぜなら、睡眠を削って勉強しても憶えが悪いと考えるためでございます。
確認や理解、調べるタイプのお勉強であれば、睡眠を削ってやっても効果はそこそこにございます。
しかし、こと記憶に関しては、睡眠を削るのはよろしくないと考える次第でございます。
ぐっすりと寝たほうが記憶にはよいことを頭の片隅に置いてくださればと存じます。
さて、では、どうすればぐっすり寝ることができるかといいますと、寝具の改善が手短でよろしいかと存じます。
3日に1回はシーツやタオルケットを換えるだけでも、想像以上にぐっすり眠れるものでございます。
毎日は洗濯が大変で手間なので、穏当なところ3日に1回でありましょう。
パジャマも毎日とはいいませんが、2日に1回換えるとこれまたぐっすりと、百年の恋も冷めるほどいぎたなく眠れるものでございます。
寝ることもお勉強の一部でございます。気持ちの良い睡眠が記憶の改善に一助することを念頭においてくださればと存じます。

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