独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

朝食前にできること

「朝飯前」とは、簡単だからスグにできらい!というわけではないのでございます。
時間の使い方なのです。
お勉強が終わったら、バタンキューでもいいんです。
でも少しの工夫で、さらに勉強効果が増すのです。
明日の復習を想うのです。
今日という日に何をしたかを反芻するといいのです。
5分3分いや1分、短い刹那でいいのです。
勉強時間が1時間なら、55分、57分、、59分、、、に切り詰めればいいのです。
菟角に、次につなげる明日への時間を設けます。
残念なことですが、やったお勉強のうちぜんぶが全部、重要であることはありません。
ですから、その日のお勉強中一番重要なことを探すのです。
なあに試験にでる出ないはうっちゃって、おさえておこうのNO1を選びさえすればいいのです。
腰を据えなくてもいいのです。
適当に決めてもいいのです。
「コレ!」ひと言で決めてもいいのです。数秒で終わります。
そしてポストイットをはさめばいいのです。
朝一で開けるようにしておけばいいのです。
朝にそれだけするのです。
一番重要なことだけを、朝ごはん前にサラッとおさらいするのです。
10問なら解けないけれど、1問なら解けるのです。
10ページなら読めないけれど、1ページだけなら読めるのです。
どたばたしていても、それくらいの時間はあるものです。
ないのは見落としているか、見損ねているのです。
時を活かすとは、やる価値のあることを決めること。

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磁気は減らず

磁石はいつまでも金モノを引き付けるものでございます。
引き付けなくなったとき、それは磁石のちからがなくなったのではないのです。
磁気が外に及ばなくなったのです。
磁石の周りにたくさんモノが引っつき過ぎたのです。
やる気は磁気に似ています。
やる気自体はあるのです、現に存在しているのです。
しかしやる気は何かにひっついて、ひっかかっているのです。
やる気というのは意思力に限られたものではありません。
「やろう」と思う気持ちだけが、やる気ではないのです。
もっと深いところの生気、生命力といいましょうか、そういうもので半分はできています。
やる気が引っかかるのは、疲れであったり心事であったりします。
子供が大怪我したり借金に悩まされたり手形にびくびくしたり、やる気はそういうものにくっついて、そういうものでいっぱいいっぱい膠着しているのです。
やる気は存在しないのでなく、邪魔をされているのです、そして本人も、一体なにがどのように、くっ付き引っ付きへばり付いているのか、わからない上に忘れてさえもいるのです。
ですから他人の励ましが気休めにしかならないのも、そういうことなのです。
やる気は自分でしか出せないものなのです。
古人は「一事を興すは一事を除くに如かず」と申しました。
やるなら何かを捨てなさい。

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音に乗せられ学ぶがよい

モーツァルトを聞いた子供は、頭が良くなると申します。
わたくしは事実であろうと考える次第でございます。
またこうとも思うのです、少なくともその子はバカではあるまいと。
なぜならわたしは幼少期、モーツァルトは聞けなかったからでございます。
「聞かなかった」のではなくて、聞「け」ないという文法上の違いに着目頂きたく候。
理由はカンタンで、モーツァルトの曲は、落ち着きのある子でないと聞けないからでございます。
モーツァルトの曲は、単調といえば単調。柔らかい旋律のため、落ち着きない子は聞くことができないのでございます。
「キーーーーーーン!(ほよよ)」とか「ドカーーン!バーン!(ええぃ連邦のMSは化け物か?!)」、「(虎だ虎だお前は虎になるのだ。。。)ダァァぁ!」の如きドッタンバッタンを好む子供に、何ゆえモーさんに耳を貸せようぞ。
いわんや勉強をや、でございます。
お勉強というのは、ずーーんと形容されるような心身の落ち着きがないと、験が少ないものでございます。
要するに集中できない状態ならば、お勉強の進捗いかばかりの事やあるらんというわけでございます。
今となってようやく耳を貸せれるようになったわたくしでございます。
つくづく音楽の効用に思いを馳せるものでございます。
ハードなロックに流行曲では、気が逸らされてしまいます。
しーんとした中でのお勉強も、味気のないものでございます。
後ろに流れる音楽は選曲次第、TPOでございます。
バッハは、モーツァルト同様に、よきお勉強のBGMになると存じる次第でございます。
耳という器官はお勉強中空いているのですから、須らく音色で脳疲労を取るがよろしかろう。
脳にとっては単調なのも酷なのでございます。仕事ナシ毎日ガ日曜日髀肉之嘆、を思い出され候由。
詩歌管弦は士大夫の道、と古人は申しました。
詩も書けず歌も唄えぬ楽器ダメ、ならばせめて選曲眼くらいは磨くが花でございます。

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